「豊かでなくても、今できることを」ウクライナ隣国モルドバ

「豊かでなくても、今できることを」ウクライナ隣国モルドバ
「近所の人が困っている時には、助けるしかないのです。豊かでなくても、私たちはできることをしたい」

ウクライナの隣国、モルドバの駐日大使のことばです。

周辺国の中でも経済的に厳しい国ですが、国の人口の10%を超える数のウクライナの避難民を受け入れ、衣食住の支援を続ける理由。
そして今、私たち日本人に期待することは何か。

大使のインタビューを、現地取材の内容と合わせてお伝えします。

(モルドバ現地取材:高橋潤  国内取材:ネットワーク報道部 野田麻里子 芋野達郎)

モルドバってどんな国?

ロシアによるウクライナへの侵攻が始まって1か月余り。

ウクライナ国外に避難する人が350万人を超えて増え続ける中、周辺国への支援の必要性が高まっていますが、中でも厳しい状況にあるのが「モルドバ共和国」です。
ウクライナに隣接するモルドバの面積は日本の九州とほぼ同じで、おととし時点での人口は約264万人。

国境を越えてきた避難民の数は3月24日の時点で37万3538人、国の人口の実に14%を超えています。

通過してさらに別の国に向かう人もいますが10万人近い9万7070人がとどまり、その半数近くの約4万8000人は子どもだということです(モルドバ大使館情報)。
今月13日、現地取材班の高橋はモルドバの首都キシニョフ(キシナウ)に入りました。

ヨーロッパの中でも経済的に厳しい国と言われていますが、歩いてみると街角にはおしゃれなコーヒースタンドがあり、道行く人たちも洗練されていました。

一方、地方は全く別の景色が広がります。
集合住宅が建ち並び、郊外の住宅もコンクリートでできていて、モノトーンの世界です。

路地は未舗装でニワトリが放し飼いになっていたりと、質素な暮らしぶりがうかがえます。

避難民の様子と支援の状況は?

ウクライナとの国境の集落パランカの検問所は原野の真ん中にありました。

国境まで車やバスで移動してきた避難民たちは歩いて国境を越え、簡略化された手続きを終えるとモルドバ政府が用意したバスなどで各地へ向かいます。

バス乗り場の近くでは地元のボランティアがテントの中に臨時の託児所を設けていました。
ウクライナでは男性の出国が制限されているため、避難者の多くは女性と子どもです。

母親たちが子どもを預けてしばし休んだり、家族と連絡をとることができるようにしたりとの配慮で、利用した母親からは感謝のことばが聞かれました。

キシニョフ市内では市が避難所に施設を提供していました。ここで驚いたのは「市民の善意の広がり」です。

避難所の支援物資の多くは市民が家から生活用品などを持ち寄ったものでした。
寄せられたのは、電子レンジなどの家電製品からキュウリやキャベツの酢漬けなどの食品まで。
行政が呼びかけたというよりネットや口コミで広がったそうで、寄付に訪れた人たちの多くは「ひと事とは思えず、できることをしたい」と話していました。

「経済の厳しさは受け入れない理由にならない」

国内取材班の野田と芋野は東京・新宿にあるモルドバ大使館に取材を依頼、ドゥミトル・ソコラン特命全権大使が単独インタビューに応じました。
まず聞きたかったのはこの質問です。
記者
「どうして財政が厳しい中、避難民の受け入れを続けているのでしょうか?」
ソコラン大使
「経済的な面で見ると、ウクライナ周辺国の中でモルドバはいちばんぜい弱な国です。しかし、それが避難民を受け入れない理由にはならないと思っています。私たちが受け入れなければ、ウクライナからの避難民はもっと悲惨な状況になるでしょう。

近所の人が困っているときには、助けるしかないのです私は、悲惨な状況の人が自分の家のドアの前にいるのに、その人を助けないというモルドバ人を想像することができません。豊かでなくても、私たちはできることをしたいと思っています」
さらに大使は、避難民の受け入れについて自国が経験した過去の歴史からも語りました。

