電気自動車 マンションで充電したい! ~EV充電の課題は?~

電気自動車 マンションで充電したい! ~EV充電の課題は?~
いよいよ日本国内でも発売が本格化するEV=電気自動車。
「購入したいけど、マンション暮らしだと充電設備がないから難しい…」
こんな悩みを持っている人、多いと思います。どうしたらマンションに充電設備を取り付けられるのでしょうか?設備の導入を実現した男性に話を聞いてきました。(経済部記者 樽野章)

一目ぼれでEV購入!でも…

埼玉県草加市に住む40代の会社員の男性です。

3年前、ふと立ち寄った販売店でEVに一目ぼれ。
その日のうちに購入を決断しました。

走行時の静かさやスムーズな加速といった、EVならではの魅力に心をつかまれたといいます。
憧れのEVを手に入れた男性。
しかし購入後、徐々に充電の不便さを感じるようになりました。

住んでいるマンションには充電設備がなく、公共の充電スタンドがある最寄りの公園まで、週に2回ほど20分かけて通う必要があったからです。

EVの普及が先行したヨーロッパに比べ、充電スタンドの設置が十分に進んでいない日本。

スタンドには、ほかのEVユーザーも集まり、順番が回ってくるまで1時間以上待つこともあったといいます。
EVを購入した男性
「土日だと、充電スタンドの近くが渋滞みたいな状態になることもありました。家族が同乗していたり、買い物や旅行の帰りだったりすると、長い間待たせることになるので、家族から文句を言われることもありました」

マンションのEV充電 導入に大きな壁

「やっぱり、自宅で充電したい…」

戸建ての住宅なら、環境によって異なるものの、充電設備は5万円から20万円ほどの費用で簡単に設置できます。

しかし、男性が住んでいるのは分譲マンションです。

マンションの駐車場は、エントランスや廊下などと同じ「共用部分」。
勝手に充電設備を付けることはできず、ほかの住民から了承を得る必要があります。
このため男性はマンションの管理組合に相談しましたが、そこで、大きな壁が立ちはだかりました。

およそ130世帯が住むこのマンションで、EVの利用者は男性ただ1人。
EVの充電設備を取り付けるためには、管理組合の合意が必要ですが、当初は反対の声ばかりだったのです。

ほかの住民にとって最も気がかりだったのが、その費用。

充電する台数や建物の設備によって費用は変わりますが、マンションでは、設備と工事費用であわせて100万円以上の費用がかかるのが相場です。

このため、誰がその費用を負担をするのか、懸念する声が多く上がったのです。

また、小さな子どもを育てる母親からは、「遊んでいる子どもが充電器に触れたら感電するおそれがあるのではないか」という声もあったといいます。
マンション管理組合 理事長
「最初は、充電設備が付いていないマンションなのに、そもそもEVを買うこと自体が間違っているという厳しい意見もありました。管理組合の中の資金がどう使われ、どう還元されるのかということはどうしても皆さん気にします。自分に還元されないのに費用がかかるということだとなかなか住民の理解が得られません。費用負担については、そこがクリアされないと話が進まないくらい重要なポイントでした」

EV充電設備に補助金出ます!

思うように進まないマンションでのEV充電。
そこで男性は、充電設備の業者を交えて作戦を考えました。

注目したのが、国の補助金です。

脱炭素社会の実現に向けてEVなど電動車の普及を後押しするため、ここ数年、補助金が拡充されています。

規模の大きいマンションの場合、EV向けの充電器には高圧の受電設備を導入するケースもありますが、2022年度からは、こうしたマンション向けの設備にも補助金が出るようになったのです。
充電設備の費用の半分と、工事費の全額が補助されることになり、国の補助金に加えて自治体独自の補助制度を設けている所もあります。

業者に相談した結果、男性のマンションの場合も、100万円ほどの設置費用のうち、およそ50万円を補助金でまかなえることが分かりました。
残りの50万円は男性自身が負担し「管理組合からの出費はない」ことを説明することで、話し合いは前進したといいます。

住民説明会で疑問を解消

ただ、設置費用にめどがついても、住民からの疑問は尽きませんでした。

駐車場の照明などの電気代は、マンションの共益費からまとめて支払われるため、EVの充電で使われた電気代を個別に請求することができるのかといった質問が、相次いで寄せられたのです。

