試験、受けられませんでした

試験、受けられませんでした
あの時、コロナに感染していなければ…

そんな思いで、新年度を迎える人たちがいます。
コロナに感染し、看護師などの国家試験を受けられなかった人たちです。

長期化するコロナ禍。誰もが安心して受験できるようにはならないのでしょうか。
実は、こうした試験の在り方の見直しを求める提言が1年前に出されていました。
(社会部 記者 小泉知世・本多ひろみ)

追試は… ありませんでした

この冬、新型コロナの第6波が国内を襲いました。
ちょうど医療・介護従事者などの国家試験のシーズンでした。
コロナに感染した場合、受験は認められず追試の予定もありません。

受験生からは不安の声が上がっていました。
私たちは、その実態や追試を求める動きを取材し、2月、このサイトで紹介しました。
しかし、結局、追試は行われませんでした。
そして、一部の受験生は、不安が現実のものとなってしまいました。

なぜ私が… 涙の受験見送り

「試験会場のあなたの席が空席で涙が出てきた」

コロナに感染し、看護師試験を受けられなかった24歳の女性が、試験のあと友人から受け取ったメッセージです。
この女性は、去年9月に大学の看護学科を卒業し、試験の合格を前提に病院から内定をもらっていました。
コロナ禍で面会制限も行われる中、看護師として患者と家族をつなぐ役割を果たしたいという思いを強くしていました。
試験を万全の体調で迎えるため、飲食店のバイトも年末で切り上げ、自宅や図書館で勉強を続けました。
しかし、試験5日前に発熱。感染が確認されました。
看護師試験を受けられなかった女性
「家族や先生にも申し訳ない気持ちから涙が止まりませんでした。感染対策をしていたのに、なぜ…」
受験できなかったことを内定先の病院に伝えたところ、看護助手として採用してもらえることになりました。
働きながら、来年の試験での合格を目指しますが、これからのことを考えると不安だといいます。
看護師試験を受けられなかった女性
「1年待つのはつらいです。これまでどおりの気持ちで勉強を続けられるだろうか」

職場がクラスター

介護施設で高齢者のリハビリなどを担う准看護師の44歳の女性。
働きながら看護師を目指していました。
全国的にクラスターが相次ぐ中、2月の始め、施設の利用者の感染が発覚。
女性はほとんど症状はありませんでしたが、検査の結果、感染が確認されました。
准看護師の女性
「職場での感染を防ぐため、試験前ある程度の期間、仕事を休んでおくということはできませんでした。コロナ禍で職場の人手もギリギリ。私が休むとほかの人に負担がかかるからです」
この施設では、その後も感染者が相次ぎ、クラスターとなりました。

女性はシングルマザーで、19歳と高校生の2人を育てています。
150万円近い専門学校の費用を払うため、奨学金も借りています。
看護師になれば給料も上がり、返済もできると考えていましたが、金銭面の負担ものしかかります。
准看護師の女性
「働きながら時間をやりくりして勉強してきたのでショックでした。しばらく職場にも報告できませんでした。来年も受けるつもりですが、もしその前に追試の措置があれば…」
このほか私たちが取材した中には「1年間、仕事を休み、小学生の子どもとの時間も犠牲にしたのに」と語る30代のシングルマザーもいました。

予期せずコロナに感染し、試験を受けられなかった人たちは深く落胆していました。

対応求める声 受験できた人からも

コロナ禍で行われた医療・介護従事者の国家試験。
このうち2月13日の看護師の試験では、出願者6万5684人に対して、実際の受験者は6万5025人。
個別の理由は分かりませんが、欠席者の総数は出願者の約1%にあたる659人でした。
欠席者の人数・割合は、ここ数年と同程度で、データ上、試験は例年と大きく変わらず行われたと言えそうです。
一方、コロナの感染の波は何度も押し寄せ、今後も収束の見通しは立っていません。

取材すると、今回、試験を受けられた人たちの中にも、柔軟な対応はできないのかと話す人がいました。
女性受験生
「追試の措置がないことには、不安、不条理さを感じています」
男性受験生
「コロナが広まって2年以上になるのに自己責任だとされています。私たちが目指す看護師は、患者に臨機応変に対応するのが当たり前の仕事です。国は、今の状況になぜ対応できないのか不思議です」

