武田信玄が込めた思い ~450年前に作られた仏像の秘密に迫る~

武田信玄が込めた思い ~450年前に作られた仏像の秘密に迫る~
戦国武将、武田信玄が生前、自身をモデルに作らせたとされる仏像が山梨県にあります。
この仏像を東京の大学などが詳しく調査したところ、これまで知られてこなかった新たな事実が明らかになりました。
武田信玄がこの仏像に込めた思いとは何だったのでしょうか。
(甲府放送局 記者 清水魁星)

不動明王坐像 モデルは信玄自身

織田信長や徳川家康も恐れた戦国武将、武田信玄。
今回の主役は、信玄自身がモデルになったとされる仏像、「不動明王坐像」です。
信玄が死ぬ1年前の1572年、一流の技術を持つ京都の工房が作りました。その後、450年にわたり山梨県にある信玄の菩提寺「恵林寺」で大切に守られてきました。

専門家が仏像の秘密に迫る

信玄はなぜこの仏像を作らせたのか。
その謎に迫るため、およそ1年前から本格的な修復と調査が始まりました。
寺から調査を依頼されたのは、東京芸術大学の岡田靖 准教授です。
東京芸術大学 保存修復彫刻研究室 岡田靖 准教授
「表面の色が浮き上がっていて、剥がれがどんどん進行してしまう状態だった。450年前から伝わる仏像を未来に伝承し、材料や技法のすべてを明らかにしたいと思っている」

調査で判明 「牙」の秘密

貴重な文化財を傷つけずに調べるため、最新の技術を使って分析を行いました。
仏像を光で計測して3Dで再現したものに、複数の写真のデータを合成。仏像の姿をあらゆる角度から観察できるようにしました。
さらに、直接見ることができない内部の構造を調べるためにX線で撮影も行いました。
すると、牙に人間の歯と同じように「根」のようなものがあったことがわかりました。
東京芸術大学 保存修復彫刻研究室 岡田靖 准教授
「表面から見える部分の下に『歯の根』があった。そんなことまで普通はしない」

黒っぽくなった仏像 本来の“色”に迫る

調査を進めるなかで岡田准教授が特に注目したのが、劣化によって仏像から剥がれた顔料の破片でした。
東京芸術大学 保存修復彫刻研究室 岡田靖 准教授
「破片の断層の状態をみれば表面の汚れが付いていない、純粋な顔料の状態が見ることができるので剥落片の観察は重要だ」
破片の調査は、山梨県にある帝京大学文化財研究所と山梨県立博物館の専門家が行いました。
破片の大きさは、小さいものでわずか1ミリほど。
その断面を顕微鏡で拡大すると、劣化によって黒っぽくなった仏像は実は「群青」というあざやかな青色だったことがわかりました。
山梨県立博物館 西願麻以 学芸員
「ただ青を一色塗っただけではなくて、同じ青でも2層塗られていて、とても丁寧に作られていることが分かる。またこの青い顔料も不純物が少なくて、非常に高価な顔料を当時手に入れて作ったんじゃないかということが分かった」
さらに、電子顕微鏡で破片の成分をより詳しく調べると、異例とも言えるものが含まれていることがわかりました。
「銀」の粒が複数見つかったのです。
顔料に多数の銀を混ぜるという非常に珍しい技法を用いることで、輝きを持たせたり、宗教的な価値を高めたりする目的があったのではないかとみられています。
帝京大学文化財研究所 藤澤明 准教授
「先行研究で事例がなく、新しい発見ではないかと考えている」

仏像に込められた信玄の特別な思い

調査で明らかになってきた、過去に例がない作りの仏像。
岡田准教授は、「自身の死を3年間隠せ」と言い残すなど、武田家の行く末を案じていた信玄が、「死後も仏となって武田家を守り続けたい」という強い願いをこの仏像に込めたのではないかと考えています。
東京芸術大学 保存修復彫刻研究室 岡田靖 准教授
「最高のクオリティーで作った時代を代表する仏像であるというのは間違いないと思う。それだけの思いを信玄が仏像に託したということが仏像のクオリティーや材料からうかがい知れる。普通の仏像という表現の域を超えた意味で歴史的にも大変重要なものだ」

“価値をより多くの人に”当時の姿を再現へ

岡田准教授はいま、この仏像の価値をより多くの人に知ってもらおうと、当時の姿を3Dで復元するための準備を進めています。
東京芸術大学 保存修復彫刻研究室 岡田靖 准教授
「いまわれわれが調べている情報は学術的には大変興味深いものだと思っているが、なかなか一般の人には伝わらない。オリジナルの仏像はこのまま保存していくので、合わせて復元したものがあることで、より広く、より深く仏像の素晴らしさを知ることができるようになると思う」
およそ450年前に信玄が作った仏像は本当はどのような姿だったのか。復元の完成が待ち望まれます。
甲府放送局 記者
清水魁星
2020年入局
県警取材、遊軍を経て現在は県政・甲府市政を担当
最初に見た大河ドラマは「風林火山」