いつかは船員も“在宅勤務”? 自動の船で東京湾に挑む

船員の“在宅勤務”。もしかしたら、将来実現するかも知れません。
日々進化を遂げている自動運転の技術。その進歩は、海の上にも及んでいます。
3月、東京湾と伊勢湾を結ぶ航路で成功した実証実験が海運業界で話題になりました。船員の働き方を、どのように変える可能性があるのか。
最新の実験に迫ります。
(経済部 記者 横山太一)
日々進化を遂げている自動運転の技術。その進歩は、海の上にも及んでいます。
3月、東京湾と伊勢湾を結ぶ航路で成功した実証実験が海運業界で話題になりました。船員の働き方を、どのように変える可能性があるのか。
最新の実験に迫ります。
(経済部 記者 横山太一)
世界初 混雑海域での自動航行
3月1日、海運業界に大きなニュースがありました。
国内の海運大手や船舶機器メーカーなど、およそ30の企業でつくるグループが開発したコンテナ船“すざく”(全長95メートル、総トン数749トン)が、東京湾(東京港)と伊勢湾(三重県 津松阪港)の往復790キロの自動航行に成功したのです。
国内の海運大手や船舶機器メーカーなど、およそ30の企業でつくるグループが開発したコンテナ船“すざく”(全長95メートル、総トン数749トン)が、東京湾(東京港)と伊勢湾(三重県 津松阪港)の往復790キロの自動航行に成功したのです。

注目すべきなのは、航行した海域です。
東京湾と伊勢湾は、特に船の往来が多くて混雑が激しいことから、法律で厳しい速度制限などが義務づけられています。
東京湾と伊勢湾は、特に船の往来が多くて混雑が激しいことから、法律で厳しい速度制限などが義務づけられています。

このうち東京湾は、おととし(令和2年)に119隻が海難事故を起こし、瀬戸内海に次ぐ「事故多発地帯」です。
中でも東京湾の出入り口となる「浦賀水道」を行き来する船舶は、1日平均520隻。国内でも1、2を争う規模で、多数の小型漁船やプレジャーボートも行き交います。
今回の実験では、安全のため最少人数の船員も乗船しましたが、こうした難所も含めて、往復40時間のうち、実に98%を自動で航行しました。
開発グループは、これだけ混み合う海域での自動航行は「世界初」だとしています。
中でも東京湾の出入り口となる「浦賀水道」を行き来する船舶は、1日平均520隻。国内でも1、2を争う規模で、多数の小型漁船やプレジャーボートも行き交います。
今回の実験では、安全のため最少人数の船員も乗船しましたが、こうした難所も含めて、往復40時間のうち、実に98%を自動で航行しました。
開発グループは、これだけ混み合う海域での自動航行は「世界初」だとしています。
船の監視 ビルの一室から

実は、今回の船の監視作業は、船から遠く離れたある場所で行われていました。千葉市内のJR京葉線、海浜幕張駅から徒歩3分に位置するオフィスビルです。
このビルの一室に、自動運航船を遠隔で監視する「運航支援センター」が設けられたのです。
このビルの一室に、自動運航船を遠隔で監視する「運航支援センター」が設けられたのです。

支援センターは、複数の大型モニターやパソコンを備え、航路上の気象データや交通量を収集するほか、航行の状況も監視する、いわば航空機の管制塔のような役割を果たします。
海上と陸上をつなぐ通信システムも整備され、船に取り付けられたレーダーの情報やカメラによる画像も、操だ室と同様に得ることができます。
海上と陸上をつなぐ通信システムも整備され、船に取り付けられたレーダーの情報やカメラによる画像も、操だ室と同様に得ることができます。

