【詳しく】なぜトルコが仲介?ウクライナとロシアの交渉

「誰かロシアを止めてくれ」と思っている人も多いでしょう。
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が続く中、注目されている国が中東のトルコです。
双方を仲介して停戦にこぎつけようと、独自の外交を展開。
しかし、そもそも、なぜトルコが仲介役に?
現地での取材をもとに、詳しく解説します。
(イスタンブール支局長 佐野圭崇)

初めて行われた外相会談 その評価は?

3月10日、ウクライナとロシア、両国の外相が相まみえました。
2人が会って話すのは、侵攻が始まってから初めてのこと。
たとえわずかでも、停戦につながる糸口を見いだせないか、世界が期待して見守りました。

しかし、会談は1時間ほどで終わり、目に見える進展はありませんでした。
記者会見も別々の部屋で行い、溝が埋まらなかったことを象徴しているようでした。

ただ、少なくとも、戦っている国どうしの代表が1つのテーブルにつき、どちらも交渉の継続に前向きな姿勢を示したということで、確かな手応えを感じている人がいました。
この会談の実現に汗をかいた、トルコのチャウシュオール外相です。
会見で、改めて双方に停戦を呼びかけました。

「戦争に勝者はいない。敗者はいつも罪のないの市民だ」。

トルコのエルドアン大統領も、アメリカのバイデン大統領に電話し「この会談自体が外交的勝利だ」と成果を強調。
バイデン大統領も「外交的な解決に向けたトルコ政府の関与に感謝する」と一定の評価をしました。

なぜトルコが仲介役に?

そもそも、なぜトルコは「仲介」というこの大役に名乗りを上げたのでしょうか。

トルコはウクライナとロシア、いずれとも黒海を挟んで向き合います。
しかし、その動機は地理的に近いだけではなさそうです。
ヒントは外相会談が行われた、まさにその街にありました。
トルコ南部、地中海に臨むアンタルヤ。
街を歩くと至るところで目に入ってくるのが、なんと、ロシア語やウクライナ語で用いられる「キリル文字」の看板です。

実はこの街、ロシアとウクライナから観光客が多く集まるリゾート地。
2つの国はいずれも、観光大国トルコにとっての「お得意様」だったのです。

空港から乗せてくれたタクシーの運転手。
「早く平和になってほしい。ロシアへの経済制裁で苦しんでいるのはプーチン大統領ではなくて一般市民だ。このままでは夏のシーズンはどうなることか…」。

ここでは、ロシア人とウクライナ人は単なるお客さんではありません。

ホテルの受け付けで迎えてくれたアレキサンドラさんはウクライナ東部ドニプロの出身。
聞けば、どのホテルにも両国出身のスタッフがいて、仕事が終わると同胞たちで情報交換しているそう。

「家族が故郷に残っているのでとても心配です。何かあれば呼び寄せたいけど、あまり考えないようにしています」。

去年1年間にトルコを訪れた観光客は、ロシアが1位でおよそ470万人、ウクライナが3位でおよそ210万人。
両国だけで全体の5分の1以上を占めました。
2つの国には平和であってもらわないと、これだけの観光客は望めません。

観光以外にもつながりあるの?

今度は同じアンタルヤの、内陸部に目を向けます。
上空から撮った写真にうつるのは、野菜の農業用ハウスが無数に並ぶ広大な土地。
さらに、露地にはレモンやオレンジなどの果物がたわわに実っていました。
こうした農作物の出荷先が、ロシアやウクライナなのです。

地元の輸出業者のトルガ・トゥルグトさん(31)は、軍事侵攻のさなかにあっても、両国向けの輸出をなんとか続ける努力をしたいと話していました。
「どんな時でも食べ物は必要だ。私たちのトマトを届ける方法があるのなら、それをするまでだ」。

ちょうど取材中にも、ウクライナからの買い付け人が輸出業者のもとを訪れていました。
情勢の悪化により帰国できなくなったということです。

業界団体のまとめでは、トルコの去年1年間の野菜・果物の輸出額は、対ロシアがおよそ10億ドル、対ウクライナがおよそ2億ドル。
これに、ベラルーシを含めた3か国で全体の半分を占めました。
しかし、軍事侵攻で戦地となったウクライナへの輸出はゼロに。
ロシア向けも半分に減ったといいます。

今、トルコは世界的な物価高の影響に加え、経済政策の行き詰まりもあり、年間50%を超える記録的なインフレに見舞われていて、市民生活は苦しくなる一方です。
ロシアによる軍事侵攻は、低迷するトルコ経済にさらに暗い影を落とし、このまま見過ごすわけにはいかない切実な事情があるのです。

つながりは経済面だけ?

安全保障面でもトルコと両国は深くつながっています。

トルコは、ロシアが脅威とみなすNATO=北大西洋条約機構の加盟国です。
にもかかわらず、アメリカとの関係が冷え込んだ際には、あろうことか、ロシアから最新鋭の迎撃ミサイル「S400」を購入し、ほかの加盟国を不安がらせました。
一方、ウクライナには、トルコ製の攻撃型無人機「バイラクタルTB2」を売ってきました。

ウクライナ軍は2021年10月、これを使って親ロシア派の武装勢力を攻撃し、プーチン大統領の怒りを買う事態に。
これについてトルコ政府は「民間企業がやっていることだ」として、政府としての関与はないと、一貫して主張しています。

ロシアとウクライナ、双方と「ただならぬ関係」にあるのがトルコなのです。

結局、トルコはどちらの味方?

