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育休取得99%ってどういうこと?

男性が育児をすることが当たり前となったいま。ある数字に目がとまった。

「男性国家公務員の育児休業・休暇の取得率は“99%”」

去年8月、内閣人事局が発表した数字だ。

激務に追われる官僚たちの取材を続けてきた私にとって、にわかに信じがたいものだった。

来月から育児・介護休業法が改正され、民間企業では事業者が従業員に育休取得の意向を確認することが義務づけられるなど、今後1年をかけて育休取得を促すさまざま施策が実施される。

制度を作っている霞が関の官僚たちがその範を示した結果なのか…。霞が関、男性官僚の育休事情を取材してみた。
(社会部記者 杉田沙智代)

男性官僚(32)育休、とってみた

新型コロナウイルスの第5波の感染が拡大していた去年8月下旬に育児休業を取った厚生労働省の左向祐太 係長(32)。
左向さん
「出産予定が決まって、休めたらいいなと思ったが、新型コロナ対応に追われる中で抜けると業務は回るのか。どうやって抜けたらいいのか、悩ましかった」
自分が取らないと、今後、後輩たちが取りたくても言い出しにくくなってしまう。

左向さんは事前に上司に申請していたとおり、1か月間の育児休業を取ることを決めた。
日々忙殺される仕事から解放され、ほっと一息と思った左向さん。

しかし、育児は想像していたほど簡単ではなかった。

国会対応などで連日徹夜が続いた時よりも、育児の方が大変だと気づいたという。
左向さん
「泣き止まない、どう接すればいいのかわからない。仕事と違って自分のペースでこなすことができない。わからないから余計しんどい…」
激務に明け暮れてきた霞が関の官僚が、弱音を吐く育児とはどういうことなのか。

実感を持てない私に、左向さんが生後直後の育児の状況を記録したノートを取り出した。
※生後19日※

24:00 ミルク
1:00 泣く、ミルク
2:00 泣く、ミルク
3:00 泣く、ミルク
4:00 しゃっくり
6:00 ミルク
7:00 ミルク
9:00 ミルク
11:00 もく浴
14:00 ミルク
18:00 ミルク
20:00 泣く、ミルク
21:00 泣く、しゃっくり
22:00 ミルク
23:00 ミルク
24:00 泣く
妻と交代とはいえ、1~3時間おきに子どもにミルクを飲ませるため、ほとんど睡眠がとれない状態が続いたという。

育児の合間に、時折、同僚から仕事の相談について連絡も入る。

1日およそ100通届く職場のメールを開く時間もなく、週末にまとめて確認していた。
左向さん
「妻からは『2か月くらい取らないの』と言われたが、さすがに2か月も職場の穴を空けるわけにはいかないと思った。直接感謝はされていないですが…。育児を1人でやっていたら妻はうつになっていたと思う。父親としての自覚も芽生えたし、間違いなく取ってよかったと思う」

休業と休暇の違いだった

左向さんのように育児休業を取得した男性官僚が、99%もいるのか。

実は調べてみると、この数字、対象をおととし(令和2年)4月から6月までの2か月間に子どもが生まれた男性官僚に限定したものだった。

さらに生後1年以内に「育児に伴う休暇」=育児に伴って何らかの休暇を取った人を全部足しあわせた結果

つまり、妻の体調がすぐれない時に年次休暇を使って1日子どもの面倒を見たとか、発熱した子どもを病院に連れて行くために半日休んだ、保育所の送り迎えのために数時間休んだといったケースも含まれている。

なるほど、そういうことか…。

「育児休業」は、本来、従業員が希望すれば事業者が取得を認めるよう育児・介護休業法で義務づけている。

従業員は、事前に申し出て休業し、原則無給であるが、一定期間、育児に専念できるものだ。

法的に定められた育児休業を取得した人の割合が、いわゆる「育児休業」の取得率として公表されている。

99%の「育児に伴う休暇」は、それよりも広い概念だ。

では、「育児休業」の取得率を、霞が関の男性官僚の場合で調べてみると、令和2年度は29%。

99%と比べると、低い。

それでも、5.5%だった5年前(平成27年度)と比べると、およそ5倍に増えていたのだ。
内閣人事局 2021年11月25日発表
さらに、この取得率は民間企業よりも大幅に高い。

民間企業の男性の育児休業の取得率は、全国平均で昨年度12.65%。

つまり、霞が関の育休取得率は、民間企業の2倍以上になっていたのだ。
(厚生労働省 全国およそ3500事業所調査)

なぜ取得率が高いのか?

