なぜ あの子の命は奪われた~見落とされた虐待リスク~

なぜ あの子の命は奪われた~見落とされた虐待リスク~
いちごが好きだった女の子。

6歳の誕生日を笑顔で迎えることはできませんでした。

母親とその交際相手から繰り返し虐待を受け、ことし1月亡くなりました。

いすの上に置いた鍋に長時間立たせる。

意識を失うほど布団でぐるぐる巻きにする。

虐待は2年以上にわたっていました。

異変に誰も気づいていなかったわけではありません。

児童相談所は虐待を認識し、20回以上母親と面談していました。

その中で、見落とされていたいくつもの虐待リスク。

なぜ、幼い命を救うことができなかったのか。真相に迫ります。
(岡山放送局記者・大友美里/広島放送局記者・牧野大輝 ディレクター・松岡哲平)

繰り返された虐待

ことし1月に亡くなった岡山市の西田真愛(まお)さん。

母親の西田彩被告(34)とその交際相手の船橋誠二被告(38)が真愛さんに虐待を繰り返し、死亡させたとして監禁致死などの罪で起訴されました。

いすの上に置いた鍋に長時間立たせる。

意識を失うほど布団でぐるぐる巻きにする。

十分な食事を与えない。

こうした虐待行為の一部は、自宅に設置されたカメラに記録されていました。

見落とされた虐待リスク1 踏み込めなかった“交際相手”

事件の発端は3年前。

岡山市の児童相談所に真愛さんを知る人から「母親の交際相手から暴力を受けているのではないか」という通報が寄せられたのです。
真愛さんは4人きょうだいの末っ子で母親が1人で育てていました。

自宅を訪れた児童相談所の職員は額に10円玉ほどの大きさのあざがあるのを見つけました。

しかし、母親は調査に対して虐待を否定。

暴力をふるったと通報のあった交際相手については「そんな人はいない」と説明しました。

児童相談所はその後も定期的に真愛さんの家を訪ねていましたが、1年以上、交際相手を特定することはできませんでした。

船橋被告の存在が明らかになった際、事情を聞くと、別に家庭を持っていること、そして、真愛さんの母親とは「週に2~3回会う関係」だとわかりました。

児童相談所の調査は基本的には自宅を訪問して行われます。

同居していない交際相手の調査はいくら自宅を訪問しても進むはずがありません。

かつて岡山市の児童相談所に勤務していた浅田浩司さんは同居していない交際相手による虐待の実態はつかみにくいと指摘します。
元岡山市児童相談所職員 浅田浩司さん
「内縁関係であっても同居しているのであれば直接会えるが、そうでない場合、交際相手の家庭に直接訪ねていく判断はよほどのことがないとできない。相手の家庭のプライバシーの問題もあり、悩ましいところだと思う」
結局、交際相手が虐待に関わっていると児童相談所が把握しながら、本人に接触できたのは、事件までにわずか3回でした。

見落とされた虐待リスク2 変わらなかった“軽度”判断

リスクを見落とした背景には、虐待の程度を“軽度”として、変えることのなかった児童相談所の判断もありました。

岡山市は虐待の程度を、厚生労働省の指針を参考に4つの段階に分けています。

継続性の有無やどれほどの治療が必要かなどを目安に総合的に判断。それによって訪問頻度などの対応が変わってきます。
当初、真愛さんのあざは10円玉ほどの大きさで、虐待に継続性もないと判断され、“軽度”となりました。

そうした中、児童相談所が対応を考えるきっかけとなるあるトラブルが起きました。
おととし9月。

市内の墓地で深夜に裸で目隠しをされた真愛さんが母親の交際相手から叱責されている様子が目撃されたのです。

児童相談所は警察からの通告を受け、真愛さんを一時保護します。

一時保護は4段階の虐待の程度のうち「重度」に相当することもあります。

しかし、児童相談所の判断は「軽度」を維持。
その理由については、大きな治療を要するけがや精神的なダメージが確認できず、きょうだいからも話を聞いた結果、日常的な暴力は認められなかったためと説明しました。

