“のぞみ”かなえます ~新幹線「特別な卒業旅行」に密着~

“のぞみ”かなえます ~新幹線「特別な卒業旅行」に密着~
この春、卒業した高校3年生。2年前から新型コロナの感染が拡大したため、体育祭や文化祭、それに修学旅行など、数々のイベントが中止になり「我慢の青春」を強いられました。
「最後に仲間と卒業旅行をしたい!」
そんな卒業生の“のぞみ”をかなえるため、今月、スペシャルな新幹線「のぞみ」号が走ったのです。
涙とサプライズにあふれた“特別な旅”に密着しました。
(経済部記者 真方健太朗)

我慢の高校生活 修学旅行が中止に

「コロナ禍でも楽しい高校生活を過ごせました」
「ただ、修学旅行がなくなってしまったのがいちばんの心残りです…」
3月16日に行われた、さいたま市立浦和高校の卒業式。

こう振り返ったのは卒業生の伊達智栄さんです。
学級委員も務め、さまざまな学校行事をリーダーとして引っ張ってきた伊達さん。

中高一貫コースの6年間をともに過ごしたおよそ80人の同級生とは、強い絆で結ばれているといいます。

ただ、高校1年生が終わるころに新型コロナの感染が拡大し、楽しいはずの昼休みも「黙食」の時間に。

頑張っていた部活動の時間も制限されました。
そして緊急事態宣言が出され、大きな不安を抱えながら始まった2年生の新学期。

体育祭は規模を縮小、文化祭は中止になり、同級生の誰もが“高校生活最大のイベント”と楽しみにしていた修学旅行にも行くことができませんでした。

当初は2年生の秋にシンガポールに行くはずでしたが、翌年1月に延期され、行き先を長崎県に変更。

しかし、その1月に再び緊急事態宣言が出されたため、結局、修学旅行は中止を余儀なくされたのです。

卒業式の直前に卒業アルバムを手にした伊達さん。

当時の思いがよみがえります。
「マスクをした写真ばっかりだな…」
そして、受験勉強に励みながら、特に強く持っていたのが、こんな思いでした。
伊達さん
「やっぱり修学旅行の写真がないのはさみしい」
「6年間一緒だった仲間と、最後に卒業旅行をして思い出を作りたい」

あなたの“のぞみ”かなえます!

伊達さんの目に、あるネットニュースが飛び込んできたのは去年12月。
「あなたの“のぞみ”をかなえます!」
JR東海の東海道新幹線「のぞみ」号が、ことし3月に運行開始30年周年を迎えるのを記念して、東京ー新大阪間の「のぞみ1両」を無料で貸し切ることができるキャンペーンを始めるというニュースでした。

JR東海は、車両を使ったイベントなどのアイデアを募り、選考して利用者を決めます。

「貸し切りなら、ほかの人たちにも気兼ねすることなく卒業旅行ができる」。

伊達さんはすぐにメールで卒業旅行のアイデアを応募しました。
伊達さんがJR東海に送ったメール ※一部を抜粋
“僕は中高一貫の学校に通っており、クラスの学級委員を務めております。

今年は3年生で高校最後の年となりました。

しかし、修学旅行はコロナで中止になってしまい、6年間の最後の思い出行事がなくなってしまいました。

そこで今回、のぞみ30周年の1両貸切を用いて、行きか帰りの新幹線でみんなで思い出を振り返るなど、イベントの開催ができないかと考えています。

是非こののぞみを叶えてもらいたいです”
今回の企画はJR東海にとっても初めての試みでした。

1か月ほどの間に全国からおよそ800件の応募があり、社内の各部署から手を挙げた4人の社員が、1通1通“のぞみ”が記されたメールやツイートに目を通していきました。

そして、選考メンバーの1人の栗山陽介さんの目にとまったのが伊達さんのメール。
数ある応募の中でも、伊達さんの提案からは、コロナ禍の中でも仲間のために何かできないかという熱い思いが伝わってきたと言います。
JR東海 栗山陽介さん
「とても熱意がありました。のぞみ30周年のキーワードとして“感謝”というのがあるのですが、一緒に過ごした仲間への思いも伝わってくるような内容でした」
最終的に当選したのは3件。

伊達さんの熱い思いが伝わり、2泊3日の大阪への卒業旅行の際に「のぞみ」を無料で貸し切ることができるようになったのです。
伊達さん
「最初は信じられなくて。結果は電話で聞いたんですけど、本当にびっくりして、電話口でかなり声を張ってしまいました。
『本当ですか』って」

「のぞみ」を特別仕様に

念願の卒業旅行に向けて動き出した伊達さん。

大学受験が終わった3月上旬から急ピッチで準備を進めました。

この日訪ねたのは、東京・品川区にある大井車両基地。
実際の「のぞみ」の車両を見ながらJR東海の栗山さんたちと相談し、どんな企画なら実現できるか具体的にアイデアを練ります。

