ロシア軍撤退も “数百人の市民を殺害” 深刻な状況が明らかに

ロシア軍が撤退した首都キーウ近郊などで多くの市民が死亡しているのが見つかりロシアの責任を問う声が強まる中、北東部スムイ州の州知事も「数百人の市民が殺害された」と主張するなど、ロシア軍が撤退したあと現地の深刻な状況が明らかになり始めています。

ロイター通信などによりますと、ロシア軍が撤退を進めてきたウクライナの首都キーウ・ロシア語でキエフ北西のブチャでは多くの市民が路上で死亡しているのが見つかりました。

ウクライナのベネディクトワ検事総長は3日、キーウ近郊でこれまでに410人の市民の遺体が運び出されたとしたうえで「ロシアによる残忍な戦争犯罪の決定的な証拠だ」と強く非難しました。

これに対してロシア側は関与を否定しています。

さらに北東部スムイ州の州知事は4日、テレグラムに投稿し「ロシア軍が撤退し始めたことを確認した」とする一方で「数百人の市民が殺害された。世界がこれまでに見たことのない悲惨な行為だ」と強く非難していて、ロシア軍が撤退したあと、現地の深刻な状況が明らかになり始めています。

一方、イギリス国防省は4日までの分析でロシアにとって南部クリミアまでを陸続きで支配するため東部の要衝マリウポリを侵略することが主要な目的になっているとしています。

そして東部に集中するためロシア軍は部隊の統合と再編成を続けていて、民間軍事会社「ワグネル」の武装警備員を含む部隊もこの地域に移動していると指摘しています。

ロシア軍が東部に部隊の移動を進める中、戦闘が激化し市民の被害がさらに拡大することが懸念されます。

一方、双方の停戦交渉は4日も行われる予定ですが、ロシア側は早期の合意に否定的な考えを示していて、現地の深刻な状況が明らかになる中で停戦は依然見通せない状況が続いています。

ゼレンスキー大統領「ジェノサイドだ」

ウクライナのゼレンスキー大統領は4日、多くの市民が路上で死亡しているのが見つかった、首都キーウ北西のブチャで報道陣の取材に応じ「数千人の市民が戦車でひき殺されたり手足を切断されたりし、女性は暴行を受け、子どもたちも殺されている。世界はこれが戦争犯罪だということを認めなければならない」と訴えました。
そのうえで「これは戦争よりひどい。ジェノサイドだ」と述べ、民族などの集団に破壊する意図をもって危害を加える「ジェノサイド」だとして、強く非難しました。
またゼレンスキー大統領は、停戦交渉が進展していないことに触れ「ロシア軍の非道な行為が日増しに明らかになっていて、交渉が長引くほどロシア側にとって結果は悪くなるだろう。もし彼らにまだ考える能力があるならば交渉は早く進めたほうがよい」と述べました。

クリチコ キーウ市長「絶対に許さない」怒りあらわに

首都キーウ(ロシア語でキエフ)のクリチコ市長は、多くの市民の遺体が見つかったキーウ北西のブチャを3日に訪れました。
クリチコ市長は、路上に散乱したがれきや壊れた兵器を背に「ブチャで見た恐ろしい光景は、映画のワンシーンではなく、現実だ。市民が、体の後ろで手を縛られたまま銃で殺害されるなど、むごすぎる」と述べました。そのうえで「同じようなことがウクライナのほかの都市でも行われていると確信している。侵略者は重い代償を払わなければならない。われわれの市民に対して犯したことを絶対に許さない」と怒りをあらわにしました。

ロシア大統領府報道官「ねつ造やフェイクの兆候が明らか」

これについてロシア大統領府のペスコフ報道官は4日「これらの映像について、われわれの専門家は、ねつ造やフェイクの兆候が明らかだとしていて信用できない。ブチャで市民が殺害されたとするいかなる非難も断固として拒否する」と述べ、ロシア側の関与を否定しました。
そのうえで「この問題は、高いレベルで話し合われるべきだ」と述べ、国連の安全保障理事会に提起したい考えを示しました。
また、ロシア外務省のザハロワ報道官は4日、SNSで「ウクライナ政府の目的は、停戦交渉を混乱させ、暴力をエスカレートさせることにある」と投稿し、ウクライナ側が停戦交渉に影響を与えようとしているなどと一方的に主張しています。

仏大統領「戦争犯罪が行われた明白な形跡がある」

フランスのマクロン大統領はウクライナの首都キーウ近郊などで多くの市民が死亡しているのが見つかったことについて4日、ラジオ局のインタビューの中で「受け入れがたくもっとも強いことばで非難する。戦争犯罪が行われた明白な形跡がある」として、実態の解明に向けてウクライナ当局による調査に協力する用意があると述べました。

また多くの市民が犠牲になったキーウの北西、ブチャに展開していたのはロシア軍だったと指摘したうえで「この犯罪の責任者は説明をしなければならない。予断はもたないがほぼ間違いなくロシアによる行為だろう」と述べ、ロシアが関与していた可能性が高いという認識を示しました。そのうえで今後ヨーロッパ各国と協調してロシアに対する経済制裁を強化する必要があるという考えを示しました。

