中国発のお金が世界を変える?日米の先を行くその実力は

中国発のお金が世界を変える?日米の先を行くその実力は
「冬のオリンピックがお披露目会となった」
欧米のメディアなどがこう伝えたのは競技ではなく、中国が開発を進める最新の技術のことです。
それが硬貨や紙幣を電子化する「デジタル通貨」。
日本でも実証実験が進められていますが、中国は主要国の中で2歩も3歩も先を進んでいます。
その取材を進めると中国が直面する課題も見えてきました。
(中国総局記者 伊賀亮人/ワシントン支局記者 吉武洋輔)

デジタル通貨 使ってみた

世界の先端をいく中国のデジタル通貨はどのようなものなのか。
実際に記者(伊賀)も使ってみました。

使い方はいたって簡単です。

スマホにアプリをダウンロード、そして専用の口座(ウォレット)を設定し、銀行口座から入金すると「デジタル人民元」が手に入ります。
デジタル人民元に対応したファストフード店では、会計用の端末にアプリでQRコードを表示してかざすだけで支払いは完了。

通貨なので中央銀行主導のシステムですが、使い方は日本で普及する民間企業による「○○ペイ」というキャッシュレス決済とほぼ同じです。

オリンピックの決済手段に

この「デジタル人民元」、2月から3月に開催された北京オリンピック・パラリンピックで大会の公式な決済手段として、選手村やメディアセンターに導入されました。

オリンピックでの決済手段はこれまで、現金か大会スポンサーのクレジットカード会社「VISA」に限定されてきましたが、今回デジタル人民元がそこに加わり「VISAを追いやった」とも報道されました。

オリンピックで主に使われたのはこちらのカードです。
選手や大会関係者、メディア関係者はこのカードにチャージしコンビニやレストランなどの支払いに利用しました。

ここでもそこでもデジタル人民元

実はほかのところでもすでにデジタル人民元が使えるようになっています。

北京市内では、コンビニやガソリンスタンド、市場、地下鉄など、いたるところでデジタル人民元のマークが目に入ります。
食べ物や飲み物のデリバリーを注文するときも利用でき、中国共産党の党費が支払える機能まであります。
デジタル人民元を作った中央銀行「中国人民銀行」は去年末までの成果として、全国10余りの都市のおよそ800万か所で利用可能になり、2億6000万人分のウォレットが開設済み、そして取引額が日本円で1兆6000億円以上だったと強調しています。

国内では関心低い?

しかし、街なかで取材をすると市民からは意外な反応が返ってきました。
北京市民
「聞いたことがあるけど使ったことはない」
北京市民
「まだ普及していないから使っていない。周りで使っている人なんて聞かない」
市場でデジタル人民元を使って支払いをしようとすると、店員は操作に手間取り、こうつぶやきました。
北京の店員
「しばらく使わないから忘れちゃったよ。利用者なんていないから」

現金がいらない中国での生活

それもそのはず。

中国ではすでに「アリペイ」や「ウィーチャットペイ」といった民間のIT企業が提供するキャッシュレス決済が普及しています。

中国の都市部では現金を使わない生活が当たり前になっています。

記者自身もおととし8月の赴任から1年半以上、買い物や外食で現金を使っていません。
ユーザー数は「アリペイ」が10億人以上、「ウィーチャットペイ」が8億人以上にのぼります。

決済の規模は2つを合わせて年間およそ4000兆円とも試算され、新たに始まったデジタル人民元を圧倒しているのです。

IT企業の“脅威”

ここまでキャッシュレス化が進んでいるのに、中国はなぜわざわざ中央銀行主導のデジタル人民元を普及させようとしているのでしょうか。

背景にあるのが、「アリペイ」や「ウィーチャットペイ」などが単なる決済手段にとどまらず生活のインフラとして欠かせない存在になっていることです。

運営するIT企業は数多く抱えるユーザーのデータを活用し、小口の融資や保険、ネット通販、公共料金の支払いなどさまざまなサービスを提供しています。

民間のIT企業に膨大なビッグ・データが蓄積する構造は、中央銀行にとってお金の流れが見えにくくなります。
この状況がさらに進めば、中央銀行が金融政策によって経済を動かすことが難しくなる。

