「死」の間際、あなたは何を選ぶ?

「死」の間際、あなたは何を選ぶ?
新型コロナの感染拡大やウクライナへの軍事侵攻で、死について考える機会が増えたという人も多いのではないでしょうか。死に直面した状況を想定して自分が本当に大切にしているものを見つめ直してもらおうという取り組みが秋田市で行われています。人生の最期に選ぶのは「家族」?「夢」?それとも…
(秋田放送局記者 立石阿稀子)

「死の体験旅行」

静寂に包まれた寺の境内で副住職がゆっくりと口を開きました。
「お一人お一人、ご自分と向き合っていただきます」
ここは、秋田市の寺、行われているのは『死の体験旅行』という一風変わった名称が付けられたワークショップです。

集まったのは、大学生や主婦など年齢も職種もさまざまな11人。重い病気を経験したという人もいれば、コロナ禍で改めて命について考えたいという人もいます。
参加者にはまず、20枚のカードが配られます。

4つのテーマごとに5枚ずつ、それぞれ色分けされています。
ピンク:「夢」
青:「思い出の場所」
白:「大切にしているモノ」
黄:「大切な人の名前」
参加者は、じっくりと考え思い思いに20枚のカードに書き込みます。そして、部屋の照明が落とされると、目を閉じて住職の話に耳を傾けます。
齋藤副住職
「あなたは体調がすぐれず、病院で診察を受けました。結果が出るまでの間、心配で胸が押しつぶされそうでした。病院のロビーで待っている時間がなんと長く感じることか。とうとうあなたの名前が呼ばれました。診察室に入ると先生が『たぶん心配ないとは思いますが精密検査をしましょう』『精密検査?』…。カードの中からなくしてもいいものを1枚選び、丸めて床に捨ててください」
参加者は、重いがんを患った想定で、死に向かってシナリオが進むにつれてカードを減らしていきます。

最後に残った1枚が、いちばん大切な人やモノということです。

最初は迷い無く減らせるけれど…

参加した1人、秋田市の大学に通う石川日向子さん(23)です。

きっかけは、「コロナ禍」と「秋田県の自殺率の高さ」でした。
石川さん
「秋田県は全国的に自殺者数が多くて、私はその中でも自殺者が多い地域の出身です。幼いころから身近にあった『死』と向き合いたいと思って参加しました」
石川さんが書いた20枚のカードを再現してもらいました。(※名前などは一部、簡略化しています。)
「家」や「車」のほか、好きな場所の「森」、夢は海外に留学し「大学院に行く」と書きました。そして、家族など親しい人の名前も。

最初のほうは迷うことなくカードを減らせたという石川さん。

モノに執着がないということで、「車」や「PC」などのカードを丸めて捨てていきました。
しかし、シナリオが進むと、次第に悩み始めました。

病気の進行が早く打つ手がなくなり、激しい痛みも感じるようになったと告げられます。
齋藤副住職
「髪の毛やまゆげ、まつげまでもが抜け落ち、ほおの肉はそげ、肌はひび割れ黒ずんでいます。あらゆる行動が難しくなり、自分の体が自分のものでなくなったような気がしてきます…。目を開けて紙を2枚選んで捨ててください」
ここで、石川さんは夢だった留学を諦めました。
石川さん
「夢を諦めることの悲しさと、『いま自分は本当に具合が悪いんだな』という怖さで手が震えていたと思います。この夢をかなえないと死ねないなとずっと思っていたので」
ほかの参加者も、カードを選ぶのに時間がかかるようになりました。中には、一度捨てたカードを再び手元に戻す人や、時間ぎりぎりまでカードを選べない人も。

会場は一段と静まり、参加者のすすり泣く声も聞こえてきました。

「死」の間際の選択は

そして、運命の時。

石川さんの手元には「母」と「父」の2枚のカードが残りました。
齋藤副住職
「自分が生きているのか死んでいるのか、現実なのか夢なのかわからなくなります。誰かがあなたの手を握り、あなたの名前を呼ぶのがわかりますが、返事をする力もなくわずかに手を握り返すことしかできません。きょうが自分にとって最期の日になるだろうと直感します…。目を開けて1枚、紙を手放してください」
石川さんが最後まで残したのは、「母親」でした。
石川さん
「最期に手を握っていてほしいのは母だと思いました。母はいちばんの親友みたいな感じで、大好きで尊敬している人です。父も好きですが、父は私の具合が悪い姿をみてショックを受けてしまうのではないかと考えました。最期に大切な人を取捨選択しなければならない時に、心臓がどきどきして、すごく体が重く感じました」
選択を終えた参加者たちは、最後の1枚に何を残したのか、その理由とともに互いに打ち明けました。
参加した女性
「正直私は『子ども』だろうなと思っていました。しかし、やってみて最後に残ったのが『夫』で、いちばんびっくりしました。そこが大事だというのがすごくわかってよかったです」

別の女性
「『そのままの私でいること』というカードを残しました。走馬灯の最期は『楽しかった』で終わりたいと思って、今後は、そこに向かって生きていきたいと思いました」

「死」と向き合い、得たものは

最後の1枚に、ペットの「猫」が残ったという女性もいました。金子麻理さん(35)です。

12年間、英語教師をしていましたが、体調不良をきっかけに休職し、昨年退職。自分が本当にやりたいことは何か整理したいと参加したそうです。
金子さん
「本当に意外なものが残ったという感じでした。絶対的に自分が守りたい存在であったり、自分を無条件に愛してくれたり受け入れてくれたりする存在です」
実は金子さん、カードに「夫」が残らなかったことに驚きを感じました。

このことを後で夫に正直に伝え、夫婦で真剣に話し、お互いの胸の内を明かしたことで、以前よりも夫婦の絆を感じるようになったといいます。
一方、「母」を残した石川さん。

「死」について考えたことが、夢だった海外への留学に踏み出すきっかけになったといいます。
石川さん
「いままでは遠い未来のこととして描いていたんですけど、誰でも、いますぐ死ぬ可能性は少なからずあると思うと、いま踏み出しちゃっていいんじゃないと思うようになりました。死ぬことを想像したことで、いまを生きているんだと思います」
齋藤副住職
「コロナ禍のいまだからこそ開催することで、立ち止まってわれわれの命とは何かを再度考えることができます。死について考えるというのは生きることを考えることにつながると思っています」

大切な人やモノに囲まれて存在している

このワークショップは、欧米のホスピスで始まったとされています。終末医療に従事する医師や看護師が、自身の死を想像することで、死と向き合う患者や家族の気持ちを深く理解できるようになるといいます。
死生観の対話の意義について研究している京都女子大学の吉川直人助教は、このワークショップが自分を見つめ直すために有効な方法だと指摘しています。
吉川助教
「自分の死と向き合って、他者に開示しシェアすることで、ネガティブな思いを抱えた人が大切なものに気付くきっかけにもなります。また、『ほかの人も同じようなことを思っていたんだ』というつながりや癒やしが生まれます。自分の『生』をプラスに考えることにつながるのではないでしょうか」
「死の体験旅行」では、最後に残した1枚のカードも手放し、「死」を迎えます。

そしてこう語られるのです。

「あなたはいま生きています。そしてあなたは大切な人やモノを手放してはいません。大切な人やモノに囲まれて存在しています」
秋田放送局記者
立石阿稀子
令和2年入局
秋田市政担当
最後に残ったカードは「妹」でした