【詳しく】ロシア侵攻 生物・化学兵器が使用される可能性は?

ウクライナへの侵攻を続けるロシア軍。
欧米諸国を中心に、ロシア軍が生物兵器や化学兵器を使用するのではないかという懸念が強まっています。
そもそも生物・化学兵器って?使用されたらどうなるの?
海外の専門家などに聞きました。
(アメリカ総局・添徹太郎/ワシントン支局・渡辺公介)

生物兵器とは?

生物兵器は、人に感染する細菌やウイルスを兵器に利用したもので、核兵器と同じく、大勢の人を殺傷する「大量破壊兵器」です。

ロシアは、旧ソビエト時代からさまざまな病原体を、兵器として利用するための研究を続けてきたとみられています。

具体的にはどんな生物兵器を研究していたのか?

「炭疽菌(たんそきん)」や「天然痘ウイルス」などを利用したものです。
ロシアは、中央アジアのカザフスタンに「炭疽菌」の生産施設を保有していたとみられるほか、ロシア国内では「天然痘ウイルス」の生産・貯蔵も行っていたと考えられています。

このほか、旧ソビエト時代から、「エボラウイルス」や「ペスト菌」などについても、兵器として利用するための研究が行われていたと考えられています。

化学兵器とは?

化学兵器は、化学剤を含む弾薬を爆発させるなどして、大量の人を殺傷する兵器で、生物兵器と同様「大量破壊兵器」です。

ロシアは、旧ソビエト時代から「サリンガス」、「VXガス」、「ノビチョク」と呼ばれる化学兵器を開発してきたとされています。
いずれも、神経伝達を妨げ、呼吸障害を引き起こす猛毒の「神経剤」です。

生物・化学兵器は、禁止されていないの?

いずれの兵器も、使用については、1925年の国際条約「ジュネーブ議定書」で禁止されています。
その後、1975年、生物兵器の開発、生産、保有などを禁止する「生物兵器禁止条約」、1997年には、同様のことを禁じた「化学兵器禁止条約」がそれぞれ発効。
ロシアも、これらの国際条約の締結国です。

ロシアは保有しているの?

条約に基づいて“すべて廃棄した”としています。

2017年9月、プーチン大統領は、テレビ電話を通じて、ロシア国内に残っていた化学兵器をすべて廃棄したとする映像を公開。

プーチン大統領は次のように述べていました。
「ロシアにとって非常に重要で、歴史的な日だ」

旧ソビエトで化学兵器の開発に関わった化学者は?

「すべての化学兵器を廃棄したというロシアの主張がそもそも虚偽だ」
こう指摘するのは、旧ソビエト時代「ノビチョク」などの化学兵器の開発に関わり、その後、ロシアが国際的な合意に反して開発を続けていると告発した化学者ビル・ミルザヤノフ氏です。

そして、ミルザヤノフ氏は、次のように続けました。
「ロシアが廃棄したのは、使用できなくなった化学兵器で、『ノビチョク』などの『新世代』と呼ばれる兵器は保有している。私の試算では、およそ3000トンが保管されているとみられ、数百万人を殺害できる量だ」

ロシアの主張は?

専門家がこう指摘する中、ロシアは“アメリカ側が使用するおそれがある”と主張しています。

プーチン大統領は、3月16日、次のように述べています。
「ウクライナの研究所でアメリカの支援により、コロナウイルス、炭疽菌、コレラなどの実験が行われている。生物兵器が作られたと信じる理由が十分にある」

また、ロシア軍の「国家防衛管理センター」のミジンツェフ・センター長は、3月19日、次のように述べました。
「ウクライナ軍は南部のミコライウ州で有毒な化学物質を使った挑発行為を計画している」

対するアメリカ側の主張は?

「プーチンは追い詰められている。追い詰められれば追い詰められるほど、より激しい戦術を使うだろう」

アメリカのバイデン大統領は、3月21日、ロシア軍が、ウクライナ軍の激しい抵抗にあっていることを念頭に、こう述べました。

また、ブリンケン国務長官も3月17日、次のように述べて、警戒感を強めています。
「ロシアは化学兵器を使ったうえで、それをウクライナがやったとうその主張を展開し、ウクライナの人々への攻撃を強化することを正当化しようとしているかもしれない。より大規模な軍事行動を正当化するために、ジェノサイドをねつ造するのは、ロシアがこれまでもとってきた方法だ」

アメリカ国防総省で、生物・化学兵器の担当を務めた元高官は?