そして、車内に大型モニターを持ち込んで映像を流したり、車内に思い出の写真を飾りつけたりして、卒業旅行にふさわしい“特別感”を演出することにしました。
JR東海側の準備も入念です。

回送の新幹線に2台の大型モニターを持ち込み、走行中でも倒れないような設置方法を事前に検証。

トンネル内の騒音があっても、車両の中で映像の音がはっきりと聞こえるよう、3台のスピーカーを設置するなどして、伊達さんの企画の実現に協力しました。

卒業式から1週間たった今月23日の旅行当日。

服をかける座席のフックに1枚1枚写真を飾りつけ、広告用のスペースにも卒業式や体育祭での集合写真を貼り付けて最後の準備を進めます。
おそろいの特製Tシャツも用意。

中高で6年間一緒だったメンバーの集合写真をプリントしました。
こうして、高校生活の思い出があふれる、市立浦和高校専用「市高仕様」の特別な新幹線がついに完成しました。

新大阪までの特別な2時間半

出発の2日前には「まん延防止等重点措置」の適用が解除され、もう中止の心配はありません。

そして午前10時すぎ、東京駅の15番線ホームに「市高仕様」の特別な新幹線が入線しました。
貸し切りになった15号車に入ると、卒業生から次々と驚きの声が上がります。
卒業生
「本当にクオリティがすごくて思い出の写真がいっぱいでうれしい」
「車両の中がうちの学校の仕様になってる!」
早速、用意したTシャツを着て、みんなの“のぞみ”だった卒業旅行に出発です。

JRの社員たちも、横断幕を掲げて見送りました。
貸し切りの特別な新幹線での旅は、新大阪までの2時間半。

まず、大型モニターから流れてきたのは先生たちからのメッセージでした。
吉野浩一校長
「卒業おめでとうございます。いっぱい期待しているので頑張ってください」
英語の浜野清澄先生
「世界に出て、日本に世界に貢献してくれる人になってくれるといいな」
中学時代の関正人先生
「市立浦和で中学校高等学校を過ごした君たちの才能、努力できる才能を持ってすれば豊かな人生を送ることができます。
皆さんが幸せになれることを願っています」
転勤してなかなか会うことができない中学時代の恩師が登場すると、目に涙を浮かべる生徒もいました。

パーサー姿で親友にサプライズ!

さらに、伊達さんは、もう1つ“サプライズ”を用意していました。

東京駅を出発しておよそ2時間。

京都駅の手前あたりにさしかかったとき、車内の照明が突然消え、車内放送で「ハッピーバースデー」の音楽が流れたのです。

そして、パーサーの制服を着た女性が現れました。
実はこのパーサー、親友の誕生日を祝うため、卒業生の女子生徒が本物のJRの制服を着ていたのです。

コロナ禍のこの2年間、仲間で気軽に集まることも避けていたため、親友の誕生日を祝うことすら思うようにできていませんでした。

同級生のメッセージが書かれた色紙を手渡された誕生日の女子生徒。
温かい仲間からのサプライズに、目から涙がこぼれ落ちました。
誕生日の女子生徒
「メッセージを読んでたら…(目に涙を浮かべる)。
一生忘れないと思います」
伊達さんたちが準備した企画はどれも大成功。

コロナ禍で失った時間を取り戻すかけがえのない2時間半の旅となりました。
卒業生
「修学旅行がなくなって諦めていたので、最後にこういう機会があったのはめっちゃうれしいっす」
「すごい興奮して小学生みたいにメッチャはしゃいでいました。
修学旅行以上に楽しいかもしれません」
伊達さん
「コロナがあっていろいろ大変だったこともあったんですけど、自分もこれまでに経験がないほど準備に力を入れたので、楽しんでもらえて本当によかったです。
最後にみんなで思い出づくりがしたいという“のぞみ”がかなって、とてもうれしいです」
旅行先の大阪では、「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」や「大阪城」などを観光した卒業生たち。
旅行のあとに伊達さんに改めて感想を聞くと「みんなにここまで喜んでもらえるとは思いませんでした。最高の思い出です」という答えが返ってきました。

今回の密着取材では、新型コロナで学校生活が大きく制限された中でも、工夫して楽しんできた生徒たちの前向きな姿勢がとても印象的でした。

そして、卒業旅行で楽しそうな生徒の姿を見ると、まるで自分が担任の先生になったかのようにうれしい気持ちになりました。

コロナ禍の中で、学生生活を過ごしたすべての卒業生たちの“のぞみ”が、それぞれの新しい世界でかなえられることを願っています。
経済部記者
真方 健太朗
2011年入局
帯広局、高松局、広島局を経て、現在、国土交通省を担当
高校の修学旅行は、SARSの感染拡大で行き先が海外から国内に変更になりました