“使い終えたら分解” 夢のプラスチックへの挑戦と可能性

人類共通の課題となっている“プラスチックゴミ問題”。海岸を歩けばレジ袋やペットボトルなどプラスチックゴミを目にすることは少なくない。
プラスチックは丈夫であるが故に環境で分解されずにやがて海に流出。それを餌と間違えた魚が食べるなど健康への影響も懸念されている。
こうした中、東京大学の岩田忠久教授は「使っている間は頑丈で、役目を終えたら“分解する”」まるで魔法のようなプラスチックの開発にこぎつけた。
そして、科学者たちの信念は、プラスチックゴミ問題の解決だけでなく、医療、農業などさまざまな分野の未来もいま変えようとしている。
(水戸放送局 ディレクター 内田めぐみ)
プラスチックは丈夫であるが故に環境で分解されずにやがて海に流出。それを餌と間違えた魚が食べるなど健康への影響も懸念されている。
こうした中、東京大学の岩田忠久教授は「使っている間は頑丈で、役目を終えたら“分解する”」まるで魔法のようなプラスチックの開発にこぎつけた。
そして、科学者たちの信念は、プラスチックゴミ問題の解決だけでなく、医療、農業などさまざまな分野の未来もいま変えようとしている。
(水戸放送局 ディレクター 内田めぐみ)
切り札は「酵素」
東京 文京区にある東京大学の岩田忠久教授の研究室では、“白い粉”のような物質を使い、プラスチックを分解する研究が続けられている。
この白い粉の正体は「酵素」。
あるカビから発見されたもので、プラスチックを分解させる切り札だ。
この白い粉の正体は「酵素」。
あるカビから発見されたもので、プラスチックを分解させる切り札だ。

いま世界では、さまざまな「分解されるプラスチック」(生分解性プラスチック)が開発されている。
日本で多く流通している「ポリ乳酸」を使った生分解性プラスチックの場合、分解するには「温度60度、かつ湿度60%」という条件が必要だ。しかし、自然界ではほぼこうした環境は存在せず、川や海に流出してしまうと、分解される可能性は極めて低い。
そこで岩田さんが考えたのが、プラスチックの中に、あらかじめ酵素を閉じ込めておくというアイデアだ。
日本で多く流通している「ポリ乳酸」を使った生分解性プラスチックの場合、分解するには「温度60度、かつ湿度60%」という条件が必要だ。しかし、自然界ではほぼこうした環境は存在せず、川や海に流出してしまうと、分解される可能性は極めて低い。
そこで岩田さんが考えたのが、プラスチックの中に、あらかじめ酵素を閉じ込めておくというアイデアだ。

プラスチックが川や海に流出して砕けると、内部に水が入る。
すると中で眠っていた酵素が水と反応して分解が始まるという仕組みだ。
すると中で眠っていた酵素が水と反応して分解が始まるという仕組みだ。

理論上はうまくいくはずだと考えていた岩田さん。
実際に、酵素を閉じ込めたプラスチックのフィルムをはさみで切って海水に浸してみると…。
実際に、酵素を閉じ込めたプラスチックのフィルムをはさみで切って海水に浸してみると…。

時間の経過とともに、見事分解が始まった。
さらにフィルムを細かくすればするほど、分解のスピードが速くなっていくことも確認できた。
さらにフィルムを細かくすればするほど、分解のスピードが速くなっていくことも確認できた。

東京大学 岩田忠久教授
「頭の中ではうまくいくのではないかと思ったわけですけど、学生さんがその実験をしてくれて、『先生、うまくいきました!』という声を聞いたときには、本当に拳を握って“よしっ“と感じました」
「頭の中ではうまくいくのではないかと思ったわけですけど、学生さんがその実験をしてくれて、『先生、うまくいきました!』という声を聞いたときには、本当に拳を握って“よしっ“と感じました」
使っているときは丈夫。でも、役目を終えてスイッチが入ると分解が始まる、「夢のプラスチック」が誕生した。
“日の当たらない研究” 続けた日々
環境で分解される「生分解性プラスチック」は1970年代ごろからプラスチックゴミが社会問題化し、その課題を解決する技術として、大学をはじめとする多くの研究機関や企業が開発に乗り出した。
しかし、分解しやすくしようとすればするほど、本来のプラスチックの強度を保つことが難しくなる。
熱にあまり強くないことや、倉庫に置いておくととけるなどの事例もあり、関係者の間では「生分解プラスチックは、すばらしい機能はあるが実際の材料として使えない」という評価に傾いていった。
しかし、分解しやすくしようとすればするほど、本来のプラスチックの強度を保つことが難しくなる。
熱にあまり強くないことや、倉庫に置いておくととけるなどの事例もあり、関係者の間では「生分解プラスチックは、すばらしい機能はあるが実際の材料として使えない」という評価に傾いていった。

