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借金しないと学べない?“中流”の家計を圧迫する教育費

「子どもの背中は押したいので、この選択肢しかなかったですね」

50歳の男性は、この春から大学に進学する息子の学費を工面するために、250万円の学資ローンを借りることを決めました。

正社員・夫婦共働き・マイホーム。
一見すると安定したいわゆる“中流”の暮らしに見えても、子どもの教育費は、家計に重くのしかかっています。

新年度が始まり、期待を胸に大学に入学する若者たち。
その裏で、借金しなければ学べない実情が、いま広がっています。
(社会部記者 宮崎良太/おはよう日本 ディレクター 中村幸代)

息子の背中を押したいが…

「いただきます」
牧野亮さん(50歳・仮名)は、妻と息子2人の4人で暮らしています。

警備会社の正社員として働き、深夜帰宅が多いなか、休日だったこの日は久しぶりに家族そろって食卓を囲みました。

長男は、この春から私立大学に進学します。大学では文章について学び、将来はものを書く仕事を目指したいという思いを、改めて息子の口から聞いた牧野さん。

「学園生活、思いっきり楽しめよ」と、父としてエールを送りました。

昇給 20年間で2万円

しかし、4年間で400万円ほどにのぼる大学の学費は、家計に重くのしかかっています。
その大きな要因は、牧野さんの給与が上がっていないことです。
牧野さんの給与明細(左:20年前の基本給 右:現在の基本給)
今の基本給は、月に16万8000円。20年前に入社した当時の給与明細と見比べてみると、基本給はわずか2万円しか上がっていませんでした。

入社当時は、長く働き続ければ、家族を養う余裕がもう少し生まれると思っていたと、牧野さんは肩を落としました。
牧野さん(仮名)
「ここまできつい状態になるとは思っていなかった。会社も『昇給を期待していい』というようなことを言っていたし、給与は上がると思っていましたね」

学費払うと家計は火の車

牧野さんの年収は300万円ほど。看護師の妻と合わせて、世帯年収は700万円余りですが、すでに家計はギリギリの状態だといいます。
妻と家計の収支を洗い出す牧野さん
月々の手取りは、夫婦合わせて40万円。一方で生活にかかる支出は、住宅ローンや車のローンなど合わせて38万円ほどです。
そこに、月に約8万円の学費が加わると、家計は大きな赤字となってしまうのです。
牧野さん(仮名)
「子どものやりたいことは、親として背中を押してあげたいし、子どもたちが社会に巣立っていくまでは、親の責任としてやっていきたいと思っているのですが…。学費を支払うと、家計はさらに圧迫されて、もうやりくりできないですね」

「きつい未来が待っている」

家計を切り詰めても、学費を捻出することはできません。

貯蓄もないなか、牧野さんは悩んだ末、250万円分の学資ローンを借りて、学費を工面することを決めました。
今後、10年かけて返済していく予定です。

次男は、この春から高校2年生になります。
先々のことを考えると「きつい未来が待っている」と、牧野さんはつぶやきました。
牧野さん(仮名)
「もし病気になったりして自分たちが倒れてしまった場合、その瞬間にいろんなものが破綻していくのだろうと感じていて、すごく不安ですね。一瞬の気も抜けない生活を、これからも続けていかなければいけないですね」

支援制度に当てはまらない “中流”の層

なぜ、大学の進学が家計の大きな負担となっているのでしょうか。
背景の一つには、大学の授業料が上がり続けている実情があります。
私立大学の年間授業料の平均は、この30年間で約62万円から約93万円と、1.5倍に増えています。

こうした中、国は2020年度から、所得の低い世帯に対して支援制度を広げています。
たとえば、大学生と中学生の子どもがいる4人家族の場合、世帯年収が「380万円未満」であれば、
▽授業料の減額や免除
▽返済不要の奨学金支給
などを受けられる対象となります。

しかし今回の取材を通して、いわゆる“中流”の層で、この支援制度に当てはまらない家庭にも、子どもの大学進学による負担が、重くのしかかっていることがみえてきました。

「沈む中流」というテーマで取材を続けている私たちは、牧野さんに「今の暮らしは、“中流”の暮らしだと思いますか」と、最後にたずねました。
牧野さん(仮名)
「理想の“中流”は、自分たちの収入で、家族にかかる費用を賄えて、そのうえで余暇を楽しむ余裕もあるイメージ。うちは、一軒家・夫婦共働き・正社員で安定した収入があって、外からみればやっていけているように見えるかもしれないけど、実際はギリギリの状態。理想の“中流”は程遠い世界だなと、個人的には感じていますね」

子ども自身が借金して学ぶケースが増加

牧野さんのように、親がローンなどを組んで学費を工面する場合がある一方で、子ども自身が「奨学金」という形で、借金をして学ぶケースも増えています。

日本学生支援機構の学生生活調査によると、奨学金の利用者は1994年度は21.4%でしたが、2020年度には49.6%に増加。いまや、2人に1人の学生が奨学金を利用しています。

