ディープな世界へお連れします

ディープな世界へお連れします
商店街のアーケードについたサビ、閉店したスナックの看板…
ここに町の本当の魅力があると言うんです。

地元への愛情が“偏りすぎた”ガイドたち。
「偏愛ガイド」が、あなたをディープな世界へお連れします。

偏ってて何が悪い!

“岐阜のピラミッド”はいかがでしょう?

人気の「偏愛ガイド」の1人、鹿取茂雄さん。

鹿取さんのこだわりは、誰も見たことがない景色。
日本各地の“酷道”や秘境、廃虚をこよなく愛する、ちょっと名の知れた存在です。
「きょうは岐阜のピラミッドにお連れします」
「ピ、ピラミッド!?」

岐阜でピラミッドは見たことないけれど…。

半信半疑のまま鹿取さんについていくと、ありました。

本当にピラミッドのような形をしたものが。
鹿取さんが“岐阜のピラミッド”と呼ぶこの場所の正体は、大垣市にある「金生山」。

石灰岩でできた山で、石灰石の採石場です。10年ほど前は普通の山の形をしていましたが、採石を進めた結果、今の形ができあがったそうです。

「なぜ、ピラミッドのような不思議な形に削ったんだろう?」

鹿取さんが近所の人に聞き込みをしたところ、土地の権利の関係で山の頂上以外で石灰石を採ったことで、自然とピラミッドのような形になったことがわかったといいます。

採石は今も続けられているため、このピラミッドの形がいつかなくなる可能性があり、“今だけ”の景色だと教えてくれました。

人がやったことはおもしろくない

「なんで、こんなマニアックなところばかりガイドしているのですか?」

取材の合間に、鹿取さんに聞いてみるとこんなことばが返ってきました。
「すでにほかの人がやっていることがおもしろくないんですよ。今まで見たことがない景色を一番に見たいだけです」
工業薬品メーカーに研究職として勤めるかたわら、ガイドをこなす鹿取さん。休日、5人の子どもたちがまだ眠っている時間に家を出発して「パトロール」と称して岐阜県内を巡り、“未開の観光地”を探しています。
きっかけは、20年以上前、運転免許を取って最初のドライブにさかのぼります。

車線変更が苦手だから交通量が少ない道を走ろう、でも広い道がいい…。国道なら大丈夫か、と選んだのが岐阜と福井を結ぶ国道157号線でした。

しばらく走ると、センターラインは消え、場所によっては道路脇が絶壁になっているのにガードレールがないような場所も。

国道なのにこれほど過酷な道があるのか…。

「みんながみて楽しいところ」じゃなくて、「見方を変えると、これ意外と楽しいんじゃないかという発見」。

鹿取さんは“酷道”の魅力に気付いたといいます。
鹿取茂雄さん
「僕にとっては遊園地でジェットコースターに乗るよりも、珍しい体験をする方が楽しいと思ってのめり込んでしまいました」

何もない、だからこそ

鹿取さんがガイドするこのディープなツアー、ひそかかな人気を集めています。抽せんになるほどで、取材当日のツアーには岐阜県や愛知県、滋賀県から20人余りが参加。

ツアーの参加者たちは、自分1人では見つけられなかった魅力を発見して、満足げに帰って行きました。
鹿取茂雄さん
「岐阜って地味だとか、目立たないとか、観光地がないってよく言われるんですけど、そうじゃないと思っています。何もないからこそ、新しい楽しみ方がたくさんあって、すごく魅力的な場所があるんですよ」