男性は、住民向けの説明会に専門業者を招いて、1つ1つ疑問に答え、少しずつ住民の懸念を解消していきました。

そして、相談を始めてから1年後。

管理組合の総会で過半数の同意を得て、ようやく充電設備の設置にこぎ着けました。
<住民から寄せられた疑問>

Q:EV充電の電気代は個別に請求できるの?
A:スマートフォンのアプリで、利用者が使った電気代を把握できる仕組み。個別に請求することが可能。

Q:故障した際の修理費が高額になるのでは?
A:EVの充電設備は、家のコンセントと構造的には同じ。コンセント部分を取り替えれば済み、修理費は高額にならないケースが多い
マンション管理組合 理事長
「住民の出費がないことが分かってからは『EVがこれから普及していくんだろうな』と感じていた人が多かったこともあって、話はどんどん進んでいきました。EVの充電設備を置くマンションもまだ少ない中で、住民からいろんな質問が出ましたが1つ1つ疑問を解消することで理解が深められたのでよかったです」
自宅のマンションで、スマホのように寝ている間に充電できるようになった男性。
もう公園に”充電通い”をする必要はありません。

充電設備を取り付けてから半年。

充電の様子を見て興味を持ったほかの住民から「私もEVを買いたい」と声をかけられるようになったといいます。
男性
「充電の心配をせずに家に帰ってくることができ、もう以前の生活には戻れないほど便利になりました。マンションの住民の中に、私しかEVのユーザーがいなかったので、充電設備の導入は難しいなと思っていましたが、あきらめなくてよかったです。私のようにマンション暮らしで充電に困っている人は多いと思いますが、まずは専門業者に相談してみるのがいいと思います」

“普通決議”と“特別決議” どっちが必要?

EVの普及に向けて課題となるマンションでの充電。

紹介したケースでは、男性が熱心に交渉を進め、理解のある管理組合だったことから設備の導入にこぎ着けることができました。

しかし、多くのマンションで最初に壁となっているのが、管理組合の「総会決議」の存在です。

実は、マンションで様々な物事を決める際の決議には、「普通決議」と「特別決議」の2種類があります。

「普通決議」は管理組合の総会で、区分所有者などの“過半数”の同意が必要。

「特別決議」は区分所有者などの4分の3以上の同意が必要で、特別決議の方がハードルが高くなっています。

防犯カメラやスロープの設置工事などは「普通決議」で実施できますが、最近、導入されるようになった「EVの充電設備」は扱いがはっきりせず、管理組合によって進め方が違うのが現状です。

修繕業者などでつくる「マンション計画修繕施行協会」は「マンションの充電設備の導入は“普通決議”で行っても構わない工事だと解釈できる」としていますが、「特別決議」が必要なマンションもあり“決議のハードル”が立ちはだかっています。

充電設備付きのマンションが当たり前に?

住民どうしの合意を得るのが難しいマンションですが、EVへの関心が高まる中、EVの利用者が1人もいないのに、充電設備を取り付けるマンションも出始めています。

横浜市神奈川区のマンションの駐車場を利用しているのは、現在、充電でも走れるプラグインハイブリッド車1台を除くとすべてガソリン車。
それでも、13あるすべての駐車スペースに充電設備を取り付けました。

補助金が出るうちに充電設備を備えておけば、多くの人がEVに乗るようになった時に、マンションの資産価値の上昇につながると考えたのです。
マンション管理組合 副理事
「管理組合の積立金もある程度たまっていたので、それを充電設備の費用に回せると思いました。また、地震などの災害時にはEVが携帯電話の充電などにも使えるという話を聞いたので、車を持っていない方にとってもメリットがあると考えています。まだ使う機会はありませんが、取り付けてよかったと思っています」
最近、建てられている新築マンションの中には、EV利用者の増加を見越して、最初から充電設備を設置する物件も増えています。

国は、2022年度から充電設備の補助金だけでなく、EVなどの電動車を購入する際の補助額も増額しました。
国内メーカーなどは、さまざまなEVを開発して、ことし市場に投入する計画で、政府は、補助金を充実させることでEVの普及を促す考えです。

「寝ている間に充電」 今後どうすれば?

EVについて、経済産業省がまとめた興味深いデータがあります。

購入した人の9割が戸建て住宅に住み、共同住宅に住む人はわずか1割にとどまっているというものです。

日本では、マンションなどの共同住宅に暮らす人が4割を超えているため、マンションに充電設備が導入されていないことが、EV普及の妨げになっていると指摘されています。

国は2030年までに充電設備を今の5倍に増やす目標を掲げていますが、スマホのように自宅で寝ている間に充電できる環境をいかに整備できるかが、今後のEV普及のカギを握っていると感じました。
経済部記者
樽野章
平成24年入局
福島放送局を経て令和2年から現所属
自動車業界などを取材