国連 人権高等弁務官「調査行うことが極めて重要」

国連のバチェレ人権高等弁務官は4日、声明を発表し「ブチャの路上や急ごしらえの墓に、市民の遺体が横たわる映像に恐怖を感じる。ブチャやほかの町から寄せられる報告は、戦争犯罪の可能性、国際人道法の重大な違反など深刻かつ憂慮すべき疑念を投げかけている」としています。
そのうえで「ブチャで起きたことを明らかにするために、独立した効果的な調査を行うことが、極めて重要だ。真実と正義、それに説明責任の所在を明らかにし、被害者とその家族を確実に補償し救済しなくてはならない」と訴えています。

「戦争犯罪」や「人道に対する犯罪」として訴追の可能性も

オランダ・ハーグにあるICC=国際刑事裁判所で9年間、裁判官を務めた中央大学法学部特任教授の尾崎久仁子氏は、ウクライナの状況についてNHKの取材に応じました。

この中でロシア軍が撤退した首都キーウ近郊で多くの市民が死亡しているのが見つかったことについて「映像で見るかぎり明らかに非戦闘員である文民が武器を持たない状態で殺害されており、それも複数いる。もちろん1人殺害しても戦争犯罪になるが、それがかなりの人数となると人道に対する犯罪になる」と述べ、今後ロシア軍の行為が「戦争犯罪」や「人道に対する犯罪」として訴追される可能性があると指摘しました。

また被害の全体の規模はわかっていないとしながらも「これまで携わってきた裁判は7、8年以上前に事件が起き、証拠を掘り起こすのが大変だったが、今回は犯罪が行われすぐに実態がわかっている。旧ユーゴスラビアのスレブレニツァの事件がジェノサイドと認定されたがそれを思い出した」と述べ、速やかに捜査を始め証拠を保全することで立件の可能性が高まるという見方を示しました。

一方でプーチン大統領の責任については「現地の軍の司令官までの訴追は可能だと思うが、大統領の刑事責任については本人がどの程度知っていたかなど証拠が出てくるかどうかによって現段階で判断するのは難しい。たとえ逮捕状が出ても執行するのは難しいと思う」と述べ、責任の追及は容易ではないという見方を示しました。

最後に今後の国際刑事裁判所の役割について「ICCにとっては非常に大きな試金石になる事件だと思う。ICCが今後、国際社会から認められる存在であるかとともに、悲惨な事態に対応できる国際機関であるのか問われている」と述べ、今後本格的な捜査が始まり裁判所の真価が問われるという考えを示しました。

国際刑事裁判所とは

オランダ・ハーグにあるICC=国際刑事裁判所は世界各地の戦争や民族紛争などで非人道的な行為を行った個人を捜査して裁くための裁判所です。

管轄する犯罪は民族などの集団に破壊する意図を持って危害を加える「集団殺害犯罪」いわゆる「ジェノサイド」や、一般市民への組織的な殺人や拷問などの「人道に対する犯罪」、戦場での民間人の保護や捕虜の扱いなどを定めた国際人道法に違反する「戦争犯罪」などです。

戦争に関する国際裁判は当初、第2次世界大戦後の「東京裁判」や「ニュルンベルク裁判」などのように特定の戦争や紛争を対象にしたものしかありませんでしたが冷戦終結後、旧ユーゴスラビアやアフリカのルワンダでの集団虐殺などをきっかけに常設の裁判所の設置を求める声が高まり、2002年、国際刑事裁判所が発足しました。

ウクライナへの軍事侵攻をめぐっては国際刑事裁判所は先月2日、ウクライナ国内で行われた疑いのある「戦争犯罪」や「人道に対する犯罪」について捜査を始めると発表しています。

その後、担当のカーン主任検察官はみずからウクライナ西部を訪れ、ゼレンスキー大統領とオンラインで会談を行っていて今後本格的な捜査を始めるとみられています。

国際刑事裁判所はこれまでスーダンのダルフール紛争についてバシール元大統領に「人道に対する犯罪」などの容疑で逮捕状を出しているほか、ミャンマーの治安部隊が国内の少数派、ロヒンギャの人たちを迫害した疑いについても「人道に対する犯罪」にあたる可能性があるとして捜査を決めています。

専門家「立証は難しい道のりになるとみられる」

国際法が専門の早稲田大学の萬歳寛之教授は「民間施設への攻撃や広い範囲で故意に住民が殺害されている状況を見ると、ウクライナでの事態は『戦争犯罪』に加え『人道に対する犯罪』が行われていると考えられる」と話しています。

その一方で「ロシアは国際刑事裁判所の規程の締約国ではないためロシアの協力は期待できず立証は難しい道のりになるとみられる。ロシア軍兵士の捕虜などへの捜査を通して、現場で何が起きているのかやロシア側がどのような指揮命令で戦闘を行っているのかなどを国際社会に明らかにしていくことが裁判所には求められている」と話しています。

林外相「重大な国際人道法違反 断じて許されず」

林外務大臣は「極めて深刻に受け止め強い衝撃を受けている。むこの民間人の殺害は重大な国際人道法違反であり、断じて許されず厳しく非難する。こうした残虐な行為の真相は明らかにされなければならずロシアの責任は厳しく問われなければならない。わが国としてもICC=国際刑事裁判所に付託しておりICC検察官による捜査の進展を期待する」などとする談話を発表しました。