「公平性」守る必要

医療や介護の国家試験の救済策をめぐっては、年明け以降、国会でも質疑が交わされました。
後藤厚生労働大臣は「何とかしたいという気持ちはあるが、今回だけ認めることは難しい。受験生のレベルを確認するという試験の公平性などを守っていく必要があることもご理解いただきたい」と述べています。

厚生労働省によりますと、追試を実施しようとすると、本試験と同じレベルの質と量の問題を短期間で作成する必要があるといいます。
また、過去に体調不良などで追試を行ったケースがなく、公平性を保つためにも実現は難しい、ということでした。

コロナ対応の国家試験が!

厳しい公平性が求められる国家試験、受験生は今後も感染への不安を抱えながら臨むことになるのでしょうか。

取材を進めると、コロナに対応して方式を変えた国家試験があることが分かりました。
「運行管理者試験」です。
運行管理者とは、トラックやバス、タクシーなどを扱う営業所で、ドライバーの指導や乗務記録の管理などを行う人です。
原則、営業所ごとに最低1人配置する義務があります。

これまでは年に2回、筆記試験が行われてきました。
しかし、コロナの影響で、おととし3月の試験が中止に。

影響の長期化が懸念される中、去年「CBT方式」の試験を導入しました。
1人1台のパソコンを使い、用意された複数の問題からランダムに出される問題を解く方式です。
一定の試験期間(運行管理者試験の場合30日)が設けられ、受験生はそのうちの1日を選んで試験を受けます。
不測の事態があっても日程を変更することができます。

一方、多数の問題を用意する時間や労力、受験生ごとに問題が異なることに伴う公平性の担保、不正の防止などの課題もあります。
所管する国土交通省は「問題ごとに難易度の差はあるが、バランスを見て全体で同じような正答率になるよう心がけている。自宅ではなく会場での試験で、監督者もいて不正対策を行っている。コロナに感染した受験者も日にちをずらして受験してもらえるのでメリットも多く、受験生からのアンケートでもおおむねよい評価だった」としています。

もちろん国家試験といっても、試験の性質や難易度はさまざまで、ひとくくりにはできません。
ただ素早い対応であるとは言えそうです。

変わるか、医療・介護の試験

実は、厚生労働省の中でも検討が始まっていました。
専門家などでつくる厚生労働省の審議会は、数年ごとに試験の在り方の見直しを行っていて、おととしから去年の春にかけて医師や看護師、保健師などの試験について相次いで報告書をまとめています。

いずれも、コロナの感染拡大を踏まえ、今後の試験の在り方を早急に見直すべきだと指摘。
提案されているのが「CBT方式」を含む「コンピューターの活用」です。

「画像や音声を活用するなど、より臨床状況に即した内容を問うことができる」
「災害や感染症など通常の試験実施が困難な場合に試験の複数化や実施場所の増加などの対応が容易となる」など、
導入のメリットを強調する記述もありました。
今回の試験に間に合わなかったのでしょうか。
厚生労働省は「課題の整理や出題形式などの検討に一定の時間が必要だ」としてい、3年かけて試験の在り方について研究を進める方針です。

新しい「試験様式」とは

私たちの暮らしに大きな影響を及ぼしている新型コロナウイルス。
今まで当たり前だったことを見直す動きが広がり「新たな生活様式」ということばも定着してきています。
国家試験もコロナで影響を受けた分野の1つと言えます。
予期せぬ感染で涙を流す人をこれ以上増やさないための「新たな試験様式」とは何なのか。
それぞれの試験の性質に沿う形で、スピード感のある取り組みが進むことを望みたいと思います。
社会部 記者
小泉知世
平成23年入局
青森局、仙台局を経て政治部で厚生労働省や与党クラブを担当
その後、社会部で新型コロナを継続取材
社会部 記者
本多ひろみ
平成21年入局。
岡山局を経て現所属
これまで検察や厚生労働省を担当
コロナ禍での医療や保育の課題を取材