【独自分析】宇宙から見たウクライナ侵攻

【独自分析】宇宙から見たウクライナ侵攻
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まってから1か月余り。
世界では、ロシア軍の攻撃に対する批判が日に日に高まっています。

その無差別的な攻撃の象徴とされたのが、破壊された東部マリウポリの劇場を宇宙から捉えた1枚の衛星画像でした。

私たちはウクライナ政府や国連が発表した情報などをもとに、ウクライナ国内を撮影した100枚以上の衛星画像を分析。
すると民間施設の被害や、ロシアの軍事侵攻の実態が見えてきました。
(NHKスペシャル「ウクライナ深まる危機~“プーチンの戦争”市民はいま~」取材班)

『子どもたち』と書いてもなお

その劇場は、マリウポリ中心部の広場にありました。
60年以上の歴史があるという建物は3月16日、ミサイル攻撃を受けて原型をとどめないほど崩れ落ちました。

これは、攻撃前と攻撃後の劇場の衛星画像です。
世界の注目を集めたのは、攻撃2日前に撮影されていた衛星画像です。

赤い屋根の劇場の前後に、ロシア語で「Дети(ジェーチ)=子どもたち」と大きく書かれているのが分かります。
劇場は、ふだんは子ども向けの劇などさまざまな舞台が行われ、市民の待ち合わせ場所にもなるような、街のシンボルでした。

ウクライナ政府や施設の関係者の話では、ロシア軍による攻撃が激化してからは、劇場内や地下室に、子どもや女性、高齢者など約1000人が避難していたということです。

攻撃前の劇場内部を撮影した映像では、明かりもない中、大勢の人が身を寄せ合う姿が映っていました。
ウクライナのゼレンスキー大統領は19日、崩壊した劇場内から130人以上が救出された一方、いまだに数百人が閉じ込められがれきの下にいて、救助活動が難航していると明らかにしました。

25日には、地元市議会が「およそ300人が亡くなっている可能性がある」と発表。

ロシア側は攻撃を否定していますが、この衛星画像は世界に大きな衝撃を与えました。

攻撃直後の17日、国連の安全保障理事会で開かれた緊急会合で、アメリカのトーマスグリーンフィールド大使が「劇場のそばには、空から見えるロシア語の白い文字で『子どもたち』と書かれていたが、それでも攻撃したロシア軍は残虐行為の責任を問われる」と発言するなど、欧米各国から非難が相次ぎました。

衛星画像では、劇場周辺の住宅の屋根も破壊されている様子も分かることから「ロシア軍は無差別に攻撃しているのではないか」という指摘も上がっています。

衛星画像が物語る攻撃の実態

戦争にも、守るべきルールがあります。
「国際人道法」と呼ばれるジュネーブ条約などの国際規則では、たとえ戦争中であっても攻撃対象は戦闘員や軍事施設に限られ、民間施設や民間人を攻撃してはいけないことになっていて、違反すると、戦争犯罪に問われる可能性があります。

ロシアの軍事侵攻で、こうしたルールはどれほど守られているのでしょうか。
マリウポリ中心部を撮影した多くの衛星画像を分析し、建物の位置や種類を特定すると、さまざまな民間施設が広範囲にわたって被害を受けていることが分かりました。
まず目立ったのは、住宅地への攻撃です。
人口40万を超えるマリウポリ市内には多くの集合住宅が建ち並んでいますが、衛星画像は住宅の屋根が焼け落ち、壁面が大きく壊れている姿を捉えていました。
また、こうした住宅の近くには、学校などの施設もありました。
左側には校庭やバスケットコートなどが写っていますが、この一角には学校のほか、保育園もあることが分かりました。
黒煙で建物の被害ははっきりとは分かりませんが、国連は衛星画像をもとに、市内の少なくとも8つの学校で被害が確認されたとしています。

商業施設の被害も明らかになりました。
私たちが確認できただけでも、市内で少なくとも2つの大型ショッピングモールが完全に破壊されていました。

現地で活動するICRC=赤十字国際委員会などによりますと、マリウポリはロシア軍に完全に包囲されているため、物流などが遮断され食料や飲料水が不足しているということですが、商業施設が被害を受けたことで市内の物不足はさらに悪化したとみられます。
また、特に強く非難されているのが、病院など医療施設への攻撃です。

衛星画像から、市内の少なくとも2つの病院が被害を受けていることが確認できました。
これはマリウポリの地域医療を担う総合病院です。
3月9日に攻撃を受けました。
産科が入った中央の建物は外壁が激しく損傷していることが分かります。

ロシアは直後に「病院には、患者や医療関係者はいなかった」と主張しましたが、地元当局はこの病院で女の子を含む3人が死亡したと発表。

AP通信によりますと、救出された妊婦と胎児も、その後死亡したということです。
さらに衛星画像は、北東に約2キロ離れた別の病院の被害も捉えていました。

こちらは集中治療施設を備えた病院です。
外壁が焦げている様子が分かります。
この病院について、ウクライナ政府は16日「ロシア軍が占拠し、患者や医療スタッフなど約400人が人質にとられた」と発表しました。

