ターゲティング広告 あなたのデータの行方

ターゲティング広告 あなたのデータの行方
ショッピングサイトを見ていると関連した商品の広告が表示されるようになるー。
こうした「ターゲティング」と呼ばれる広告を規制する法案が国会に提出されました。
自分の閲覧履歴がどこまで広がっているのかわからない…。
規制はそんな不安を払拭(ふっしょく)できるのでしょうか。
ネット空間を駆け巡る私たちの“足跡”
そのリアルを探ってみました。(経済部記者 永田真澄)

ターゲティング広告を規制 法案の内容は

まず知っておきたいのが法案の内容です。

ウェブサイトやアプリの運営事業者が、利用者の閲覧履歴を広告会社などに提供する場合の新しいルールがつくられました。
▽原則としてあらかじめ利用者に「通知」もしくは「公表」する。
▽具体的な「通知」や「公表」のあり方は、官民による議論で決める。
プライバシー意識の高まりを受けて、欧米ではすでにこうした規制が導入されていますが、日本もようやく第一歩を踏み出した形です。

しかし、この規制の内容を議論した総務省の有識者会議のメンバーからは、内容が十分ではないという指摘があがっています。
森亮二弁護士
「法改正された方がいいことは間違いないが、議論が後退したのは確かだ。
それは後退しすぎじゃないかと途中で指摘もしたのだが…」
有識者会議のほかのメンバーからも「骨抜きになってしまう」などの声が。

いったい何が問題なのか。

背景には「情報筒抜け問題」と彼らが指摘する日本の状況があります。

ウェブサイトやアプリを利用した際、現状では利用者の同意がないまま、閲覧履歴が広告会社などに送信されています。

このため欧米にひけをとらない強い規制を目指し、当初は利用者から同意を得ることを義務づける方向でした。

しかし実際にはそうなりませんでした。
森亮二弁護士
「皆さんが毎日ウェブサイトで何を見ているか、ほぼほぼすべて把握されてるということをまず認識してもらう必要がある。
そのうえで情報がどう集められ、使われているのか社会全体で見ていく必要がある」

100を超える事業者に

実際、私たちの閲覧履歴はどれだけ「筒抜け」なのか。

ネット広告の実態に精通し、プライバシー保護サービスを提供する会社の太田祐一さんに検証してもらいました。
試しに記者がよくチェックする大手新聞社のサイトを、専用のソフトで解析してもらいました。

するとパソコン画面上に、情報の送信先である企業のリストがずらり。

その数はなんと109事業者に。

サイトを開いた瞬間に、私がアクセスした記録が、これらの事業者に渡っているということのようです。

え、ちょっと待って!
許可した覚えもないのに、なんで勝手に!
そもそも一体何の目的で…!?
太田祐一さん
「送信先はほとんどが海外の広告会社だ。
日本はなんの規制もなかったので事業者はやりたい放題だった。
表面化していないだけで、悪用される例も実際にはいろいろある」
広告会社が情報を集める目的は、主にターゲティング広告です。

ショッピングサイトでランニングシューズをチェックすると、そのシューズや似たブランドのウエアの広告がスマホで表示される、あの仕組みのことです。
広告会社は、さまざまなウェブサイトやスマホのアプリと提携し、利用者の閲覧履歴を収集。

Cookie(クッキー)や広告IDと呼ばれる仕組みで端末を識別し、サイト内でどんなページを見たか、アプリ内でどんなものを購入したか、どんなキーワードを入力したかといった情報を横断的に集め、個々の好みなどをプロファイリング(特色・傾向をコンピューターが分析)します。

そして、思わずクリックしたくなるような広告をウェブサイト上に表示しているのです。

ポイントは、情報が多ければ多いほど個々の利用者に最適な=広告効果の高いコンテンツを表示できるということです。

見えないところで行き交うデータの実態は複雑で、全貌を把握するのは専門家でも難しいといいます。
太田祐一さん
「おそらくサイトを運営する事業者ですら、どこにデータが行っているか把握できていない。
データが送られた広告会社から、さらに別の会社にデータが送信されている形跡も確認できる。
いろんな会社がデータを集めて勝手に使っているのが現状だと思う」

