バス愛が止まらないツアー ~「好き」こそ最大のマーケット~

バス愛が止まらないツアー ~「好き」こそ最大のマーケット~
街で古いバスが走るのを見かけると、なぜか子どもの頃を思い出す。バスなら何でもいい、という人もいるだろう。しかし、路線バスは時代を映し、街の風景の一部として記憶に刻まれている。
コロナ禍に苦しむバス会社が企画したツアーを取材すると、“「好き」こそ最大のマーケット”であることが見えてきた。
(松山放送局 宇和島支局記者 山下文子)

バスマニアのためのツアー

ツアーを企画したのは松山市に本社がある「伊予鉄グループ」だ。
鉄道やバス、タクシーなどの事業を抱えているが、やはり新型コロナの影響は深刻で、日本バス協会の会長も務める清水一郎社長は「戦後最大の危機だ」と言い切る。

会社では、これまでもバス愛好家の個人からレトロなバスを貸し切りたいという問い合わせをたびたび受けていた。

そんなニーズがあるならツアーを企画してみようと、バス愛好家である社員が思いついて実現させたのだ。

今回のツアーのパンフレットには「バスマニアによる、バスマニアのためのバスツアー」とある。
コロナ対策とは一見関係のない、そんなニッチな匂いに引かれた。

主役は「RJ」

ツアーで使用するバスは通称「RJ」。
1986年製のバスで正式な型式は「P-RJ172BA」という。
定員は56人、一つ目の前照灯がかわいらしい。

車体は地元で「伊予鉄カラー」と呼ばれるクリーム色にオレンジのラインが施されていて、メーカーのエンブレムもかっこいい。
ツアーを募集したところ予想以上の申し込みがあり、もう一台「RJ」を出動させることになった。2台の「RJ」のお出ましだ。
もう一台の「RJ」は1991年製で、正式な型式は「U-RJ3HJAA」こちらは平成生まれだが、全国でも数少ない現役のバスなのだという。

ツアーの参加者は、北は宮城県から南は福岡県まで全国各地からやってきたバスマニアの18人。

皆カメラを片手に「RJ」に乗り込み、いざゆかん。

乗って最高、見て最高

バスが動き出すと車体がゆらりゆらりと揺れた。

サスペンションが軟らかいためだろう、極めて気持ちのよい揺れだ。

座席の背もたれが低く、1人掛けと2人掛けの座席が並んでいる。
床は木製で、運転士がブレーキを踏むと「急停車にご注意」という掲示板が点灯する。

押しボタンも小さく、甲高いピンポンの音が鳴る。

車内はレトロそのものである。

参加者によると「乗って最高、見て最高」なのだという。
宮城県から参加した50代の男性
「路線バスで四角いデザインになったのは『RJ』が初めてだったのではないか。未来的なデザインだなと、子ども心にかっこいいと思った」
ツアーはマニア向けとあって目的地は普通の観光名所ではない。

有名な道後温泉や松山城には行かず、バス会社の車庫や整備工場が主な立ち寄り場所となっている。
ふだんは立ち入れない場所であるからこそ、バスマニアにとってお楽しみなのである。

参加者はバスに乗車したまま、方向転換をするためのターンテーブルや洗車を体験したほか、運転士たちがふだん食べているランチと同じものを食べて松山市内の営業所を巡った。

サプライズが登場

気分が盛り上がってきたところで、やってきましたメインイベント。

整備工場でカウントダウンが始まった。

「皆さん、こちらにご注目ください。3、2、1、オープン」
ゆっくりとシャッターが上がり、現れたのは見た目もレトロなモノコックバスだ。

通称「RL」、1980年製で会社が所有するバスの中で最も古い車両である。

同じ昭和生まれの「RJ」と比べても車体が丸みを帯びていて、どこか懐かしい。

行き先を示す「方向幕」の上側には帽子のようなひさしも付いている。

こちらは「RL」の車内の画像。色あせたモケットのイスも木の床も年代を感じる。
「モノコック」とはフランス語で「1つの貝殻」という意味で、曲げた鉄板どうしを張り合わせてリベットと呼ばれる鋲(びょう)でつないである。
この鋲がいい。

