核は使われるのか ~ロシアの思惑は 核軍縮は~

ウクライナへの侵攻を続けるロシアが、核兵器を使用するのではないかという懸念が強まっています。国連のグテーレス事務総長は「かつては考えられなかった核兵器を使った紛争が、いまや起こりうる状況だ」と述べ、危機感をあらわにしました。

アメリカと並ぶ「世界最大の核大国」、ロシアの思惑はどこにあるのか。
現実の脅威を前に、世界の核軍縮は後退してしまうのか。専門家が読み解きます。

可能性は「高くない」が…

お話をうかがったのは、一橋大学の秋山信将教授です。

安全保障や核軍縮が専門で、NPT=核拡散防止条約の再検討会議で、日本政府代表団のアドバイザーを務めた経験もあります。

(記者)
プーチン大統領が核兵器を使用する可能性は、どれくらいあるでしょうか。

(秋山教授)
私自身は、「高くない」と思っています。

ただ、プーチン大統領はこの間、さまざまな言動を通じて、「常識的には核兵器を使わない状況でも、ロシアは使いかねないのではないか」と思わせることに成功しています。

例えば、「普通なら原発は攻撃しないだろう」とか、「病院に爆弾は落とさないだろう」と我々は思うし、これらは国際法上、戦争犯罪に問われる可能性のある行為です。

それでも、プーチン大統領はやってしまった。

国際社会の規範に反することでもやってのけるというこれまでの行動が、「核兵器を使用する」という脅しに、信憑性を持たせることにつながってしまっているのです。

世界はジレンマの中にいる

(記者)
核をめぐるパワーゲームの主導権をプーチン大統領が握っているということでしょうか。

(秋山教授)
問題なのは、プーチン大統領の頭の中で、今回の紛争の戦略的な利益と、それによって失われるかもしれないコストのバランスが、どう計算されているのかよくわからないということです。

彼は、自分が考える戦略的な目標に向かって合理的な行動をしているのかもしれませんが、彼の目指す目標そのものが、我々の価値規範の中では許容されない、非合理的なものかもしれない。

プーチン大統領の行動が拠って立つ価値基準とは何なのか、それが答えになると思います。
ただ、意図が分からなくても、最終的には、何らかの形でコミュニケーションをとって、核戦争という破滅的な状況を回避するという点で一致しなければいけません。

そのプロセスの中で、誤算や計算違いによって、思いもしないエスカレーション、場合によっては核の使用に至ってしまうことが、最悪のシナリオだと思います。

さらに、今回の紛争に関して言えば、「核戦争さえ回避できればそれで良い」という訳にもいかない難しさもあります。

ここで、アメリカやヨーロッパが民主主義や人権の面で妥協してしまっては、結局、核兵器で脅した側が利益を得るという先例をつくることになりかねない。

一方で、そうした価値を追求した結果、最終的に核が使われてしまったら元も子もない。

我々は今、このジレンマの中にいるわけです。

どうなる世界の核軍縮

(記者)
NPT=核拡散防止条約の再検討会議が、8月に開催されることが決まりました。

今回のウクライナ侵攻が、世界の核軍縮の議論に与える影響をどう見ますか。

(秋山教授)
それまでにこの紛争がどうなっているかということが、議論に影響を与えると思います。

8月までに終息しているとした場合、プーチン大統領がこれだけ“核の脅し”をかけながら、実際には使用せずに敗北を選んだとなれば、「やっぱり核兵器は使えない」という見方を補強する、つまり「核のタブー」を改めて確認するという議論が成り立つわけです。
一方で、現実の問題として、プーチン大統領の“核の恫喝”によって、ヨーロッパやアメリカの行動が抑止されてしまったという見方もできる。

そうすると、今後、“核の恫喝”によって、自分たちの政治的な目的を達成しようと考える国が出てこないとも限らない。

つまり我々は今後、より暗い「核の影」のもとで生きていくという解釈も成り立ってしまうわけです。

この「核のタブーを考える人たち」と、「核の影に怯える人たち」の間の考え方のギャップというのは、中長期的に論争のポイントになってくると思います。

そういう意味で、8月の会議は、核軍縮を進め、核廃絶を目指していく国々や人たちと、核の脅威というものを改めて再認識してきた国々との間の見方の分裂が、大きなテーマになるのではないでしょうか。
(記者)
核兵器の使用を許すことなく、今回の侵攻を終わらせることが重要ですね。

(秋山教授)
核兵器が使われてしまったら、これまでとはまったく違った世界になってしまう。

使われてはなりません。

同時に、核兵器を使わない、使われないということだけが唯一の目的ではないわけです。

国際社会が共有している主権、領土の一体性に対する重要性、人権の尊重や民主主義、こうしたものも同時に守られなければいけない。

これらをどう両立させていくのかということも、今後、核廃絶という問題を考えていくうえで、取り組まなければいけない課題だと思います。

日本の安全保障 どう考えるべきか

(記者)
今回のウクライナ侵攻は、日本の安全保障をめぐる議論、とりわけ核保有国でもある中国への向き合い方に、どんな影響を与えるでしょうか。
(秋山教授)
今後、もし中国がより攻撃的な態度をとるようになった場合、日本としては、その政治的目的を達成させない、あるいは、コストの大きさを認識させるために、より効果的でリスクの少ない方法は何なのかを考えることが大事になります。

いま、「日本がアメリカと核を共有すべきだ」とか、「自前の核戦力を持つべきだ」といった議論が出ていますが、まずは、我々がどんな戦略をとるべきかという議論をした上で、それに最適な手段を選択していくことが大事です。

単なる印象や、ウクライナ侵攻という一時の大きな出来事にショックを受けた状態で、思いつくままに議論したり、決めたりすることはあってはなりません。

いまはある意味で、「危機の時代」にあるわけですが、こうした危機は、我々にいろいろな教訓を提供してくれます。

そうした教訓を、しっかりと自分たちの置かれている環境に落とし込んだ上で、最適な解決策は何かを冷静に考えることが大事です。

それが、本当の意味でこの危機から教訓を得るということではないでしょうか。