ロシア軍が院内から外に向けて銃撃を行い、周囲の住民の避難も困難になっているということです。

要衝マリウポリ 通信も届かず

なぜマリウポリで、ここまで激しい戦闘が行われているのでしょうか。
軍事侵攻が始まってからの戦況を見ると、マリウポリがロシア軍に東西から挟まれ、3月以降は完全に包囲されていることが分かります。
東部ドネツク州のマリウポリはアゾフ海に面し、古くから石炭や鉄鋼の輸出で栄えてきた港湾都市です。

今回の軍事侵攻で、ロシア軍にとっては2014年に一方的に併合したクリミアとロシア本土を結ぶ線上に位置する戦略的な要衝だと言えます。
マリウポリについて、ウクライナのクレバ外相は「ロシア軍は多大な犠牲を払ってでも占領しようとしているが、そうなればウクライナはアゾフ海から遮断される」とその重要性を強調しています。

市内では水道や電気、ガスといったインフラが止まり、深刻な人道危機が続いています。
さらに、スマートフォンなどのデータから、市内でインターネットがつながりにくくなっている状況も分かりました。

私たちは、ロシア軍の侵攻前の2月20日から3月中旬までの市内の通信状況を、地図上に反映した動画を作成。
通信量が多い順に赤→オレンジ→黄→青と表示されます。
24日の軍事侵攻開始以降、通信量は徐々に減り、ロシア軍の攻撃が激化した3月に入ると大きく減少。
ほとんど通信が見られなくなっています。

現地の人に話を聞くと、通信は高台などに行かないとしづらい状況ですが、砲撃が続き、多くの人が地下に避難しているため、事実上通信できないということです。
ロシア軍の攻撃で通信インフラが被害を受けたという情報もあり、情報の面でも孤立していることが分かりました。

首都に迫るロシア軍の車列も

また衛星画像によって、ロシア軍の規模や動きも明らかになっています。

これは2月28日の、首都キエフ近郊の画像です。
写っている範囲だけでも、軍用車両が2キロ以上にわたって車列を作っているのが分かります。
戦車、砲撃部隊、補給車などさまざまです。
実は侵攻2日前の2月22日にも、100台以上の車列が捉えられていました。
場所は、ウクライナ国境から40キロしか離れていないベラルーシ側の空港付近です。
ロシアは、同盟関係にあるベラルーシとの合同軍事演習を2月20日まで行うとしていましたが、その後も国境付近に展開し続けていたとみられます。
ウクライナに侵攻する前から、周到に準備を進めていたことが伺えます。

そして、軍事侵攻開始後の27日にはキエフ中心部から北西に約70キロの位置に。
翌28日には約30キロのところまで迫っていました。
現在もロシア軍は、キエフ近郊でウクライナ軍との戦闘を続けながら部隊を再編成していることが衛星画像から分かっています。

こうした情報はアメリカ軍も独自の人工衛星で取得し、ウクライナ軍にも提供しているとみられます。

専門家“衛星画像が証拠として認められた戦争”

こうした戦闘における衛星画像の役割の変化を指摘するのが、安全保障やインテリジェンス(諜報活動)の研究が専門の、日本大学危機管理学部の福田充教授です。
福田教授によりますと、これまでの衛星画像は、主に戦争の当事国などによって敵の位置の把握や、攻撃場所を決めるために使われ、一般に公開されるものではありませんでした。
それが、民間企業でも衛星の技術が発達し、画質の高い衛星画像をインターネットなどで見られるようになりました。
今回の軍事侵攻が情報戦の様相を強く帯びる中、衛星画像は客観性のある証拠として、国際世論に大きな影響を与えていると指摘します。
日本大学 危機管理学部 福田充教授
「戦場における被害など生の映像が、テレビやSNSを通じてここまでリアルタイムで世界に流れるのは、今回が初めてだろう。その中でロシア側はさまざまな情報を出し、虚偽であっても真実のように主張することを続け、戦争の実態を隠蔽しようとしている。しかし衛星技術が発達し、客観的だとして一定の信頼を置かれている中、画像が公開されることで、世界の多くの人が『ロシアが侵攻している側なんだ』と理解するための証拠になっている。事態の証拠としての衛星画像の価値が初めて認められた戦争ではないか」
ウクライナでは、今も各地で戦闘が続いています。

戦地からの情報はときに遮断され、ときには別の情報に打ち消されるなどして、何が真実なのか見極めにくいときもあるかもしれません。
それでも私たちは衛星画像など、さまざまな情報やツールを駆使しながら真実に迫る努力を続け、伝えていきたいと思います。
国際部 記者
田村銀河
欧州・ロシア地域を取材
衛星画像の分析や現地の取材を担当
大型企画開発センター ディレクター
高橋裕太
NHKスペシャル「デジタルVS.リアル」などデジタル関連の番組を制作
衛星画像やSNS上の動画の分析、統括を担当
ネットワーク報道部 記者
斉藤直哉
通信状況の取材やデータ処理を担当
IT・ネット分野の取材やSNS分析も手がける
ネットワーク報道部 ディレクター
森田将人
データビジュアライズチーム「NMAPS」でデータ分析・可視化を担当
ネットワーク報道部 ディレクター
田中元貴
データビジュアライズチーム「NMAPS」でデータ分析・可視化を担当