一角には遠隔の操縦席もあります。
前面にある数多くのモニターにブリッジからの映像や計器の情報が映る様子は、SFアニメに登場するロボットの操縦席さながらです。
緊急時にはここから数百キロ離れた海上にいる船を、衛星回線を使って操縦することもできるのです。
前面にある数多くのモニターにブリッジからの映像や計器の情報が映る様子は、SFアニメに登場するロボットの操縦席さながらです。
緊急時にはここから数百キロ離れた海上にいる船を、衛星回線を使って操縦することもできるのです。

自動航行を支える 国内外の最新技術
遠隔監視による自動航行を支えるのが、国内外の最新技術です。
その1つが、兵庫県に本社がある船舶機器メーカーが開発した「ミリ波レーダー」と呼ばれる高精度のレーダー機器です。
その1つが、兵庫県に本社がある船舶機器メーカーが開発した「ミリ波レーダー」と呼ばれる高精度のレーダー機器です。

車の自動運転にも使われている技術で、これまでは正確な検知が難しかった小型の漁船や、漁具などの小さな物体も把握することができるようになりました。
さらに、レーダー画像の誤差を自動で修正する技術も確立し、船体のすぐ近くの小型船もレーダーで捕捉できるようになり、安全性が格段に上がったといいます。
さらに、レーダー画像の誤差を自動で修正する技術も確立し、船体のすぐ近くの小型船もレーダーで捕捉できるようになり、安全性が格段に上がったといいます。

そうした情報を分析するAI=人工知能の精度も大きく向上しました。
イスラエルの企業が開発し、ディープラーニングと呼ばれる学習機能を強化したAIを採用。実証実験に備え、去年9月から半年間、貨物船に高感度の赤外線カメラを取り付けて航行を繰り返しました。
そこで得られた映像や気候条件などを加えた情報をAIが学習することで、周囲の船の動きを予測して、自動で避ける技術が向上。混雑した海域での航行が可能になったのです。
外航船の船員として10年以上働いた経験があり、船長の資格も持つ開発グループのリーダー、桑原悟さんは、船員の操縦と遜色ない、AIの判断力の高さを感じたと言います。
イスラエルの企業が開発し、ディープラーニングと呼ばれる学習機能を強化したAIを採用。実証実験に備え、去年9月から半年間、貨物船に高感度の赤外線カメラを取り付けて航行を繰り返しました。
そこで得られた映像や気候条件などを加えた情報をAIが学習することで、周囲の船の動きを予測して、自動で避ける技術が向上。混雑した海域での航行が可能になったのです。
外航船の船員として10年以上働いた経験があり、船長の資格も持つ開発グループのリーダー、桑原悟さんは、船員の操縦と遜色ない、AIの判断力の高さを感じたと言います。

開発グループのリーダー 桑原悟さん
「東京湾では複数の船が同時に迫ってくる時もありましたが、AIはどちらに舵を切るべきか着実に判断していました。ほかの船の動きを常に予測しているので、人の判断よりも早いと感じる場面もあり驚きました」
「東京湾では複数の船が同時に迫ってくる時もありましたが、AIはどちらに舵を切るべきか着実に判断していました。ほかの船の動きを常に予測しているので、人の判断よりも早いと感じる場面もあり驚きました」
自動運航で船員の”働き方”変える
実は、桑原さんは今回の実験を通じて、自動航行の実用性を確かめるのはもちろんのこと、船員の“未来の働き方”を示したいと考えていました。
国内の貨物船と旅客船の船員の数は2020年に2万8000人余り。この30年で半分近くに減りました。
国内の貨物船と旅客船の船員の数は2020年に2万8000人余り。この30年で半分近くに減りました。

年齢構成も50代以上が45%を占め、高年齢化も課題となっています。

若者から避けられる理由の1つが、労働環境の厳しさです。
貨物船の船員の月間総労働時間は238時間。
運輸・郵便業(187時間)や建設業(180時間)と比べても、群を抜いて高くなっています。
貨物船の船員の月間総労働時間は238時間。
運輸・郵便業(187時間)や建設業(180時間)と比べても、群を抜いて高くなっています。

