知っていますか?“アロマンティック・アセクシュアル”

知っていますか?“アロマンティック・アセクシュアル”
“他者に恋愛感情を抱かない“(アロマンティック)

“性的に他者に惹かれない”(アセクシュアル)

この言葉を初めて聞く方も多いのでは。

「喜怒哀楽はあるし、恋愛以外の『好き』は知っています。家族や友だちのことは大切に思っているし、大好きです」

NHKで放送中のドラマ「恋せぬふたり」で、当事者として番組の考証チームに加わっている なかけんさん(本名・中村健さん)は、こう話す。

なかけんさんは、自身が自認するアロマンティック・アセクシュアルも含めた多様なセクシュアリティについて理解を広める活動をしている。

多様性を認め合い、誰もが自分らしく暮らせる社会をめざして…。

学生時代の「恋愛」が分からない日々

神戸に生まれ、両親と姉と自分の4人家族で育ったなかけんさん。

学生時代は、男女関係なく友人がいたが、「○○さんが○○さんのことを好き」といった噂話はあまりよく分からず、うまく会話に乗ることができなかったという。

ただ、この頃は「恋愛」というものが存在しているという考えも頭になかったため、恋愛についてモヤモヤすることはほとんどなかった。

中学校の時には当時、仲の良かった女子生徒から「つきあってください」と告白されたことがある。

「買い物に誘われた」と思い、予定が空いていたので素直に「いいよ!」と応えた。

交際関係にあると思わず、その彼女と普段通り遊んでいたら、いつしか距離を感じるようになった。

後に「つきあい始めたのに進展がなく、彼女はうんざりしていた」という話を友達から聞かされた。

ネットでたくさん検索し、「(アロマンティック・)アセクシュアル」という言葉をみつける(当時は「アロマンティック」という言葉は日本ではほとんど使われていなかったという)。

自分がモヤモヤしていたことが、その言葉によってはっきりとかたちになった。

そして、17歳の時に自認。

その後、様々なセクシュアリティについて発信するために、動画を制作したり、NPO法人のメンバーとして性的マイノリティの当事者が集まるオフ会を開くことも多くなっていった。

アロマンティック・アセクシュアルの中にも多様性が…

『全てのセクシャルマイノリティに居場所とコミュニティを』というモットーに活動するNPO法人「にじいろ学校」に参加していたなかけんさん。

この日は、アセクシュアルの人たちの交流会が行われていた。

参加している人たちの名札を見ると、ニックネームとともに自認しているセクシュアリティを書く欄がある。
「アロマアセク(アロマンティック・アセクシュアルの略称)」と書いている人もいれば、「ロマアセク(他者に恋愛感情を抱き、性的に惹かれない)」「リスロマンティック(恋愛的に惹かれるが、その感情を返してほしいとは感じない、または、パートナー関係になることにこだわらないセクシュアリティ)」など多様なセクシュアリティが書かれている。

アセクシュアルといっても一様ではない。

会を行うときになかけんさんは、なるべく細かな言葉の定義にこだわりすぎず、様々なセクシュアリティの人たちを受け入れようと心がけている。

セクシュアリティや持っている背景、価値観などが微妙に違っても、日常で感じる違和感や孤独感、ときには「あるある話」や愚痴を共有することはできると考えているからだ。
なかけんさんが考証に参加するドラマ「恋せぬふたり」には、アロマアセクの当事者6名も出演する交流会の場面が出てくる。

撮影にあたり なかけんさん含む考証チームが重視したのは、アロマアセクの”多様性”を描くこと。

岸井ゆきのさん、高橋一生さん演じる主演の二人は「アロマンティック・アセクシュアル」を“自認”、さらにパートナーを求め“新しい家族の形”を模索している(アロマンティック・アセクシュアルの二人が縁あって同居を始める)。
一方で、なかけんさん含む考証チームは、主演の二人とは異なる様々なアロマアセクの姿を描くことが必要だと考えていた。

実際、アロマンティックやアセクシュアルの人の中には「一人で生きていくのが楽しい人」「自認に迷っている人」「ロマンティック・アセクシュアルの人(他者に恋愛感情を抱き、性的に惹かれない)」「同居はしていないパートナー関係」など様々な人がいる。

