【詳しく】“市民の犠牲かえりみない” ロシアの戦い方とは

「なぜロシアはここまでひどいことをするのか?」
多くの人が抱く疑問に答える1つの手がかりになるかもしれません。

ウクライナで次々と明るみとなる目を覆わんばかりの遺体。
病院や避難施設さえも標的にし、市民の犠牲をかえりみない攻撃の手法は、ロシアの“プレイブック”とも呼ばれます。「戦い方」と訳される“プレイブック”とは、どのようなものなのでしょうか?
これまでも繰り返されてきた惨状を知る人たちの証言からひもときます。

“プレイブック”って何?

▽病院や学校など、公共施設への無差別な空爆や砲撃
▽アパートなど市民の住宅の徹底的な破壊
▽都市を包囲してからのミサイル攻撃
▽食料や水、医薬品の供給を断つ兵糧攻め
▽「人道回廊」(避難ルート)を設けつつも続く攻撃

これらはいずれも「最大の激戦地」とされる東部マリウポリで起きていることです。
市民の犠牲をかえりみないロシア軍の軍事作戦です。
マリウポリの市長は4日、町の9割近くが破壊され、いまも10万人以上の住民が取り残されていると明らかにしました。
「食料や水、電気などがない状態が1か月以上も続いているが、住民の避難をロシア軍が妨害している」と惨状を訴えています。

こうしたロシア軍の戦い方は、実は今回が初めてではありません。
そのため、彼らにはいわば「常とう手段」とも言える戦い方があるとみられ、欧米の政府やメディアはロシアの“プレイブック”と呼んでいます。
“プレイブック”とは、もともと演劇の脚本や、アメリカンフットボールの「戦術集」を意味しますが、今ではより広く、企業がビジネスで「勝つための戦略」をまとめたものを指すことばとしても使われています。

こうした攻撃について、ロシア側はあくまでも軍事施設を標的としたもので、民間人に対する脅威はないと主張しています。

ほかにどんな攻撃があり得るの?

ロシアの”プレイブック”には、非人道的とも批判される武器の使用が含まれていることも懸念されています。
今回、ウクライナで、ロシア軍は多くの市民を巻き添えにする「クラスター爆弾」や「燃料気化爆弾」を使用したと国連や人権団体から指摘されていますが、過去にもこうした兵器を使ったと批判されてきました。
さらに、恐れられているのが「ダブル・タップ」と呼ばれる攻撃です。
ミサイルや砲撃などによる攻撃を行い、救助のために現場に多くの人が集まってきたところをねらって再度同じ場所を攻撃するのです。

「2度たたく」ことから「ダブル・タップ」と呼ばれます。
救助対応にあたる人々などを殺傷することがねらいと見られています。

前にも使われたことがあるって本当?

ロシア軍がこの“プレイブック”を使ったとされるのが、中東シリアの内戦です。
内戦で劣勢に立たされていたシリアのアサド政権を支援するため、ロシアは2015年から軍事介入。政権側が勝利を確実にする手助けをしました。

シリア内戦に詳しいアメリカのシンクタンク、ニューラインズ研究所のニコラス・ヘラス氏は市街地でこうした戦術をとることで、人々が街から逃げ出すようにしむけ、都市を陥落しやすくするのだと指摘します。
「ロシアは街を包囲したうえで砲撃やミサイルで攻撃し、市民が住むエリアを徹底的に破壊しています。これはシリアで行ったことと酷似しています。包囲によって市民を飢えさせ、街から出て行くようにしむけることで、制圧しやすくするのです」

実際に経験した人は?

そのシリアで、まさにこうした戦い方が繰り広げられたのが、激戦地となった北部最大の都市アレッポです。
2016年、そこではマリウポリと同じやり方で、しれつな軍事作戦が展開されました。
それを実際に経験した人がいます。
現地でけが人の救助活動を続けるボランティアの団体「ホワイト・ヘルメット」のラエド・サレハ代表です。当時のアレッポの状況を、次のように振り返りました。
「町が包囲され、最初は病院や水道施設などのインフラが攻撃され、公共サービスが途絶えました。人々を強制的に移住させ、住宅地域を支配しやすくするためで、それまで攻撃を続けてから侵入してきます。それが今、まさにウクライナで起きています」

ロシア軍の空爆による支援を受けたアサド政権は、5か月間にわたる包囲の末、アレッポを完全に制圧しました。
サレハ代表は、アレッポの包囲でも、ロシアやアサド政権はウクライナと同じように「人道回廊」と呼ばれる避難ルートを設けたものの、市民が避難する際に、攻撃されるケースが多かったと指摘しています。

他にも使われたことがあるの?

