ウクライナ侵攻 反戦を訴える在日ロシア人の思い

ウクライナ侵攻 反戦を訴える在日ロシア人の思い
ウクライナに対して激しい攻撃を加え続けるロシア。そのロシア国内ではデモや集会が厳しく取り締まられ、反対の声はかき消されています。
一方、日本では「もう祖国には戻れないかもしれない」という覚悟を胸に、反対の声を上げるロシアの人たちがいます。
そこまでしてなぜ訴え続けるのか。在日ロシア人の思いとは。
(国際放送局記者 本田美奈)

ロシア人だって反対

4月2日、渋谷駅前でロシアによるウクライナへの軍事侵攻に抗議する集会が開かれました。
開いたのは、首都圏に住むロシアの人たちです。

およそ40人が「ロシア人も戦争反対!」「ウクライナに平和を!」などと力強く訴えました。

参加者たちが手に持っていたのは白・青・白の旗

ロシア国旗から「血」や「暴力」を連想させる赤をなくしたものです。

「ウクライナ侵攻への反対」の意思を示す世界的なシンボルとなっています。

「祖国は死んだ」

主催者の1人がユリー・ジュラブリョフさん(35)です。

5年前から日本でシステムエンジニアをしています。
ジュラブリョフさんはロシアにいた若い頃、政治にはさほど興味を持っていませんでした。

しかし反体制派の指導者、アレクセイ・ナワリヌイ氏がプーチン政権や国営企業の汚職を次々と告発するのを目にするにつれ政権への不信感を強めていったといいます。

さらには、汚職に手を染めるばかりか、それを正そうとする反体制派を厳しく弾圧する政権とそれを容認する社会に失望し、祖国を離れることを決めました。

そして、ことし2月24日。

ロシアがウクライナへの軍事侵攻を始めたその日、ジュラブリョフさんは「ついに祖国は死んだ」と感じたといいます。

今この時代に隣国に武力侵攻し、人々に銃を向ける祖国の行動に絶望したのです。
ジュラブリョフさん
「かつては誇りにも思っていた祖国ですが、今はもう違う国になり果てました。心に大きな穴が開いてしまった」

反対の声を上げ始めたロシア人

ロシアによるウクライナ侵攻は、日本にいるロシア人への嫌がらせにもつながりました。

ウクライナ侵攻が始まってから、日本ではロシア食品専門店の看板が壊されたり、SNS上で「ロシア人を退去させよう」と呼びかけられたりするなど、心ない言動も見られるようになりました。

ジュラブリョフさんは、自分が文化も国民性も愛している日本で、ロシア人というだけで白い目で見られることに悔しい思いをしていたといいます。

しかし、こうした思いを抱いていたのは日本に住むほかのロシア人も同じでした。

彼らは侵攻に反対の声を上げ、ウクライナへの連帯を示す活動をしていくことを決めました。
本国でデモや集会が厳しく制限されているからこそ、自由に声を上げられる自分たちが行動に移し、少しでも本国に届けばと考えています。

4月に開いた集会には、在日ロシア人だけでなくウクライナ人や日本人も参加し、今後の活動に向けて弾みがついたと感じています。

侵攻が引き裂くロシア人の絆

しかし、彼らに寄せられたのは共感や善意だけではありません。

同じロシア人の一部からはむき出しの敵意が向けられています。

活動を始めて以降、在日ロシア人グループのSNS上では「裏切り者」、「犯罪者」などの心ない言葉がジュラブリョフさんたちに浴びせられています。

「ロシアに帰国して懲役刑に処せられることを祈る」という言葉とともに顔写真や個人情報までさらされたこともあったといいます。

さらに心を痛めているのが、家族との絆にさえ亀裂が入り始めていることです。

ロシアでは3月、「軍の活動について意図的に誤った情報を拡散するなどした個人や団体に罰則を科す」とする法律ができました。

この情報統制によってロシア国内は「侵攻ではなく、ウクライナ国内で虐げられているロシア住民を救うための『特別軍事作戦』」という報道一色。

日本で抗議活動をするメンバーの家族もこうした報道を信じているといいます。
ジュラブリョフさん
「ロシアに残る姉に実際に起きていることを何度も伝えようとしましたが聞き入れてもらえず、今では一切連絡を取らなくなりました。もはやロシアには帰る場所がなくなってしまったのです」
苦しい胸の内を吐露したジュラブリョフさん。

ロシアによるウクライナ侵攻は、銃口の先にあるウクライナを破壊するだけでなく、ロシア人どうしの固い絆をも引き裂いているのです。

「裏切り者」と呼ばれても

「裏切り者」のレッテルを貼られても家族との関係が崩れても、彼らは今の活動をやめるつもりはないといいます。

なぜそこまで強い意志を持って臨むのか。

ジュラブリョフさんは「しょく罪」の気持ちがあると明かしてくれました。
ジュラブリョフさん
「多くのロシア人は、声を上げても政治は変わるものではないと投票に行ったり政治の話をしたりすることを避けてきました。私自身もその1人です。
その結果、今の政権が出来上がるのを放置してしまった。その責任は極めて重いのです」
ジュラブリョフさんたちは、次の集会に向けて準備を進めています。

「プーチンの戦争であってロシアの戦争ではない」、「政治と文化は切り離して考えてほしい」。

そんな思いを込めて次の集会ではロシアを代表する作曲家、チャイコフスキーの音楽をかけようと話し合っています。

彼らは、「自分は関係ない」と見て見ぬふりをして得られるこれまでどおりの平穏な生活ではなく、心ない言葉を浴びても、仮に祖国に帰れなくなったとしても声を上げることを選びました。

こうした彼らの切実な訴えが音楽とともに少しでも多くの人たちに響いていくことを願いながら、彼らの活動を追い続けていきたいと思います。
国際放送局
WorldNews部記者
本田美奈
2016年入局
鳥取放送局を経て、現在は国際放送局で英語ニュースの取材・制作を担当