一時保護は2週間で解除。

その後の訪問も月に1回程度と大きく変わることはありませんでした。

一連の児童相談所の対応について児童相談所の元所長で、NPO法人「児童虐待防止協会」の津崎哲郎理事長は、児童相談所の対応力の低下を指摘します。
NPO法人「児童虐待防止協会」 津崎哲郎理事長
「虐待件数の増加に対応が追いついていない。国の政策で児相の職員は増えたものの、経験の少ない職員が多く、“家族の病理”が見抜けなくなっている。家族の形も変わっていて、必ずしも同居ばかりが家族ではない。

今回は交際相手を家族の当事者として見ていない。墓地での虐待は異常なことで、身体的虐待だけにとらわれるのではなく、心理的虐待にも目を向け、すぐ交際相手への調査を行うべきだった」

見落とされた虐待リスク3 失われた“地域の目”

長期間にわたった真愛さんへの虐待。

実は、地域の住民は異変に気づいていました。
「腕やふくらはぎにあざをつくっていた」

「いつもお腹を空かせていたからお菓子をあげていた」
こうした証言を複数の人から聞くことができました。

地域の目が親子に注がれていたのです。

しかし、墓地での一件が確認されてから3か月後のおととし12月。

一家は突然、8キロほど離れた場所に引っ越します。
さらに新型コロナの感染拡大が家庭内の状況を見えにくくしました。

真愛さんが引っ越し先で通い始めた保育施設は8月の夏休みに続いて9月は家庭での保育が呼びかけられ、2か月にわたって状況をほとんど把握できませんでした。

その間、虐待はエスカレートしていきました。

そして去年9月25日。

真央さんは自宅で布団に巻かれ、意識を失いました。

呼吸が難しくなり、窒息したとみられています。

前日が6歳の誕生日だった真愛さん。

脳死状態となり、ことし1月に亡くなりました。
真愛さんが引っ越す前に暮らしていた地域に住んでいる女性です。

おなかを空かせた真愛さんによくお菓子や果物をあげていたといいます。

いま、自宅に写真を飾り、真愛さんを供養している女性。

自分たちにできることがあったのではないか。

悔やむ毎日だといいます。
近所の女性
「引っ越すときに会えなくて。大きくなったら会いにいくっていうから道分かる?ってきくと、『まおわかる』っていうのが最後の会話でした」

地域の“網の目”で子どもを守る

児童相談所や地域が異変に気づいていながら幼い命を守れなかった岡山市の事件。

全国で子どもへの虐待が増加し続ける中、2度と繰り返さないためにはどうずればいいのか。

そのヒントを探しに大阪に向かいました。

大阪市西成区。

経済的に苦しい人が少なくなく、およそ4人に1人が生活保護を受けてます。

子育て世代にも、様々な「しんどさ」を抱える家庭が多く、それゆえに、子どもとその親を地域で支えようという草の根の活動が活発に行われてきました。

その1つが10年前に開設された「にしなり☆こども食堂」。

いまでこそ全国に子ども食堂は広がっていますが、ここはその嚆矢と言える存在です。
夕方5時半、小学生を中心にたくさんの子どもたちが市営住宅の1室に集まってきます。

スタッフは1人1人に「おかえり」と声をかけて迎え入れます。

炊きたてのご飯に加えて、お刺身、サラダ、煮物など手作りの料理が並び賑やかな食事が始まります。

1日に30~40人の子どもたちが集まるといいます。

こども食堂の一番の目的は子どもたちに温かい食事と安心して過ごせる居場所を提供すること。

と同時に、子どもたちの様子を通じて、その家庭に気になる変化がないか丁寧に感じ取ることだといいます。
にしなり☆こども食堂代表 川辺康子さん
「おかえりと言ったときの子どもの表情とか、気にして見ています。特に月曜日は、土日、おうちにずっといて、いろいろ我慢しているところが、食堂に来てわーっと発散したり、友達との会話の中で、なんか言ったら殺すぞみたいなことがあったりすると、ちょっと気に掛かるので気持ちをきいたりします」
もし子どもたちの言葉や様子に異変を感じ取り、それが何らかの対処を必要とする深刻なものであった場合、その情報は、児童相談所や学校、病院など関係機関で共有されます。

