ウクライナ “最大の激戦地” AI解析で見えたこととは

ウクライナ “最大の激戦地” AI解析で見えたこととは
「何万人もが命を落とした」とゼレンスキー大統領が訴える、ウクライナ“最大の激戦地”マリウポリ。病院や劇場への攻撃が伝えられていますが、街全体の被害状況は明らかになっていません。
今回、最新の衛星画像をAIで独自に解析しました。
浮かび上がってきたのは街全体に及ぶ破壊の痕跡と、専門家が「戦争犯罪の可能性が高い」と指摘する攻撃の実態でした。
(マリウポリ衛星画像取材班)
<目次>
・「AI解析で全体像明らかに」
・「浮かび上がる破壊の痕跡」
・「劇場が 病院が 住宅が」
・「無差別攻撃の可能性を示唆」
・「市街戦の現実」

AI解析で全体像明らかに その手法とは

マリウポリでは何が起きているのか。

断片的に伝えられる被害の全体像を明らかにしたいと、私たちは国際、軍事、災害、司法、ITなど異なる分野の専門記者でチームを作り「リモートセンシング」と呼ばれる技術を使って衛星画像の解析を試みることにしました。

衛星画像に着目した理由は客観性が高く、実相を広域に把握するのに最適と判断したからです。

衛星運用会社などのリサーチを進めた結果、4月3日に撮影されたばかりのマリウポリの広い範囲を捉えた画像を入手することができました。

これが、その画像です。
人工衛星を運用するアメリカの企業「プラネット」が撮影したこの画像は、マリウポリ中心部の5キロ四方がすべて収まっていて、50センチの大きさまで認識できる高い解像度で撮影されたものです。

さらに侵攻前の2021年8月29日と31日の画像も取り寄せ、建物に注目して被害を解析することにしました。
すべての建物の状況を1つ1つ拾い上げることは難しいため、AIを使った画像解析が専門の会社に協力を依頼しました。

浮かび上がる破壊の痕跡

その結果が、こちらです。
変化の割合の高い領域から順に赤→オレンジ→黄色で表現しています。

色の付いた場所が、マリウポリ中心部のいたる所に広がっているのが分かります。

解析手法は次のとおりです。
(1)衛星画像から建物の位置や形を抽出
侵攻前の画像から、畑や公園などを除いた「建物」だけをAIで抽出し、その位置や形などをデータ化します。この作業を侵攻後の画像でも行います。

(2)侵攻前後の建物データを比較
変化が見られた場所を「攻撃で損傷を受けた」としました。

(3)領域ごと変化の割合を色づけ
画像を20メートル四方に区切り、データが変化した場所ごとに色を付けました。
変化した可能性が高い場所ほど色を黄色から赤に変えて表示しています。
例えば、侵攻後に大きく壊れたこちらの住宅街の屋根は、AIの解析で赤や黄色に色づけされています。

AIによるこの解析手法は、影や雲などの影響で検出結果に一定の誤差が出るほか、建物が横から受けた攻撃の痕跡は検知できないことが多いため、建物に被害が出ている範囲は実際はさらに広いとみられます。

劇場が、学校が、住宅が… 解析で見えた被害の実態

私たちはさらに、赤や黄色の場所を詳細に調べました。

見えてきたのは、さまざまな民間施設への被害です。
(1)劇場
中心部の東側にあるのは、これまでも広く報じられている3月16日に攻撃された劇場です。

市当局は子どもを含む少なくとも300人が死亡したと推計しています。

周辺の住宅などの建物も屋根が焦げていたり、黒く穴が空いていることが確認できます。
さらに、今回の解析で、これまで報じられていなかった新たな被害が分かりました。
(2)美術学校
劇場から北東に約800メートル離れた場所にある美術学校が入る建物は、屋根のほとんどが壊れ、壁面も黒く焦げています。

AIによる解析では、建物全体が破壊されたという結果でした。
(3)ショッピングセンター
中心部の北にある大型のショッピングセンターも被害を受けていました。

屋根が大きく破壊されています。
今回、解析した範囲はJR山手線内側の面積の3分の1余り。

畑が広がる北西部から南部の海沿いにいたるまで、無傷なエリアがないといっていいほどです。

「広域の被害は故意に攻撃したことの現れ」

マリウポリの被害について、ウクライナ側は「戦争犯罪だ」と非難する一方、ロシア側はこれまで「あくまでも軍事施設を標的としたものだ」などと反論を繰り返してきました。

衛星画像の解析で分かった破壊の実態を、どう受け止めればよいのか。

国際法が専門の同志社大学 浅田正彦教授に聞きました。
浅田教授によると、たとえ戦争であっても両国間が守るべき“ルール”が定められています。

国際法の1つ、「ジュネーブ諸条約」では
▽非戦闘員への攻撃
▽学校への攻撃
▽病院への攻撃
▽無差別攻撃などを禁じていて、
違反した場合は戦争犯罪に問われることがあります。

では、マリウポリの被害は国際法に照らしてどのようなものなのか。

例えば劇場は、周囲にロシア語で『子どもたち』と書かれていたにも関わらず攻撃されていたことが知られています。

浅田教授は、こうした行為は『文民(非戦闘員)に対する意図的な攻撃』にあたり、戦争犯罪の可能性があるといいます。

さらに、今回の解析結果から新たに分かったこととして浅田教授が指摘したのは無差別攻撃の可能性です。
同志社大学 浅田教授
「西側にあるショッピングセンター周辺の被害の状況などから、全体としてあまり考えずに無差別に攻撃している印象がある。『無差別攻撃の禁止』に関わってくると思う」
さらに、浅田教授は広範囲で建物の損傷がみられることから、状況証拠として「故意性」の疑いが強まったと指摘します。