「ウクライナで生物兵器を製造しているというロシアの主張は事実無根だ」
こう強調するのが、アメリカ国防総省で、核、生物・化学兵器担当の次官補を務め、ウクライナやカザフスタンなどで旧ソビエト時代の生物・化学兵器の廃棄に関わったアンドリュー・ウェバー氏です。

ウェバー氏は、アメリカがウクライナに行った支援については「公衆衛生や疾病対策の強化」だとしたうえで、「生物・化学兵器の使用に軍事的なメリットはない」とも指摘しました。

ロシアが使う可能性は?

ウェバー氏は、その可能性について次のように話しています。
「ロシア軍が大きな犠牲を出す中、ウクライナの市民など『ソフトターゲット』がねらわれるようになっている。人々の間に恐怖を巻き起こして、士気を低下させ、降伏を強要する目的で使われるおそれがある」

前出の化学者ミルザヤノフ氏は、化学兵器「ノビチョク」が使用される可能性は「十分にある」と分析しています。
「『ノビチョク』は個人の暗殺だけでなく、戦場で大勢の人々を攻撃する兵器として使用することも想定されている」

もし、使用されたらどうなるの?

「大量の避難民の発生や、感染症の対策など、人道支援にも大きな影響が起きることが考えられる」
ブッシュ政権やオバマ政権で、生物・化学兵器対策に関わったネブラスカ大学のジェームズ・ローラー准教授は、こう話します。

また、ローラー准教授は、戦闘員や非戦闘員の被害はもちろんのこと、ウクライナだけでなく、周辺の国にも影響が及ぶおそれがあることから、診断キット、解毒剤、抗菌剤、治療薬などの準備を整える必要があると訴えています。

そのうえで、ロシアが生物兵器を使用する場合、伝染性の高い病原体を使えば、国境を越えて自国民に悪い影響を及ぼす可能性があることを踏まえ、「ヒトからヒトに感染しない炭疽菌を使用することが考えられる」と分析しています。

ロシアが過去に使用したことは?

欧米は、ロシアが化学兵器「ノビチョク」を使用、または、使用に関与したことがあるとみています。
具体的には、以下の2つの事件です。
▽2018年3月 イギリスで、ロシアの元スパイのスクリパル氏とその娘がねらわれた暗殺未遂事件
▽2020年8月 ロシアで反体制派の指導者ナワリヌイ氏が襲われ一時意識不明に陥った暗殺未遂事件

また、OPCW=化学兵器禁止機関は、シリア中部のハマ県で2017年3月、アサド政権軍が反政府勢力の支配していた町に対し空爆を行い、サリンガスなどの化学兵器が使われたと結論づけています。
これについてアメリカ国務省は「アサド政権に対するロシアの支援が、化学兵器の継続的な使用を可能にした疑いがある」として、ロシアの関与を指摘しています。

使われた場合、欧米はどう対応する?

ロシアに対する追加制裁やウクライナへの支援の強化が予想されます。
ただ、軍事的な対抗措置にまで踏み切るかどうかはわかりません。

バイデン大統領は、3月24日、化学兵器が使用された場合について「相応の対応をとる」と述べる一方で、軍事行動による対抗措置の可能性については「その時に判断する」と述べるにとどめています。

軍事行動について、バイデン大統領は、核を用いた第3次世界大戦につながりかねないとして一貫して否定してきましたが、NATOによる軍事行動も排除しない姿勢を示したのは、プーチン大統領に、なんとか生物・化学兵器の使用を思いとどまらせるねらいがあったとみられています。

しかし、ミルザヤノフ氏は「ロシアがこうした声に耳を傾けるとは思えない」として悲観的な見方を示しています。

アメリカなどNATOは、ロシアとの全面的な軍事衝突を回避しながら、これ以上のウクライナの人たちの犠牲をいかに食い止めることができるのか、難しい対応を迫られることになります。