もともと、大学では農学部に所属していた岩田さんは、木材の成分を使ったプラスチックの研究をしていた。
しかし、生分解性プラスチック研究の第一線で活躍する土肥義治さんと出会い、新しい分野へ足を踏み入れた。
農学部から工学部の世界へ、さらに当時はまだ実用化が遠く思われていた「分解されるプラスチック」という険しい道を選んだ岩田さん。友人の研究者たちからは心配する声もあったという。
しかし岩田さんは信念を持って研究を続けてきた。
しかし、生分解性プラスチック研究の第一線で活躍する土肥義治さんと出会い、新しい分野へ足を踏み入れた。
農学部から工学部の世界へ、さらに当時はまだ実用化が遠く思われていた「分解されるプラスチック」という険しい道を選んだ岩田さん。友人の研究者たちからは心配する声もあったという。
しかし岩田さんは信念を持って研究を続けてきた。
東京大学 岩田忠久教授
「基礎研究を担う科学者として重要なのは、社会がどういうふうに判断しようが、自分が大事だと思うことは細々とでもやり続けること」
「基礎研究を担う科学者として重要なのは、社会がどういうふうに判断しようが、自分が大事だと思うことは細々とでもやり続けること」
その成果が、いま花開こうといしている。
プラスチックの開発 もともとは“動物を守るため”
研究を続ける中で、岩田さんの心を支えてきたのはプラスチック問題は、プラスチックを扱う“人間の問題”という思いだ。
それを象徴するのが、プラスチックはもともと“動物を守るため”に開発されたという、プラスチック誕生の経緯だ。
それを象徴するのが、プラスチックはもともと“動物を守るため”に開発されたという、プラスチック誕生の経緯だ。

もともとは象牙で作られていたビリヤードの玉。製造のために多くの象を人間は殺してきた。それを止めるために科学者たちが開発したのが、プラスチックの始まりと言われている。
東京大学 岩田忠久教授
「動物を守る、環境を守るために、プラスチックは開発されたと僕は思っています」
「動物を守る、環境を守るために、プラスチックは開発されたと僕は思っています」
使い終わったプラスチックを“ゴミ”という悪者にするのではなく、“最後まで使いこなす役目が人間側にあるのではないか”と考え、研究を続けてきたのだ。
医療現場でも期待 「生分解性プラスチック」
徐々に分解するプラスチックの特性をいかし、医療分野で活用する取り組みも始まっている。
開発を手がけるのは物質・材料研究機構(茨城 つくば)の研究者、荏原充宏さんだ。
開発を手がけるのは物質・材料研究機構(茨城 つくば)の研究者、荏原充宏さんだ。

荏原さんが着目したのは「手根管症候群」という手の神経が圧迫される病気。症状が悪化すると、神経の周りの組織を取り除く手術を行う必要がある。
手術後の患部への薬の投与のために荏原さんが開発したのが、生分解性プラスチックに薬の成分を配合した特殊なシート。手術の最後に、傷んだ神経の周りにあてて、傷口を閉じる。
その後、シートから染み出した薬が、患部に直接届けられ、シート自体は、そのまま体の中で分解されるという仕組みだ。
手術後の患部への薬の投与のために荏原さんが開発したのが、生分解性プラスチックに薬の成分を配合した特殊なシート。手術の最後に、傷んだ神経の周りにあてて、傷口を閉じる。
その後、シートから染み出した薬が、患部に直接届けられ、シート自体は、そのまま体の中で分解されるという仕組みだ。

最終的には尿などを通して体の外へ排出されるという。
シートに使われている材料は、米国ではFDA=食品医薬品局で認可され、すでに体内に埋め込む製品の一部として使われている。
シートに使われている材料は、米国ではFDA=食品医薬品局で認可され、すでに体内に埋め込む製品の一部として使われている。

手術では最後にプラスチックのシートをあてたあと、傷口を閉じる。およそ半年間、薬を患部に直接届けられるという。
生分解性プラスチックの技術を応用したこの画期的なシートは、現在、治験が行われており、実用化が期待されている。
生分解性プラスチックの技術を応用したこの画期的なシートは、現在、治験が行われており、実用化が期待されている。
生分解性プラスチック「がん治療」にも
こうした医療用プラスチックは「がん治療」にも応用されようとしている。
シートに「抗がん剤」を含ませ、患部に貼ることで、がん細胞に直接、抗がん剤を届けることができるのだ。
シートに「抗がん剤」を含ませ、患部に貼ることで、がん細胞に直接、抗がん剤を届けることができるのだ。