とりわけ、利用者は“中流”の層で増えています。
こちらのグラフは、家庭の主な稼ぎ手の年収ごとに、奨学金利用者の割合を専門家が分析したものです。

1991年~1995年では、
▽年収250万円未満で52%
が利用し、所得の低い層が中心でした。

それが2019年では、
▽年収250万円~500万円未満で56%
▽年収500万円~750万円未満で41%
▽年収750万円~1000万円未満でも31%
が利用するようになっているのです。

こうした背景について、教育社会学が専門の小林雅之名誉教授は、次のように指摘しています。
東京大学 小林雅之名誉教授
東京大学 小林雅之名誉教授
「進学する人が増えたことや、奨学金利用の要件が緩和したこともあるが、一方で、所得が伸び悩むなか、大学の学費が高騰し、家計で学費を賄えない家庭が“中流”の層で増えているといえます」

“正社員”でも奨学金返済に不安

奨学金を借りた子どもたちにとって、返済の負担は、その後の人生にどのような影響を及ぼしているのでしょうか。
安田隆さん(33歳・仮名)
安田隆さん(33歳・仮名)は大学で学ぶために、奨学金を700万円以上借りました。

いまは広告会社の正社員として働き、年収350万円ほどを得ています。月の手取りは20万円で、そこから毎月3万5000円を返済しています。

この日、弁護士事務所を訪れた安田さん。いまは滞りなく返済できているものの、コロナの影響もあって会社の業績が悪化するなか、今後も安定した収入を維持して、返済を続けられるかどうかわからないと、相談しました。
弁護士に相談する安田さん
安田さん(仮名)
「ボーナスはこれまでどおり出せるかわからないという話が出ていた。常に決まった額を稼いでいないと不安になります」
相談に応じた鴨田譲弁護士は「万が一、収入が下がって延滞しそうになった場合は、返済の猶予の仕組みもあるので、検討してほしい」と伝えました。

正社員で4割「奨学金返済が苦しい」

実は、安田さんのように、正社員で「奨学金の返済が苦しい」と感じている人は4割にのぼるという調査結果があります。
奨学金返済の相談に長年応じてきた鴨田弁護士は、最近ではコロナ禍もあいまって、正社員など安定していると思われていた人からの相談も相次いでいるといいます。
鴨田譲弁護士
鴨田譲弁護士
「年収としては安定した正社員の方でも、コロナ禍などで、収入が落ちている印象を受けている。いままで安定していたように見える方々でも、返済が難しくなる人が、今後増えていくことに危機感を持っています」

奨学金返済 人生設計の“足かせ”に

奨学金の返済を続けている安田さん。完済には、今後15年かかる見込みです。
いま正社員として働けているのは、奨学金で大学に行けたおかげだと思う一方で、奨学金の返済が、人生設計の“足かせ”にも感じてしまうと、安田さんはいいます。
安田さん(仮名)
「実際、借金を抱えているのと同義なので、将来、結婚や子どもを持つことなどは、正直ためらってしまう。収入を上げるために転職活動をしようと思っても、もし失敗して収入が一時的に入らなくなったらと、怖くなる。何かアクションを行うことに関しては、より一層、臆病になる感覚がありますね」

教育費の負担で “沈む中流”が加速か

安田さんのように感じている人は、少なくありません。
上述した調査では、「奨学金の返済による結婚への影響」についても聞いていますが、34.8%が「影響している」と答えています。

小林名誉教授は、勤続年数によって収入が上がる「年功賃金」や、安定した収入や雇用が確保されていた「終身雇用」の時代が揺らぐなか、教育費の負担に苦しむ“中流”の層は、今後増えていくおそれがあると指摘します。

そのうえで、そうした人たちが増えていくと、社会全体にも深刻な影響を及ぼしかねないと、警鐘を鳴らしています。
東京大学 小林雅之名誉教授
「奨学金の返済があるために、結婚が遅くなる、子どもを持つのをためらうことになると、少子化の問題につながる。将来を見通すことができにくい人が増えると、社会全体の活気もなくなり、イノベーションを起こす力なども起きにくくなる。“中流”の層も含めて支えていく仕組みづくりが求められている」
今回取材を通して、将来の希望となるはずの奨学金が、むしろ“足かせ”になっている、皮肉な実情を目の当たりにしました。

若者が思うように学び、その後社会に出て活躍することは、社会全体を豊かにすることにつながると思います。若者たちが、進学やその後の人生を諦めなくていい社会を作っていくことが、求められていると感じました。

シリーズ「沈む中流」では、今後も皆さんの声を取材し続け、伝えていきます。
現在、皆さんの暮らしのなかの、「ローン」などについてアンケートを募集しています。
ぜひ声を寄せてください。

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社会部 記者
宮崎良太
2012年入局
山形局を経て現所属
厚生労働省担当として、雇用や働き方を中心に取材
おはよう日本
ディレクター
中村幸代
2015年入局
北九州局、福岡局を経て現所属
格差社会をテーマに貧困・労働問題などを取材

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