そのネットワークは要対協=要保護児童対策地域協議会といいます。

民間を巻き込み“踏み込んだ”対応も

2004年に児童福祉法が改正された際、全国の自治体に設置が求められ、現在、9割以上の市区町村が要対協の仕組みを備えています。

実際に虐待を受けている子どもをはじめ、課題を抱えた子どもとその家庭の情報を共有し、その対策に役立てようという関係機関のネットワークです。
多くの場合、メンバーは公的機関が主体ですが、西成区では子ども食堂など多くの民間の支援団体が参加しているのが特徴です。

さらに、「網目の細かさ」も他とは違うといいます。

市区町村ごとに1つの要対協が一般的ですが、西成区では6つある中学校区ごとに1つの要対協を設置。

そしてそれぞれが月に1度、対象児童の情報を持ち寄って協議を行います。
児童相談所と民間の団体が日常的に協力し、より踏み込んだ対応をとることもあります。

40年以上前から子どもたちに居場所を提供しているNPO法人「こどもの里」には乳幼児から高校生まで幅広い年齢の子どもたちがやってきます。

多くは学校や保育園が終わったあと、帰宅するまでの時間をすごす「学童保育」として利用します。

しかし、子どもによっては、家庭の事情で、家に帰るのが危険だと判断される場合がありそういうときのために、子どもが(場合によってはその親も)寝泊まりできる場所も用意しています。

ここが、虐待を防ぐための緊急の避難先となることもあるのです。

避難してくるのは、普段からこどもの里を利用している子どもだけではありません。

時には、児童相談所からの委託を受けて、子どもやその親を一時的に預かることもあるといいます。
こどもの里 植月智子さん
「今、行政はいっぱいいっぱいで、児童相談所のワーカーさんが持っている件数もすごいたくさんだろうし、すぐに来ていただきたくても、来ていただけないことも、よくあるので。早急に保護が必要というときに、児相がいっぱいで行けなければ、こちらでいったん生活を見るようにして、次の安全な場所を探すということもあります」
地域の民間団体が積極的に関わることが虐待の予防につながっているという指摘もあります。

大阪市の児童相談所への虐待相談件数の推移をみると、近年、件数が急増していることが分かります。

しかし、西成区ではほぼ変わっていません。
この理由について、西成区の担当者は、「地域全体で子どもの見守りを行うことで、児童相談所が対応する件数が抑えられ、長い目で見れば児童虐待の防止という部分に大きく関わってもらっている」と話しています。

こうした取り組みは他の地域でも可能なのか。

また、どうやったらできるのか。

児童相談所の元所長でNPO法人「児童虐待防止協会」の津崎哲郎理事長は「しんどさ」を抱える人を支える様々な地域の「芽」を巻き込んでいくべきだと指摘します。
NPO法人「児童虐待防止協会」 津崎哲郎理事長
「いま、各地で子ども食堂や学習支援、フードバンクなどさまざまな芽が育ちつつある。そうした民間の団体と自治体が一体となって地域の網の目を細かくすることで課題のある家庭を支援していくことが必要だ。行政も個人情報をたてに民間をシャットアウトするのではなく巻き込んでいく姿勢が問われている」
虐待事件が起きると、必ずといっていいほど児童相談所の対応に焦点が当たります。

今回の取材でも、対応に首をかしげることは少なくありませんでした。

一方、虐待の件数が急増する中、児童相談所の職員を増やしても、その量、質ともに追いついていないのは明らかで、児童相談所だけで対応するのは限界があるということも現実です。

自治体の中には、AI=人工知能を導入し、過去の虐待ケースを元に危険度を判断する試みを始めているところもあります。

地域の実情に応じた網の目をつくっていくことが、大切な命を守ることにつながると強く感じました。
岡山放送局記者
大友美里
2014年入局
事件取材を担当 現在県警キャップ
広島放送局記者
牧野大輝
2013年入局 
前橋局・青森局を経て2020年から広島局
担当は、警察・司法
広島放送局ディレクター
松岡哲平
福岡局、報道局社会番組部、沖縄局などを経て
現在は広島放送局で報道番組を担当