さよなら! 白いロマンスカー

さよなら! 白いロマンスカー
家路を急ぐ人たちで混み合う新宿駅。3月11日の夜、去りゆく姿を一目見ようと、いつも以上に多くの人たちが、訪れていました。人々の視線の先には、真っ白で滑らかな流線形のボディー。「白いロマンスカー」として親しまれた小田急電鉄の特急列車・VSE50000形が、この日で第一線から退きました。「白いロマンスカー」の秘話を、VRカメラで撮影した映像とともにお届けします。
(映像センター カメラマン 桐谷真人)

絶景を届ける展望席

東京都心と箱根を結ぶ観光専用特急として、2005年に誕生したVSE。特徴は、車両の前面に設けられた展望席です。

従来のロマンスカーより天井を45センチ高くし、高さおよそ2.5メートルのドーム型の天井を設けて、大きな窓に広がる絶景を楽しめると人気を集めました。

VSEの定期運行が終了するのを前に、特別に許可をもらって、展望席からの眺めを360度の範囲を撮影できるVRカメラで記録しました。

※下の動画は好きな方向に動かせます。
※スマートフォンで『“www3.nhk.or.jp”が“動作と方向”へのアクセスを求めています』と表示された場合は「許可」を選択してください。
大きな窓から見える景色と、座り心地のよいシート、広々とした車内が旅の特別感を醸し出します。

展望席可能にしたのは…

先頭車両の最前列に展望席を設けたVSE。運転席は、どこにあるのでしょうか?

運転士は、先頭車両に乗り込むと、収納されているはしごを出します。
実は運転席は、展望席の上にあるんです。

そこは、立つのが難しいほど狭い空間。窓は小さく、開けることはできず、冷房設備もありません。
運転士は、足を前に伸ばした姿勢で、列車を操縦します。

まるで航空機のコックピットのようです。

運転士歴29年の石井芳治さん(50)はこう話していました。
石井さん
「運転席は、広いとはいえないが集中できると思います。揺らさないよう急加速や急減速はせず、気がついたら目的地に着いていたと思ってもらえるような運転を心がけてきました。目的地に着いた時に狭い運転席の窓に向かって、乗客が手を振ってくれた時は、仕事のやりがいを感じます」

快適な乗り心地の秘密は足元に

ホームからはふだん見ることができない足元にも、乗り心地を追求したVSEならではの工夫があります。

「連接台車」と呼ばれる構造で、一般的な列車とは違い、台車が車両と車両をつなぐ部分にあります。

下の画像は、「連接台車」をさまざまな角度から撮影した写真を組み合わせて、立体的に再現したものです。
画像を指やマウスで動かして、ふだんは見えない部分もお楽しみください!
「連接台車」は、横揺れを抑える効果があり、カーブが多い箱根までの道のりでも、乗客が揺れを感じず快適な旅を楽しめるよう導入されました。

カップに紅茶を注いで提供するサービスがあった当時は、机に置いても中身が、こぼれなかったというエピソードもあります。
VSEの導入当初から検査や修理に関わってきた整備士の高橋和志さん(54)は、初めて見たときは「かっこいい」ということばしか思いつかなかったと、当時を懐かしんでいました。
高橋和志さん
「当時の最新技術のすべてが詰まっていました。こんな列車があるのかと、ほれぼれしました。最新技術の塊で整備も難しかったですが、手がかかる子は、かわいいのと同じで、本当にかわいい子でした。『お疲れさま』という気持ちと、『まだまだ走れるのに』という気持ちが交錯します」

時代の変化、特別な仕様が引退早める原因に…

およそ2000万人が利用し、人気を集めたVSE。なぜ、ロマンスカーの中で、最も短い20年足らずで、引退することになったのでしょうか。

新型コロナウイルスの感染拡大で観光客が減少する一方で、座って通勤したいというニーズは、底堅くあると言われています。

ロマンスカーも平日朝のラッシュ時間帯の本数を増やしていて、広々とした車内を実現するため、ほかのロマンスカーより座席数が少なく設計されたVSEにとっては、不利な方向に環境が変化しました。

小田急電鉄は「座席数が直接的な原因ではなく、車両が経年劣化しているため大規模な改修ができるかどうか検討したが、特殊な技術を使っているため費用もかかり、残念ながら残すのは難しいと判断した」と説明しています。

家族の思い出がつまった車両

引退が発表されて以降、別れを惜しむ乗客たちの姿が、多く見られるようになりました。

東京 新宿区の千葉浩史さん(49)は、2月末、妻と長男の3人でVSEに乗りに来ました。
VSEに初めて乗ったのは、長男が5歳だった6年前。当時、千葉さんは仕事が忙しく、子育てを妻に任せっきりにしていました。

妻への感謝の気持ちを込めて、箱根の旅行に利用したのがVSEでした。
千葉浩史さん
「車内でガラスのカップに入れて提供される紅茶を、おいしそうに飲む妻と、窓の外の景色に興奮する息子の姿を見て、家族と過ごす穏やかな時間の大切さに気付きました」
川崎市の花渕裕一さん(33)は、3月上旬に父母と叔母の4人で、VSEに乗りに来ました。
花渕さんの家では、家族や親戚が集まって旅行をするのが毎年の恒例行事で、かわいがってくれた祖父母とVSEで旅をした思い出を楽しみたいと、今回の乗車を決めたと言います。
花渕裕一さん
「優しかった祖父母は亡くなってしまいましたが、当時の思い出がよみがえりました。新型コロナの感染拡大後は、家族や親戚が集まる機会はめっきり減りましたが、VSEがみんなで顔を合わせる機会を与えてくれました」

さよなら白いロマンスカー

定期運行を終えたVSEは、今後、臨時ダイヤでのイベント列車として使用されたあと、来年の秋ごろに引退する予定です。

真っ白な車体と洗練されたデザインで、ロマンスカーのブランドイメージ向上に大きく貢献した「白いロマンスカー」VSE。
快適な空間と乗り心地を提供して、移動自体を楽しむという設計思想で作られたVSEは、効率性やスピードが優先されがちな今の時代に、心のゆとりの大切さを教えてくれたのかもしれません。
映像センター カメラマン
桐谷真人
2002年入局
静岡局、名古屋局などを経て現所属
主にVR・ARを活用した取材を担当