また、災害などの緊急時に民間企業のサービスが止まれば経済に大きな混乱が起こりかねない。

中国当局にはこうした懸念があるとみられます。

そこで、民間企業のサービスを通さずに直接支払いに使えるデジタル人民元を普及させ、お金の動きを中央銀行がデータ化して把握できるようにしようというのです。

専門家はデジタル人民元の重要性をこう説明しています。
中国人民大学 程華 准教授
「通貨と決済システムは金融インフラであり、それが民間機関の手に渡れば不安定要因となる。
中央銀行が通貨の発行や決済システムに対して一定のコントロールを維持することは中国の金融・経済の安定のために非常に重要だ」

“出遅れた”アメリカは?

中国が先行する中、動向が注目されるのが基軸通貨ドルを通して世界の金融システムに大きな影響力を持つアメリカです。
これまで政府・中央銀行の積極的な姿勢は示していませんでしたが、バイデン大統領は3月、デジタル戦略に関する大統領令を発表し、デジタルドルを前向きに検討する姿勢を示しました。

研究や技術開発を急ぐよう指示する主なねらいとして「国際的な主導権を確保する」と明記しました。

バイデン政権がデジタル人民元にも警戒感を強めていることがうかがえます。

ただ、アメリカの国内で、デジタルドル導入に対する意見はまとまっていません。

与党の民主党議員の間では「多くの労働者層が無料の銀行口座や安価な支払い方法にアクセスできるようになる」と賛同する声が多くあります。

一方、野党・共和党議員からは「政府機関がデータで個人を追跡して銀行取り引きを監視できるようにすることは望ましくない」などと慎重な意見も出されています。
制度設計にはまだまだ時間が必要で、とんとん拍子に進むというわけでもないのが、アメリカの現在地なのです。

“制裁逃れ”の手段になるか?

世界では今、ウクライナに軍事侵攻したロシアが、国際的な決済ネットワーク「SWIFT」から締め出され、経済的な影響を受けています。
人民元がデジタル化して利用が広がれば、ドルを基軸とした金融システムにおけるこうした制裁の効果が弱まることになるのでしょうか。

「すぐにはそうならない」というのが大半の専門家の見方です。

国際的な決済に占める人民元の割合は現在3%で、40%を占めるドルと大きな開きがあるからです。

さらにシェアを拡大しようにも、人民元は“使い勝手が悪い”通貨とされているのです。
野村資本市場研究所北京事務所 関根 首席代表
「中国は、国内の金融市場を安定させるために人民元の海外への移動を規制していて、デジタル人民元で利便性が高くなっても国際通貨として大規模に流通するとは考えにくい。
大量の決済を瞬時に処理するシステムを作りあげるためには技術的に高いハードルもあるし、システムを運営する膨大なコストを誰が負担するのかという問題もある」

デジタル通貨で世界は変わるのか?

デジタル人民元にはほかにも、普及させるためのコストをどう賄うかなどさまざまな課題があり、本格的な発行には時間がかかるとみられています。

それでも中国は、タイやUAE=アラブ首長国連邦などの中央銀行と共同研究を進めるなど、国際化に向けた手も着々と打っています。

このため、デジタル通貨の国際的なルールづくりを主導し影響力が高まる可能性も指摘されているのです。

かつて貝殻などの「モノ」だった通貨は、貨幣や紙幣に変遷し、人々の暮らしや経済活動も変わっていきました。

それだけに通貨のデジタル化が歴史を変えるきっかけになるのか、世界の目が注がれています。
中国総局記者
伊賀 亮人
2006年入局
仙台局 沖縄局
経済部などを経て現所属
ワシントン支局記者
吉武 洋輔
2004年入局
名古屋局 経済部を経て現所属