「岐阜出身です!」自己紹介すると…

鹿取さんのことばに、私はハッとさせられました。

「岐阜って地味だ」

私もそう思っている1人だったからです。

岐阜市の中心から車で20分、航空機産業で有名な各務原市出身の私は、高校卒業後、進学のために上京。

大学に入って感じたのは、「岐阜出身です!」と自己紹介してもイマイチ盛り上がらないということでした。

「飛騨牛や白川郷だよね!」と言われるけれど、私が生まれ育った各務原市は、白川郷のある飛騨地方とは100キロ近く離れていて、私だって旅行でしか行ったことがない…。

だからといって「じゃあ何が有名なの?」と聞かれると、白川郷と見たこともない鵜飼しか思いつかず…。

だから、その場ではなんとなく話を合わせていたけれど、住んだことのない地域を、さも地元のように語ることに後ろめたさがありました。

そんな事情をいちいち説明するのも面倒なので、いつしか「出身地は名古屋に近いので、岐阜のことは詳しくないんですよね」と自己紹介するようになりました。

私にとって、岐阜のことを愛情たっぷりに語る鹿取さんがうらやましくもありました。

「サビ」こそが歴史

鹿取さんと街を回ると、見慣れた町並みが、少しずつ違った景色に映るように感じます。

ある日訪れたのは、県内最大の繁華街・柳ケ瀬商店街。
歌手の美川憲一さんが歌う「柳ヶ瀬ブルース」で一躍有名になったこの場所。昭和の最盛期には2000から3000もの店が軒を連ねていたそうですが、今やかつてのにぎわいはありません。

鹿取さんが案内してくれたのは商店街にある雑居ビル。

オーナーに許可を取って一緒に2階に向かうと、20年ほど前まではスナックとして使われていた場所がありました。いまは物置になっていますが、鹿取さんにとっては「宝の山」です。

スナックの看板を発見すると鹿取さんは、隠しきれないほど興奮した様子に。
「いやいやいや。これはいいですね!これはすごいのが置いてある!」

鹿取さんの興奮は止まりません。ビルの屋上に上がると、ふだんは下から見上げる商店街のアーケードを観察します。目の前に広がるのは、一見、サビで赤茶けただけの屋根。

しかし、鹿取さんには「サビ」こそが商店街の歴史を表していると目を輝かせます。
鹿取茂雄さん
「柳ケ瀬商店街は、商店街全体がアーケードで覆われている珍しい場所です。最盛期にはどれだけ勢いがあったかうかがえます。今ではサビが広がり、配水管もボロボロ。「サビ」の織り成す景色が味わい深いんですよね」
ただの山、ただの商店街…。私1人では、そう思って通りすぎてしまう日常の景色が、見方を変え、語り方を変えることによって、こんなにもおもしろいのだと気付かせてくれます。

柿渋マニア ひょうたんマダムも

一般的な“観光地”とはひと味違う岐阜の魅力を伝えようとするガイドは、鹿取さんだけではありません。

織田信長や斎藤道三の居城「岐阜城」がそびえる金華山だけを追い続ける雑誌編集者。

「柿渋」マニア、さらにはひょうたんにひたすらこだわる「ひょうたんマダム」なんて人もいるんです。
こうした独特の視点から岐阜をガイドしてもらうことになったきっかけは、新型コロナウイルスの感染拡大です。

県外からの観光客を呼び込めない中で、地元の人たちに地域の魅力を再発見してもらおうとした結果でした。「マイクロツーリズム」とも呼ばれています。

一風変わったガイドばかりですが、皆さんに共通するのは、地域を好きで好きでたまらないという愛情。突き抜けた愛情を持つ彼らは、やがて「偏愛ガイド」となり、地域を支えています。

まあ、趣味ですね。

鹿取さんにとって「偏愛ガイドの仕事とは?」なにかの番組みたいですが、聞いてみると答えはいたって簡潔でした。
鹿取茂雄さん
「まあ、趣味ですね。ガイドはあくまで趣味の一環です。新しい魅力を発掘して、独り占めしたい訳じゃない。できるだけ多くの人に知ってもらいたいんです。結果として何かの役に立っていればうれしいですが…」
ガイドによって、何かを成し遂げようとか何かを得ようとか、そんな気持ちを1ミリも感じないところにますます、岐阜への深い愛を感じました。

鹿取さんを通じて「偏愛」とは、その土地や歴史へのリスペクト、まごう事なき「愛」だと感じました。

私を含め、多くの人が日常の景色と見過ごしていたモノの中に、「宝」があるのだと教えてくれた、そんな気がしています。
NHK岐阜放送局 記者
吉村美智子
岐阜県出身 2015年入局
鳥取局、高山支局を経て去年秋から岐阜局で勤務。
実はミーハーです。春のツアーの「岐阜のマチュピチュ」が気になっています。「偏愛」に魅せられ、ついつい長文になってしまいました…。
編集担当:ネットワーク報道部 高杉北斗