航行時だけでなく、港に着いたあとの貨物の積み降ろし作業などが、長時間労働につながっているとみられています。
さらに国が船員2000人余りに行った調査でも、「高ストレス者」とされた割合がおよそ15%にのぼりました。
製造業に次いで全業種で2番目の高水準で、特に若者や乗船経験が浅い船員がストレスを抱えやすいという傾向も明らかになりました。
一度航海に出ると数か月にわたって帰宅できないこともあるうえ、船内という閉じられた空間で、休憩時間も上司や先輩と一緒に過ごさざるを得ないという独特の環境もストレスにつながっているとみられます。
さらに国が船員2000人余りに行った調査でも、「高ストレス者」とされた割合がおよそ15%にのぼりました。
製造業に次いで全業種で2番目の高水準で、特に若者や乗船経験が浅い船員がストレスを抱えやすいという傾向も明らかになりました。
一度航海に出ると数か月にわたって帰宅できないこともあるうえ、船内という閉じられた空間で、休憩時間も上司や先輩と一緒に過ごさざるを得ないという独特の環境もストレスにつながっているとみられます。
船乗りの“在宅勤務”?
最新鋭のレーダーやAIを活用し、陸上から船を監視・操縦もできる今回の技術が実用化すれば、こうした船員の働き方を大きく変えられると桑原さんは期待しています。

乗船している船員の負担を減らすことはもちろんですが、支援センターから同時に多数の船を監視するなど機能を強化することで、“船員の陸上勤務”を増やし、船員特有のストレスの軽減にもつながるからです。
今回の実験に陸上の支援センターに勤務し、自動航行中の船のエンジンや電気系統の情報を収集・監視する機関士として参加した男性も、陸上勤務のメリットを感じたと言います。
今回の実験に陸上の支援センターに勤務し、自動航行中の船のエンジンや電気系統の情報を収集・監視する機関士として参加した男性も、陸上勤務のメリットを感じたと言います。

支援センター勤務の機関士
「陸上にいればコンビニにも行けるし、休憩の時にはスマホで家族とテレビ電話もできます。船で働く時と比べると負担はとても少ないと感じました」
「陸上にいればコンビニにも行けるし、休憩の時にはスマホで家族とテレビ電話もできます。船で働く時と比べると負担はとても少ないと感じました」
今後、収集したデータ管理のセキュリティを強化するなど環境が整えば、船員が自宅からパソコンを使って大型船を監視するという日も来るかもしれません。
開発グループのリーダー 桑原悟さん
「船員の仕事はやりがいもありますが、数か月は陸上に戻れないことも当たり前だし、混雑する海域では事故を避けるための精神的・肉体的な負担も大きいです。いつかは船員が在宅で勤務する日があってよいと思います。若い世代にとっても働きやすい環境を整えていくことが私たちの使命です」
「船員の仕事はやりがいもありますが、数か月は陸上に戻れないことも当たり前だし、混雑する海域では事故を避けるための精神的・肉体的な負担も大きいです。いつかは船員が在宅で勤務する日があってよいと思います。若い世代にとっても働きやすい環境を整えていくことが私たちの使命です」
物流支える海運 急がれる負担軽減
国内の物流の4割を支える海運。
二酸化炭素の排出量もトラックなどより少なく、環境に優しい輸送手段として今後、需要が高まっていくことも予想されます。
自動運航の技術が人手不足対策としてだけでなく、船員が若い人にも魅力的な職業になるためにどう活用されていくのか、注目していきたいと思います。
二酸化炭素の排出量もトラックなどより少なく、環境に優しい輸送手段として今後、需要が高まっていくことも予想されます。
自動運航の技術が人手不足対策としてだけでなく、船員が若い人にも魅力的な職業になるためにどう活用されていくのか、注目していきたいと思います。

経済部 記者
横山太一
2013年入局
富山局、高松局を経て現所属。
横山太一
2013年入局
富山局、高松局を経て現所属。