さらに、「こうした人たちもアロマンティックやアセクシュアルの多様性の一部であって全てではない」という。

データで見るアロマンティック・アセクシュアルの多様性

なかけんさんは研究者などと協力し、こうしたアロマンティックやアセクシュアル、その他周辺のセクシュアリティ(Aro/Ace)における多様性を大規模なアンケート調査によって確認してきた。

例えば、「アロマアセクにおける特定の行為に対する嫌悪感の分布」では「キスをする」ことに対する嫌悪感は75%の人が感じる一方、「手をつなぐこと」は27.9%、どれにも嫌悪感を覚えない人も22.4%いる。

ドラマでは岸井さん演じる咲子が手をつなごうとするものの、高橋さんが拒絶する場面が出てくるが、それも多様性を描いた場面である。
「恋愛・性的ではないパートナーを望むか」については、半数以上の人が「1人、パートナーを望む」と回答。

恋愛的にも性的にも惹かれなくてもパートナーを望んでいる人たちがいることがわかる。

一方で、「望まない」と答えた人は21.7%。

このような観点からも、アロマンティック・アセクシュアルの中に多様性があることがわかる。
ドラマでは、岸井ゆきのさんと高橋一生さんが演じる主人公二人の「家族」についての話が中心となる分、「一人で生きていくのが楽しい人」が見えにくくなっていると考えたなかけんさん。

そこでアロマアセクの交流会のシーンでは、「パートナーがいなくても毎日楽しくて満足」「家族…うちには正直わかんないです。一人が寂しいとかパートナー欲しいとか」という“一人が楽しい”人がいることを表すセリフがあり、それは当事者の多様性を伝えたいという考証チームの考えが反映されている。
一人一人が異なる多様性。

なかけんさんたち考証チームはメディアを通じて「アロマンティックやアセクシュアルはこういう人たち」というステレオタイプな像が生まれないよう、心がけている。

相互に理解できる社会を目指して

2月12日、なかけんさんは駒澤大学に向かっていた。

「家族社会学」「現代家族とジェンダーについて」を専門とする松信ひろみ教授とともに、ドラマを題材として、アロマンティック・アセクシュアルなどのセクシュアリティの多様性と現代社会について、学生たちと意見を交わすためだ。
ドラマの場面を振り返りながらの質疑応答の中で、学生の中から、現代社会のステレオタイプとしての台詞についての質問があった。

20代で独身の咲子に同僚が「恋より仕事キャラ継続中?」と問いかける場面。
3年生の中川拓夢さんは「結婚適齢期という言葉もあるが、なぜ若者の間で恋愛した方が良いという、風潮が根付いているのか」という疑問を持ったという。

これに対し、なかけんさんは、「恋愛と結婚と出産の3つをまとまりとして捉えている社会通念のようなものが根本にある」とした上で、「健康に子供を産める年という理由で20代から30代の人が恋愛というものを“強制”させられる。それが社会として、幸せ、一般的な形だという風にしてきた歴史が背景にある」と答えている。

“恋愛を強制させられる”と表現したなかけんさんの答えに、アロマンティックの人の恋愛に対する捉え方の一端を感じた。
松信教授も「男性が女性に発言するところにも、ちょっと私も違和感を持った。男性に対してだったら愛より仕事って言ってもすんなり受け入れられるような気がするが、女性に対して恋愛より仕事?結婚しないの?というと女性が“強制”されているように感じる」と指摘した。

なかけんさんたちが行ったアンケートでも、アロマアセクの人たちは恋愛的な話に対して嫌悪感を持つ人たちも一定数いることがわかっている。
自分の恋愛話を聞かれることに嫌悪感を覚える人の割合は67.1%、一方で他人の恋愛話も含めどれにも嫌悪感を覚えない人は26.1%いる。

なかけんさんはこうしたデータを通じて恋愛話は誰もが楽しめる、または誰もが好きな話題ではない、ということを広く知ってほしいと考えている。

性的マイノリティへの理解不足を解消したい

また、ドラマで咲子がアロマンティック・アセクシュアルであることを家族にカミングアウトしたところ、妹の夫で教師の大輔が「あれですかLGBT的な、授業で生徒に教えていますけど」と発言する場面について考えたいという声もあった。