1990年にモルドバ東部のロシア系住民が多く暮らす地域「沿ドニエストル地方(トランニストリア地域)」が一方的に独立し、その後武力紛争が起きた時のことです。
「あの時、沿ドニエストル地方に住んでいたモルドバ人の大部分は避難民になり、自分の家を残して出て行きました。そのため私たちは、ウクライナの避難民の気持ちがよく分かります。こういう人たちにドアを開けないことは非人道的なことです。こういう悲惨な時代だからこそ、これまで多くの国から受けてきた親切な支援を、今度は私たちモルドバ人がウクライナの避難民を受け入れ支えることで担っていきたいのです」
記者
「ロシアのウクライナへの軍事侵攻についてどう考えていますか?」
ソコラン大使
「モルドバ政府としては、ロシアによる軍事侵攻が行われてから即座に立場を示しましたが、明らかに国際法違反であり、一方的で正当な理由のないものだと考えています。ロシアは今回の侵攻によって国際秩序を根幹から揺るがしました。モルドバ政府としては、ウクライナの主権、独立、領土の一体化を支持しています。

ウクライナの状況を見ているととても悲しく、涙が流れてきます。一般の住宅は破壊され、人々は殺されています。女性と子どもたちは逃げていますが、男性は国を守るために残っていて、家族は離れ離れになっています。モルドバは隣国として、いち早く避難民を受け入れることを決めました」

経済状況はどんどん悪くなる一方

多くの避難民を受け入れるモルドバですが、気になるのはやはり経済的な負担の重さです。

大使によると、コロナのパンデミックで受けた打撃に加え、今回の軍事侵攻の影響で経済に深刻な影響が出ているということです。
ソコラン大使
「誰も予想していなかったロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まり、私たちの経済にも大きな影響が出ています。特に輸出はロシア・ウクライナ・ベラルーシに向けたものも多かったので、影響を受けました。輸入もウクライナからの商品が輸入できなくなっています。物流面でもオデッサの港から、またはトラックや列車でウクライナを経由して海外へ輸出することが多かったので、大きなダメージを受けました。海外からモルドバへの直接投資の話も今回の件でなくなってしまいました
「こうした状況の中で、避難民への医療や教育、食料品などを提供することは、モルドバの予算にとって負担となっています。避難民1人当たりの1日の負担額は25ドルです。経済的な状況はどんどん悪くなる一方で、これからもどうなっていくのか分からないのが現状です」
こうした中、大使によると国際的な支援が少しずつ入るようになってきたということです。

国連の機関を通して毛布、テント、衛生用品、食料、服が避難民に配布されたり、各国からも経済的な支援が行われているということです。
ソコラン大使
「日本政府にも感謝の気持ちを伝えたいです。日本政府はウクライナと周辺諸国に経済的な支援をすることを決め、国連の機関を通してモルドバに届くことになっています。個人的に寄付してくれる人たちもいて、感謝しています。モルドバと日本の距離はとても遠いですが心は近くに感じています

「2人は私たちの友達 感謝伝えたい」

ここで私たちは今月11日の記事で紹介した2人の日本人についても聞くことにしました。

モルドバの状況に思いを寄せて、モルドバに寄付することができるサイトを立ち上げたカネコさんと和田さんの有志2人です。
ソコラン大使
「この2人は私たちの友達と言ってもよいと思うのですが、感謝の思いを伝えたいです。このサイトは日本の皆さんにもわかりやすいように日本語で今の状況を伝えてくれているので、寄付をいただくにあたりとても重要な役割を果たしてくれています