ロシアの“プレイブック”が使われたとみられるのはシリアだけではありません。
1990年代、ロシアが分離独立を求めるチェチェン共和国の武装勢力に対して行った軍事作戦でも同様の戦い方をしていました。

チェチェンの中心都市、グローズヌイではロシア軍によって市民が暮らすアパートや学校、それに病院などインフラ施設が空爆や砲撃によってことごとく破壊されました。
クラスター爆弾も多く使われ、一連の攻撃による破壊のすさまじさは国連がグローズヌイを「地球上でもっとも破壊された都市」と表現したほどでした。

これからどうなるの?

ロシア軍がシリアと同じ軍事作戦を続けているのであれば、次に懸念されるのが化学兵器の使用です。
シリアではアサド政権による化学兵器の使用がたびたび指摘され、政権側は反政府勢力による自作自演だとして、一貫して使用を否定してきました。
しかし国連人権理事会の調査委員会やOPCW=化学兵器禁止機関は、アサド政権側が、猛毒の神経ガスのサリンや、有毒の塩素ガスを攻撃に使ったと結論づけています。
アメリカ国務省は「アサド政権へのロシアの支援が化学兵器の継続的な使用を可能にした疑いがある」としてロシアの関与を指摘。

かつてアメリカ国防総省で核・生物化学兵器担当の次官補を務めたアンドリュー・ウェバー氏はその危険性を次のように指摘しました。
「アサド政権が化学兵器を使用した際には反政府側が使用したと主張して偽旗作戦を行った。ロシアは今、アメリカやウクライナのせいにして混乱を生むことで、同じことをやろうとしているのではないか」

過去の経験から生かせることは?

シリアのボランティア団体「ホワイト・ヘルメット」のサレハ代表は、現場で何が起きているのか、真相を明らかにするために、メディアの役割とともに、できるだけ多くのウクライナの人々が、実際に起きていることをカメラで記録することが重要だと呼びかけています。
また、シリアでの経験から、1人でも多くの命を救うため、次のような救助態勢を整えるべきだと指摘します。

「戦闘でけがする人を効率的に助けるために、手伝える人を小さなグループ、5人ずつのグループにわけて、早い対応に当たるべきです。病院での人混みを避けるために、また、医療従事者の負担を和らげるためにも、小さな野戦病院をつくるべきです」

国際社会にできることはある?

最後に、サレハ代表にシリアでの教訓も踏まえ、国際社会が果たすべき役割を聞きました。

「いうまでもなくウクライナでの戦闘の傷痕は大変大きいものになります。すでに数百万人が難民となりました。戦闘が続くと、インフラや病院などが破壊され、ウクライナの人々に将来的にも大きな影響を残します。国際社会が介入して戦闘を止めるように呼びかけ、そしてロシアがウクライナ、シリアで行った犯罪に対する責任を負わせ、国際的な司法の場で裁くべきです」。

10年以上にわたるシリアの内戦は、今回の欧米とロシアの対立で、政治的な解決の道筋がより険しくなりました。
ロシアは、そのシリアから戦闘経験が豊富な元兵士などを「よう兵」として募り、ウクライナの戦場に投入しようともしています。

シリア内戦の情報を集めているシリア人権監視団のラミ・アブドルラフマン代表は、次のように指摘します。
「欧米は、民主化のためにシリアの人々を助けると言いましたが、ロシアにシリアの人々が殺されているときに行動を起こしませんでした。今まさにウクライナで私たちが目にしていることです」

シリアでの悲劇がこれ以上、ウクライナで繰り返されないよう、いまこそ国際社会が協調して、暴力の連鎖を止める手立てを見いだす必要があります。

(ワシントン支局 辻浩平、カイロ支局 藤吉智紀)