車体が軽量化できることから、昭和50年代に盛んに生産され、日本の交通網を支えてきた。

国内に今も残るのは北海道や沖縄くらいで数えるほどしかないというから博物館級のバスと言ってもいい。

色もデザインも松山のシンボルとして根付いていた。
このモノコックバスこと「RL」は、「伊予鉄南予バス」に所属しており、通常は大洲の営業所で活躍している。
車庫に待機している姿がなんともかわいらしく、実は6年前に取材したことがある。

新車時から30年近く整備を担当している宇都宮勲さんはこう語っていた。
整備担当 宇都宮さん
「エンジンは澄んだ音がします。車検ごとにホースやゴムを交換していますが、故障しないで目的地に行って帰ってきてといつも声をかけています。整備にやりがいを感じ、愛着も湧きますね」
ツアーに戻って伊予鉄バスの車庫。

「RL」に運転士が乗り込み、エンジンをかけた。
キーをひねって一発、ブルルルルと車体に振動が伝わってくる。

エンジン内のエアーを抜くためにしばらくアイドリング。

ゆっくりとマニュアルのシフトレバーを握り、ギアを入れると動き出した。

「ああ、いいエンジン音ですね。なんだか歴史を感じます」

運転士は「RL」の運転は初めてだと笑みを浮かべ、丁寧にハンドルをきった。

そして、ツアーの一行はバスの車体をピット下から見学した。
順番に狭いピットに潜って見上げると足回りはサスペンションオイルがたっぷり塗られ、ボルトもホースも美しい。

整備が良く行き届いているのがわかる。
おっと、スペアタイヤはこんなところにあったのかと、これこそバス会社ならではの見学会だ。

いやあ、真下から見上げるモノコックバスはまさしく威風堂々である。

極めつきは、バスを一堂に並べての撮影会だ。
「RJ」も「RL」も、ピンクとブルーのカラーリングのデザインの懐かしい高速バスも、広い駐車場にずらりと並んだ。

それだけではない、貸し切りバスにリムジンバス。

これを無制限に自由に撮影できるのだから、バス愛好家には至福の時間である。

色に、形に、少しの違いにときめき、皆がもう夢中であった。

お宝大放出

ツアーではバスの中古部品販売も行われた。

廃止になったバス路線の行き先案内板、廃車になったバスのエンブレムや方向幕、バスの座席まで販売している。
これが驚くほど売れるのである。

単価は数千円から数万円とさまざまだが、飛ぶように売れていき、多くの人がツアーの参加費(1万9800円)を越える買い物をしていた。

会社にとっては、コロナ禍における大きな臨時収入になったようで、「好き」こそ最大のマーケットだと実感したという。
バス会社の担当者
「こんなに反響があるならもっと早くからやっていればよかった。
古いバスにも商品価値があり、古いものだからと簡単になくしてはいけないことを実感した」
たった18人とはいえ、参加者の笑顔を見て手応えを感じたようだ。

古いバスは、維持費もきっと安くはないだろう。

それでも会社は、バスを愛してくれる人々がいるかぎりできるだけ長く、これらのバスを維持していきたいと意気込んでいた。

取材を終えて

私にも子どもの頃のバスの思い出がある。

まだ高速道路が開通する前、家族で車で3時間かけて宇和島から松山に行くのが楽しみだった。

見慣れないバスが走っているのを見て「ああ、都会に来たな」と心を躍らせていた。

今回のツアーで愛媛からの参加は2人だけだったが、全国の人たちが愛媛のレトロなバスを愛してくれているのを知って誇らしかった。

コロナ禍が長期化し、公共交通機関の経営は厳しさを増している。

収益の柱となる高速バスの回復にもまだしばらく時間がかかるだろう。

風光明媚な観光地だけでなく人々の心を動かし、収益にもつながる策は他にもないだろうか。

鉄道やバスを愛する1人として考え続けたい。
松山放送局 宇和島支局記者
山下 文子
2012年から宇和島支局を拠点として地域取材に奔走
鉄道のみならず、車やバイク、昭和生まれの乗り物に夢中