大学2年生の平安山八広さんは「大輔さんが教師で、授業で教えているから自分は理解しているだろうという思い込みが感じ取れた」という。

大輔の妻で咲子の妹役を演じた北香那さんはこの場面について、撮影が終わった後も大輔のような発言が現代社会でも無意識のうちにあるのではないかと、考えていたという。

その上で、様々なセクシュアリティの人に対する接し方としての意見を述べた。

「誰一人として他人を100%理解は出来ない、ただ、それでもできることってなんだろうと考えたときに“寄り添うこと”はできるって思ったんです。そして、もしかしたらそれ以上しようとするのは傲慢かもしれない、と」

なかけんさんも他人のセクシュアリティを完全に理解することの難しさを感じている。

北さんの発言に同調する形で「私もアロマンティック・アセクシュアルの当事者ではあるものの、その逆のロマンティックとかセクシュアル、つまり恋愛感情を抱くとか、性的に惹かれることがどういう状態かは完全には理解できない。でも、その中で寄り添っていくことは、できると感じている」と発言した。
ドラマの企画を担当したディレクターの押田は、この場面、脚本家と相談しながら大輔の職業をあえて教師に設定したという。

「学校の先生のように知識を持つことによって分かった気になっている人が実は多く、知識として持つことと本当の意味で理解することは違うのではないかということを訴えたかった」とその背景を語った。

なかけんさんも幼い頃からの教育がセクシュアリティに対する多様性を理解する上で非常に重要だという。

「例えば教育において、異性を好きになるということを断言されてたら“あ、異性しか好きにならないんだ“とか”そもそも、みんな恋愛するんだ“っていうことが子どもの頃からずっとすりこまれてしまう。だから教育現場におけるセクシュアリティに関するプログラムを変えていく動きも必要になってくると思ってます」

だが、アロマンティックやアセクシュアルはLGBTに比べて知名度はまだまだ低い。

実は、大阪市民を対象に行ったアンケートでは、社会的にも広く認知が進んでいるゲイやレズビアン(0.7%)とほぼ同じ割合でアセクシュアルを自認する人がいることがわかった(0.8%)。 
(出典 Hiramori and Kamano 2020)

松信教授も「セクシュアル・マイノリティの方は左利きの方と同じくらいいる」と語るなど、自分たちの身近に様々なセクシュアリティの人がいることを日頃から意識する必要が求められている。

なかけんさんの目指す社会は…

ドラマを通じて、アロマンティックでありアセクシュアルである主人公の二人が、周囲の理解がないために悩み、苦しむ場面が度々出てくる。

そうした場面は一つの例であって、アロマンティックの人もアセクシュアルの人もそれぞれが異なる悩み、多様性を持っていることを知ってほしいと付け加えた。
なかけんさん
「自分自身のセクシュアリティについて、ずっと考えてきました。なんとなく分かったと思ったら、でも、ちょっと違うみたいなことを繰り返して、生きてきました。なので、私もセクシュアリティについて聞かれると、現時点での自認がそうであるとしか言えません。でもそれで良いと思うんです。セクシュアリティの名前や定義も大切ではありますが、それ以上に、マジョリティとされている人たちを含め一人一人が違う性のあり方を持っていて、グラデーションがあるという前提が広がってくれればうれしく思います」
多様性を認め合い、誰もが自分らしく暮らせる社会をめざして…。
なかけんさんの活動は続いていく。
アロマンティック・アセクシュアルについてはインスタでもご紹介しています。
https://www.instagram.com/nhk_sdgs
(NHKのサイトを離れます)
参考文献 Hiramori,D.and Kamano,S.(2020)Asking about Sexual Orientation and Gender Identity in Social Surveys in Japan: Findings from the Osaka City Residents’ Survey and Related Preparatory Studies,Journal of Population Problems,Vol.76,No.4,pp.443-466.
第4制作ユニットディレクター
押田友太
2013年入局
広島局を経て現所属
朝ドラ「おかえりモネ」などを担当