俳優の宝田明さん死去 映画や舞台 テレビなどで幅広く活躍

戦後を代表する二枚目俳優として、映画や舞台、テレビなどで幅広く活躍した宝田明さんが、今月14日、肺炎のため都内の病院で亡くなりました。87歳でした。

宝田さんは旧満州で幼少期を過ごし、1953年に俳優生活をスタートしました。

1954年には「かくて自由の鐘は鳴る」で映画デビューし、怪獣映画「ゴジラ」では、ゴジラに立ち向かう青年の役を演じました。

宝田さんは長身かつ美形の二枚目俳優として東宝の看板スターとなり、その後、200本以上の映画に出演しました。

1964年には「アニーよ銃をとれ」でミュージカルに挑戦するなど舞台俳優としても活動を続け、数々の賞を受賞しました。

その後も、連続テレビ小説「私の青空」や「カーネーション」、大河ドラマ「徳川慶喜」、バラエティ番組「サラリーマンNEO」など、NHKや民放のテレビに多数出演し、ダンディーな紳士からコミカルな役どころまで幅広い演技で親しまれました。

来月には宝田さんが主演を演じた映画の公開を控え、今月10日の舞台あいさつにも登壇していました。

所属事務所などによりますと、宝田さんは今月14日、肺炎のため、都内の病院で亡くなったということです。87歳でした。

宝田さん “反戦の思い” 訴え

宝田明さんは2006年からは、医師の故・日野原重明さんが企画した命の大切さを呼びかけるミュージカル「葉っぱのフレディいのちの旅」の出演を毎年続け、全国からオーディションで選ばれた子どもたちとの舞台作りをライフワークにしていました。

また宝田さんは、少年時代の戦争体験と半生を描いた朗読ミュージカル「宝田明物語」にも力を入れ、次の世代に平和の尊さを訴える活動を今後も続けていきたいとしていました。

宝田さんは2014年12月3日、NHKの番組「ゆうどき」に出演した際、子どもの頃に旧満州で戦争を体験し、戦後、日本に引き揚げたときに沈んだ気持ちを癒やしてくれたのが芝居だったというエピソードを明かし「人間の犯した大罪は戦争だと思う。戦争をみずから犯してもいけないし、加担することがあってもならない。これからもそのメッセージを伝え続けていきたい」と語っていました。

また、今月10日には、宝田さんが主演を務めた映画の舞台あいさつで、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が続く情勢を踏まえ「平和を愛する国がじゅうりんされているこの現実を見た時に、われわれはもう少し社会性を持った映画も作らなければいけないという気もします」などと話していました。