正直に話すと、このサイトがなかったらどうなっていたか…。大使館としても寄付をいただくための情報をインターネットに載せましたが、アクセスの数は少なく、反応は鈍かったというのが実情でした。このサイトのおかげで、今は大勢の方が寄付をしてくれています」
「もちろん、最初に2人から連絡をもらったときにはリスクもあると思いました。しかし、とても丁寧に自己紹介をしてくれましたし、私のこれまでの日本での経験から、この状況で日本で詐欺に合うことはないだろうと信頼することができました。すぐに私たちが持っている情報をすべて提供し、大使館が公認していることをサイトに掲載してもらいました。2人には、これからもサイトを運営してもらえるとありがたいと思っています。大使館としても最新の情報を提供していきたいです」

「1ドル、1円でも子どもたちの光になる」

記者
「今後の支援で求めていることは何でしょうか?」
ソコラン大使
「残念なことにロシアのウクライナへの侵攻はまだ続いていて、避難民はこれからも増えるでしょう。しかし、私たちはこれからも避難民を受け入れて、彼らにとって心地よい環境を作っていきたいと考えています。そのためには1レイ(モルドバの現地通貨)でも、1ドルでも、1円でも役に立ちます。人々にあたたかい支援を提供でき、避難民の子どもたちにとっての光になります。日本の皆さんにお願いしたいのは、寄付できる人たちは、どんな小さな額でもいいので寄付してほしいということです。それにより、悲惨な状況にある人たちを支援することができるようになります。

今後の支援で求めたいことは、モルドバにいる避難民を受け入れてくれることです。また、直接的な金銭的な支援も助けになります。避難所では食料品や薬を用意し、医者などそこで働く人たちたちを雇う必要があります。タイミングによって必要な物は変わってきますが、金銭的な支援であれば柔軟に対応できます」

モルドバに寄付をしたい

モルドバ政府・駐日モルドバ大使館では、ウクライナから避難した人たちの人道支援に充てるための寄付を募っています。

▽駐日モルドバ大使館
電話番号:03-5225-1622
Email:tokyo@mfa.gov.md

支援金の振込先
銀行名:三菱UFJ銀行
支店名:田町支店
口座種類:普通口座
口座番号:0994166
口座名義:Embassy of the Republic of Moldova to Japan

また、東京オリンピックでモルドバのホストタウンをつとめた山形県鶴岡市と長野県東御市でも募金の受付をしているということです。
募金は5月31日までです。

▽山形県鶴岡市(募金箱を設置)
・鶴岡市役所本所1階市民ロビー
・各地域庁舎
・小真木原総合体育館
・中央公民館
・出羽庄内国際村
問い合わせ先:0235-35-1252(鶴岡市福祉課)

▽長野県東御市(募金箱を設置)
・東御市役所本庁1階
・東御市総合福祉センター1階
・道の駅雷電くるみの里
問い合わせ先:0268-64-5893(東御市企画振興課)

最後に  モルドバ共和国豆知識

・モルドバに住んでいる日本人は、去年11月時点で30人近く。日本にも約170人のモルドバ人が住んでいます。

・2011年の東日本大震災の時には、日本に720万円の寄付を寄せています。

・特産のワインは日本でも有名です。モルドバは世界最古のワイン発祥の地の1つともされ、ブドウ栽培も盛んです。深みがある味わいが国際的な品評会でも高く評価されています。
国内には多くのワイナリーがあるほか一般家庭でもワインを作っていて、地下の貯蔵庫で保存し、お客さんが来ると自家製ワインでおもてなしをする習慣があります。

取材班の1人(芋野)は学生だった8年前に、旅行でモルドバを訪問しました。
バスの待ち時間に農村エリアを散策していると、高齢の農家の方が声をかけてくれました。
ジェスチャーでのやり取りで日本から訪れたことを伝えると、自宅に招いて自家製ワインをふるまってくれました。

その時飲んだワインのおいしかったことというと、ことばになりません。
男性の優しい人柄とともに、モルドバ滞在中のいちばんの思い出となっています。
少しでも恩返しするためにも、これからもモルドバの現状を伝えていきたいと思っています。