自分のデータを代償にサービスを利用する現状

もちろん毎日の暮らしに欠かせないネットサービスは、広告抜きに成り立ちません。

例えばフェイスブックとグーグル、いずれの運営会社も売り上げの実に9割以上を広告収入が占めています。

われわれはフェイスブックやインスタグラム、グーグルが提供する「検索サービス」「マップ」「Gmail」など、さまざまなサービスを無料=タダで利用しています。

その代わりに自身のデータを提供し、企業側はそのデータを活用した広告収入でサービスにかかる費用を回収する。

これが巨大テック企業のビジネスモデルです。

データが別の用途に使われる事例も

しかし集められたデータが、商品の広告にとどまらず、別の用途に使われた事例もあります。

それは2016年のアメリカ大統領選挙です。

8700万人分のフェイスブックのユーザー情報が、データ分析が得意な選挙コンサルティング会社「ケンブリッジ・アナリティカ」に流出。

この会社は、性別、生年月日、「いいね!」の情報などを分析。

ターゲットをグループに分け、例えば神経症の兆候があって陰謀論好きの有権者には不安をあおる広告を表示するなどし、トランプ陣営に有利になるよう投票を誘導したとされています。
森亮二弁護士
「データベースはその人のことを何でも知っていて、さらに言えば操作することもできる。
例えば、精神的に安定しているかどうか、将来にどんな不安を抱いてるかなども。
そして、耳元でささやくことによって、例えば選挙での投票など、行動をコントロールし、社会を分断することもできる。
だからこそ情報の集められ方、使われ方をいろんな角度からチェックしないといけない」

規制の議論が日本でもようやく

こうした問題を経験し、欧米では閲覧履歴を個人情報などと位置づけ、外部への送信を規制しています。

これまで日本では閲覧履歴は個人情報と見なされず、取り扱いルールが存在しない状況でした。

そこで総務省が有識者会議をつくって規制の議論を始めたのです。

実は去年12月にメンバー限りで配られた資料には「原則として利用者の同意を取得」という文言が書かれていました。

閲覧履歴を外部に送信しようとするサイトに対し、あらかじめ利用者の同意を得るよう義務づける、EUと同レベルの内容でした。

ところが1月中旬に配布された最終報告書で、該当する部分は「原則として通知・公表」に変わっていました。

利用者の同意を得る必要がないのなら、例えばサイトやアプリの目につきにくい場所で説明すればよい…。こう解釈することも可能です。

なぜ議論の過程で規制の内容が変わったのか、背景には経済界の猛反発があったとみられます。

法案のとりまとめにあたって、年末から年明けにかけて、経済界へのヒアリングが行われました。
出席したのは「経団連」「経済同友会」「新経済連盟」、アメリカのIT大手も加盟する「在日米国商工会議所」。

いずれも厳しい規制が設けられれば「事業コストが大きくなる」「ビジネス展開に支障をきたす」などと反対を表明しました。

日米の主要な経済団体がそろってNOを突きつけたことに総務省はどう対応したのか。

議論のとりまとめを担った総務省の幹部がインタビューに答えました。
総務省 木村 事業政策課長
「経済界と利用者の立場は対立しがちな部分もあり、今回もいろんな形で意見をいただいた。
政府、経済界、利用者が同じ方向を向いて協力できる道筋を目指したい。
骨抜きだという指摘も受けるが、全くそのようには考えていない。
原案の段階からシェイプアップしたが、幹となる部分は維持されていて、合格点レベルの規制だと思っている。
今後、実際に運用していくことが重要で、いかに利用者による確認の機会をつくるかという点で、官民でしっかり連携して取り組んでいきたい」

取り組み遅れればイノベーションに影響も

う余曲折を経ながら、規制に向けて動きだした日本ですが、海外のプラットフォーマーはさらに先を行っています。
アップルは、広告会社やデータブローカーと呼ばれる仲介会社によるアプリの利用履歴の追跡に、本人の許可を必要とする仕組みをiPhoneに導入しました。

グーグルも、アンドロイドスマホで同様の仕組みを導入すると発表しています。

いずれもターゲティング広告に使われる情報の収集を自主的に規制する動きです。

業界をけん引する巨大テック企業は、利用者の信頼を得ることを重視し、これまでの広告モデルを見直そうとしているのです。

森弁護士はこうした動きに日本が出遅れると、IT分野で革新的なイノベーションやサービスが生まれにくくなるおそれがあると指摘しています。
森亮二弁護士
「海外では、厳しい規制のもとでプラットフォーマーが数千億円の制裁金を科されることもあり、事業環境は日本とまったく異なる。
海外では規制にもまれながらイノベーションが起きているのとは対照的に、規制が緩く巨額の制裁金を科されることもない日本では世界的なイノベーションがなかなか生まれていないという現実を直視する必要がある」
ターゲティング広告への規制を盛り込んだ「電気通信事業法の改正案」は、4月以降、国会で審議に入ります。

法案が成立すれば、利用者への「通知・公表」のあり方をめぐって、官民による議論が始まります。

安心してネットサービスを利用できるような実効性のある規制になるのか、そして経済界がみずからの足腰を強化できるような規制になるのか、これからの議論が大事になってくると思います。
経済部記者
永田 真澄
平成24年入局
秋田局や札幌局を経て現所属
総務省や情報通信業界を担当