「故意性」とは戦争犯罪を認定する際の重要なポイントだといいます。
同志社大学 浅田教授
「たとえ軍事施設が点在しそれを狙ったと主張しても、広範囲の攻撃であれば過度な巻き添えの被害が出ることを認識して無差別攻撃をした可能性が浮上する。
軍事施設が存在しない住宅地などへの攻撃はさらに故意である可能性が高まる」

「帰るふるさとが無くなった」

今回、私たちは衛星画像を日本に住むマリウポリ出身の男性に見てもらいました。

ヴィタリ・ルディツキさん(32)は生まれてから18歳までの青春時代をマリウポリで過ごしました。

マリウポリは鉄鋼など古くからの工場が多い街。
ルディツキさんはまず、AIで解析した画像を食い入るように見ながら「こんなになるとは思わなかった。軍の施設がない工場の街なのになぜこんなにも…」とことばを詰まらせながら語りました。

ふるさとで暮らす母親は知人の家に身を寄せていますが、3月上旬以降は直接話せていません。

街の西部にあるルディツキさんの実家には大きな損傷はないことが分かった一方、市民の憩いの場だったいう劇場の被害を確認するとショックを隠せませんでした。
マリウポリ出身 ルディツキさん
「広場には子どもやハトがいて、とても平和で自分にとって最も心が落ち着く場所だった。とても悲しい」
さらに画像を指でさしながら、10代のころデートで待ち合わせをした映画館の近くや、帰省した際に母親と訪れたショッピングセンターの変わり果てた様子を確かめると、絞り出すようにこう話しました。
マリウポリ出身 ルディツキさん
「マリウポリは海があり、工場で人が働くシンプルな街だったが、これだけ破壊されたら作り直せない。帰るふるさとが無くなった。
これが戦争なのかと。悲しみはあるが今はただ、母親だけは無事でいてほしいと思う」

市街戦の現実

破壊されたマリウポリの人々の暮らし。

衛星画像の解析や専門家への取材をさらに進めると、市街戦の実像も明らかになってきました。

戦闘の推移やロシア軍の意図がうかがえると指摘するのは、軍事戦略に詳しい防衛省防衛研究所の高橋杉雄 防衛政策研究室長です。

高橋さんが注目したのは次の3点です。
(1)「黒煙」が上がっている場所の変化
(2)激戦地となった市中心部の「面的な破壊」
(3)駅の被害の少なさ

(1)黒煙から見えた戦闘の推移

3月28日に撮影された中心部の画像では、赤い丸で示した少なくとも3か所で攻撃によるものとみられる黒煙が上がっています。
一方、4月3日の画像では、煙は確認できません。

高橋さんによると、この煙はロシア軍による地上部隊の進撃を支援するための砲撃や爆撃によるもので、2枚の写真の変化から、この数日間に市中心部が制圧されたと考えられるということです。

4月3日の画像では、黒煙が上がる場所は中心部から5キロ余り北東へ移っていて、ウクライナ軍が徐々に追い詰められている様子がうかがえるとしています。

(2)激戦地・中心部の惨状

次に高橋さんが注目したのが、劇場周辺の住宅街です。
赤い丸で囲ったエリアでは建物が面的に破壊され、一帯が「平ら」になっているように見えます。

その理由について高橋さんは「建物を徹底的に潰すことで進撃部隊が待ち伏せや反撃にあうリスクを減らすことができる。この地域では、そうしたロシア側の作戦意図が非常にはっきりと出ている」と指摘します。

(3)被害の明暗分けたのは利用価値か

徹底的に破壊された中心部とは対照的に、アゾフ海に面した南側にある鉄道の駅周辺では目立った被害は確認できません。

高橋さんは物資の補給のため、鉄道をあえて攻撃せず残したのだろうとみていて、侵攻する側にとって利用価値があるところが被害を免れる市街戦の現実が現れていると分析しています。

事実を知るための手がかりに

今回、衛星画像とAIによる解析で、街の全域に及ぶ被害の実態や市民を巻き込んだ市街戦の実像がこれまで以上に浮かび上がってきました。

衛星画像を解析する意義を、高橋さんは次のように話してくれました。
防衛研究所 高橋 防衛政策研究室長
「街が面として戦場になり、住民が1人の例外もなく戦闘に巻き込まれていく市街戦の現実がはっきり見て取れる。戦争中には『100%正確な情報』は出てこないので、当事者が発表した情報を一歩引いて何かと突き合わせながら評価していく必要がある。
衛星画像のような客観的な情報は、そのための手がかりになる」
マリウポリで、ウクライナで、いま、何が起きているのか。

その事実に近づき、伝え続けるための取り組みを、私たちは今後も続けていきます。
ネットワーク報道部 記者
斉藤直哉
2010年入局
岡山局、福岡局、科学文化部を経て2019年から現所属
IT・ネット分野の取材、データ分析を担当
国際部 記者
田村銀河
2013年入局
津局、千葉局を経て2018年から現所属
欧州・ロシア地域などを担当
社会部 記者
田中常隆
2011年入局 初任地は水戸局
2016年から社会部で検察、裁判など司法分野を担当
社会部 記者
西牟田慧
2011年入局 初任地は沖縄
4年前から防衛・安全保障を担当
社会部 記者
若林勇希
2012年入局 初任地は鹿児島局
警視庁担当を経て2020年から災害担当
社会部 記者
佐々木良介
2014年入局 広島局などを経て現所属
北朝鮮拉致問題などを担当