再び時計の針を現在に戻します。
今回の軍事侵攻について、トルコはどういう立場を取っているのでしょうか。

ウクライナで、ロシアによる侵攻が始まるのではないかと、緊張が高まっていたことし2月、エルドアン大統領は首都キエフを訪問。
「隣国」として双方に対話を求めるとともに、その機会を提供すると提案しました。
その一方で、ウクライナに、トルコ製無人機の製造拠点を作るなど、軍事支援も表明。

さらに、侵攻後の2月28日には「ウクライナ政府と国民の戦いを称賛する」として、ウクライナ支持の立場を鮮明にします。

背景には、トルコ系住民の保護という側面ものぞきます。
2014年にロシアが一方的に併合したウクライナ南部クリミアには、トルコ系民族である、少数民族クリミア・タタール系の住民が暮らしていて、トルコ政府が保護を訴えてきた経緯があるのです。

ロシアに制裁はしないの?

ウクライナ支持を明確にした、まさにその日。
トルコは、地中海からエーゲ海を通り、黒海へと抜ける際に通る2つの海峡(ボスポラス海峡とダーダネルス海峡)について、艦艇の通過を制限する措置を発表しました。
これは、トルコが2つの海峡の管理権を持ち、戦時には交戦国の艦艇の通過に制限をかけられると定めた国際条約に基づく措置です。
表向き、ロシアに圧力をかける方向に動いているように見えますが、ロシアの黒海艦隊は黒海に面する基地を母港としていて、制限の対象外であるため、実質的な影響はほとんど受けないとみられています。

では制裁は?欧米などと異なり、トルコはロシアへの制裁を行っていません。
ロシアを締め上げ、追い詰めるのでなく、対話できるラインを残しておく。
そして、その役割をトルコが担う決意と読み取れます。

侵攻が始まる前、エルドアン大統領が記者団に語ったことばには、双方と強い結び付きがある、トルコの難しい立場が表れています。
「どちらの国も諦めたくない。私たちはどちらかを諦めることなく問題を解決できる」。

プーチン大統領と「話せる関係」って本当?

しかし、いくらトルコが仲介したいと言っても、今のロシアが話を聞いてくれるのでしょうか?
それが、聞いてくれるんです。

エルドアン大統領はこれまでプーチン大統領と地域情勢をめぐり、たびたび対立しながらも「話せる関係」を築いてきました。
2015年にはトルコ軍が、隣国シリアとの国境付近でロシア軍機を撃墜し、関係が悪化したこともありましたが、エルドアン大統領がプーチン大統領に謝罪の書簡を送り、関係を修復。
そのシリアの内戦で、トルコとロシアはそれぞれ敵対する勢力を支援しながら、和平の枠組みを一緒に作ったという実績もあります。

時に鋭く対立しながらも、妥協点を探って話し合う両国の関係性がかいま見えます。

エルドアン大統領は侵攻前夜の2月23日、そして、3月に入っても繰り返しプーチン大統領と電話会談を行うなど、緊密なやり取りを続けています。
この中で「いくつかのテーマで合意するためには首脳どうしの会談が必要だ」として、プーチン大統領とゼレンスキー大統領をトルコに招く提案をしました。

停戦交渉の行方 トルコはどう見る?

その実現に向け、今、トルコはシャトル外交を加速させています。
チャウシュオール外相は10日にトルコのアンタルヤでロシアとウクライナの外相会談の仲介を行ったあと16日にモスクワに飛びロシアのラブロフ外相と会談、翌17日にはウクライナ西部のリビウに入り、今度はクレバ外相と会談しました。

そのうえで「ウクライナの安全を集団で確保する協定」について、ウクライナ側から提案があったことを明らかにし、ロシアが受け入れるだろうという見方を示しました。

さらに19日には再びアンタルヤで、林外務大臣と外相会談。
日本政府とも最新の情勢を共有しました。
このとき、チャウシュオール外相は私たちの取材に対し「うまくいっている。これからもっとうまくいくだろう」と述べ、交渉は着実に進展しているとアピールしました。

一方、時を同じくして、トルコのカルン大統領首席顧問は3月17日、エルドアン大統領とプーチン大統領の電話会談の直後、ロシア側の真意についての見解を明らかに。
プーチン大統領が挙げた停戦の条件には、ロシア側のメンツを保つことが目的と思われる要求が並んでいて、これは解決可能だというのです。

このうち「ウクライナの中立化」つまりNATOに加盟しないことは、ウクライナも譲歩の姿勢を見せているため、それほど難しい内容ではなく、また「非ナチ化」も、ウクライナがネオナチと呼ばれる勢力を取り締まれば十分だろうという見方を示しました。
そのうえで、論点になるのは、親ロシア派が実効支配するウクライナ東部地域と、2014年にロシアが一方的に併合したクリミア半島の地位をめぐる問題だと指摘しました。

トルコはロシアを止められる?

アメリカの調査会社「ユーラシア・グループ」がことし1月に発表した「ことしの10大リスク」にはロシアとトルコの名前がありました。
ウクライナ情勢をめぐるロシアの動向と、エルドアン大統領が進める政策の動向がリスクとされていたのです。

今、そのリスクの一方が現実のものとなり、もう一方がリスクの拡大を止めようとする側にいます。
法の支配や人権を掲げてきた欧米ではなく、これまで強権、時に独裁と批判を受けてきたエルドアン大統領が、世界的な危機にあたって仲介役を務めようとしています。

その実は外貨獲得のための「トルコ・ファースト」が見え隠れするのも確かですが、動機はなんであれ、トルコにとっての理想的な着地点は、ロシアとウクライナが破滅的な結末を迎える前に、少しでも早く戦闘を終わらせることです。
それは戦火であすをもしれない日々を過ごすウクライナの市民にも、前例のない制裁下で苦しい思いをするロシアの市民にとっても、待望される展開です。

トルコの外交手腕に世界の関心が集まっています。