さらに、いまシートを“発熱”させることで、がん細胞を死滅させることもできるのではないかと研究を進めている。

物質・材料研究機構 荏原充宏さん
「プラスチックの技術で、命を救いたい。そのためには体に入れても痛くないように“柔らかくて”、“薬も出し”、そして最後に“分解する”。これをすべてタイミングよく合わせる必要がある。まさに高分子化学の結集だと思う」
「プラスチックの技術で、命を救いたい。そのためには体に入れても痛くないように“柔らかくて”、“薬も出し”、そして最後に“分解する”。これをすべてタイミングよく合わせる必要がある。まさに高分子化学の結集だと思う」
海、川。地中…あらゆる場所で“分解スイッチ”を入れるために
東京大学の教授 岩田忠久さんをはじめプラスチックの研究者たちは、環境に残ってしまうプラスチックゴミ問題を解決するためにさまざまな“分解スイッチ”の開発に挑んでいる。
水圧や、塩分濃度、光、温度、pH、といった環境条件を、スイッチが入るトリガーにしようという試みだ。
水圧や、塩分濃度、光、温度、pH、といった環境条件を、スイッチが入るトリガーにしようという試みだ。

例えば、海底に沈みプラスチックゴミになってしまうことが懸念される、切れた“漁網”には、“水圧スイッチ”などが検討されている。
ふだん漁を行う深さの水圧では分解せず、海底に沈んで一定以上の水圧がかかると、分解スイッチが入る構造にできないかという研究も進んでいる。
ふだん漁を行う深さの水圧では分解せず、海底に沈んで一定以上の水圧がかかると、分解スイッチが入る構造にできないかという研究も進んでいる。

今月施行される「プラスチック資源循環法」では、プラスチック製品の削減を企業などに求めている。

東京大学 岩田忠久教授
「プラスチックというのは、基本的に、可能なかぎり集めて、回収して、リサイクルをすることが重要。しかし、いくら頑張って集めようと思っても、絶対に回収の手から漏れてしまう。そういうところには、環境中に流出したときに分解するという生分解性プラスチックが必要になる」
「プラスチックというのは、基本的に、可能なかぎり集めて、回収して、リサイクルをすることが重要。しかし、いくら頑張って集めようと思っても、絶対に回収の手から漏れてしまう。そういうところには、環境中に流出したときに分解するという生分解性プラスチックが必要になる」
将来的にはプラスチック全体の2割程度を「生分解性プラスチック」に置き換えることで、自然環境の中にプラスチックが残らないようにしていきたいと考えている。
東京大学 岩田忠久教授
「新型コロナウイルスに対応するためのマスクも、ポリエチレンやポリプロピレンなど、プラスチックで作られているし、医療器具のほとんどがプラスチックから作られている。ですから、プラスチックはわれわれの社会の中では絶対必要なものになっている。その、材料を“悪者”にするか、ちゃんと使える“いいもの”にするかというのは、あくまでもわれわれ人間がどういうふうにこのプラスチックに向き合い、処理をしていくかっていうことになると思う。まだまだ課題はたくさんあるが、研究者たちが、知見を持ち寄って研究実験を進めていけば必ず解は見つかると思う。ですから、こうした歩みを止めない、社会の評価に流されず、やるべきことをコツコツとやっていく、これが重要じゃないかなと思います」
「新型コロナウイルスに対応するためのマスクも、ポリエチレンやポリプロピレンなど、プラスチックで作られているし、医療器具のほとんどがプラスチックから作られている。ですから、プラスチックはわれわれの社会の中では絶対必要なものになっている。その、材料を“悪者”にするか、ちゃんと使える“いいもの”にするかというのは、あくまでもわれわれ人間がどういうふうにこのプラスチックに向き合い、処理をしていくかっていうことになると思う。まだまだ課題はたくさんあるが、研究者たちが、知見を持ち寄って研究実験を進めていけば必ず解は見つかると思う。ですから、こうした歩みを止めない、社会の評価に流されず、やるべきことをコツコツとやっていく、これが重要じゃないかなと思います」

水戸放送局 ディレクター
内田めぐみ
2019年入局 サイエンスZERO「暮らしを変える!?“アスリート科学”最前線」など担当
内田めぐみ
2019年入局 サイエンスZERO「暮らしを変える!?“アスリート科学”最前線」など担当
「“分解する”プラスチック」詳しくはNHKプラスで

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