99%に及ばないとはいえ、男性官僚の育児休業の取得率が、民間企業よりも高いという事実は、徹夜もいとわず働く霞が関の現状を見てきた私にとっては驚きだった。

このことについて様々な省庁の幹部に聞いて回ると、「育児休業は当然の権利だ」「男も育児に参加するべきだ」などと理解を示す人が多いのにも、また驚いた。
なぜ、幹部の理解がここまで進んでいるのか。

もちろん、法律を作ってきた以上、「隗より始めよ」でやらなければならないというのはあるのだろう。

ただ、取材を進めると、厚生労働省の幹部がこんな事実を明かした。
厚生労働省 幹部
「女性の社会進出が進み、2015年に当時の政権が1億総活躍の実現を打ち出したことが大きな転換点だった。当時、首相官邸に各省庁の事務次官が呼ばれ、男性育休を進んで取らせるようにと指示があった。いまは取ってもらうと、上司としては自分の評価にもつながるようになっている」
内閣人事局によると、4年前(2018年)からは、管理職が半年に1回立てる業務目標のなかに、部下の育児休業などの取得の目標を盛り込むことになったという。

上司が休みの計画を立てているか、代替要員を確保しているかなどが人事評価の対象となるそうだ。
国土交通省 幹部
「もちろん、それだけで全体評価が決まるわけではないが、取らせないと評価が下がる」
厚生労働省 幹部
「人が減って困るというのが正直なところだが、NOと言ったら人事評価が下がるので、取れと言う人は多いと思う」
どんな組織でも、人事評価は人を動かす切り札だ。

でも、理由はそれだけではない。
環境省 幹部
「ただでさえ若手はどんどん減っているのに、育休が取れない霞が関だと若手がさらにやめてしまうというのもある」
確かに、若手官僚の霞が関離れは深刻だ。

内閣人事局によると、令和元年度、自己都合で退職した20代の官僚は86人。

6年間で4倍以上に急増している。

さらに新卒の大学生の就職先としても、霞が関の人気は低下している。

このままでは、優秀な人材が減って官僚組織が維持できなくなる…。

幹部たちからはそんな危機感もにじみでていた。

進む法整備 なにが変わる?

育児休業が取得できる環境を整える動きは霞が関だけにとどまらず、社会全体に大きく広がりつつある。

来月からは育児・介護休業法の改正によって、民間企業では、段階的に育児休業の取得を促す施策が拡大される。
ことし4月1日~
▽事業所に対して従業員へ制度の周知を義務づけ。

▽育休取得の意向を確認することなど義務づけ。
ことし10月1日~
▽「産後パパ育休」の制度創設。
子どもが生まれてから8週間以内に合計4週間の休みを2回に分けて取得可能に。

▽原則1歳までの2回の育児休業の取得とあわせて、最大4回に分けて育児休業を取得することができるように。
来年4月1日~
▽従業員1000人以上の企業は、取得率の年1回の公表を義務づけ。

期間と時期が課題に

霞が関が主導し、社会全体で変革が進む男性の育児休業。

ただ、まだ満足がいく内容ではないとの声もあがる。

例えば、霞が関の場合、育児休業を取得した人たちの取得期間をみると、7割は(70.5%)は冒頭で紹介した左向さんのように1か月以下。
1か月以下の内訳をみると
▽5日未満は3.3%
▽5日以上から2週間未満は18.3%
▽2週間以上から1か月以下は48.9%となっている。
内閣人事局 2021年11月25日発表
さらに若手官僚たちへの話からは、取得する“期間”だけでなく、“時期”についての課題も浮かびあがってきた。

去年、2か月間の育児休業を取得した20代の男性官僚。

子どもが生まれた時は、まさに政策立案を進めている最中だったという。

自分が抜けると業務が進まないと、出産後すぐに取得することは断念。

政策のめどがたってから、出産の2か月ほど後に育児休業に入った。
20代官僚
「取りやすい雰囲気はあるが、抜けた時に穴埋めできる人がいない。制度は整っていても、マンパワーが追いついていない」
別の30代の男性官僚は、新型コロナの対応にもあたっていたため、特に業務が忙しくなる国会や予算の時期を避けて分割して取得したという。
30代官僚
「妻はそもそも休みを取れることにびっくりしていた。ただ『育休を取得できるくらい霞が関は暇なのか』と思われてしまうと実態としてはそんなことは全然ない」

どうすれば育休取得できる?

ワークライフバランスに詳しい専門家は、制度があっても希望どおりに取得できないのは日本の仕事のあり方に問題があると指摘する。
大和総研 是枝俊悟 主任研究員
大和総研 是枝俊悟 主任研究員
「保育士や薬剤師など役割が一定程度決まっている専門職であれば、必要な人数の人材を確保すれば休みは取得しやすい。しかし、日本では官僚を含めて多くの仕事が属人的で、誰が何を担うのか、業務範囲があいまいだ。このため誰かが欠けると代替が難しい」
では、どうすれば育児休業を取得しやすい環境をつくることができるのか。

是枝主任研究員は、コロナ禍での経験がヒントになるのではないかと話してくれた。
大和総研 是枝俊悟 主任研究員
「新型コロナの大規模な流行を経て、多くの企業が誰かが突然、勤務できなくなるという事態を経験したはずだ。事業継続のために行った業務の標準化や業務範囲の整理、情報共有の仕組みづくりは、そのまま、誰かが育児休業を取得した際にもいかすことができるのではないか」
育児休業の制度と、現実の働き方とのかい離をどう埋めていくのか。

“99%の取得率”は、社会全体で乗り越えなければならない課題を、提示しているのかもしれない。
社会部記者
杉田沙智代
2010年入局
和歌山局・大阪局では主に事件や災害担当
2016年から社会部で国土交通省、環境省を経て現在は厚生労働省の担当

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