怒りの矛先 向ける相手は文化じゃない

怒りの矛先 向ける相手は文化じゃない
「YouTubeでロシア料理やったら『ウクライナの人の気持ち考えろよ』ってコメント来たんですが、これだけは言っておくけど【料理に罪はない】」

怒り、憎しみ、悲しみ。
私たちはその矛先を、正しい方向に向けているでしょうか。

(ネットワーク報道部 村堀等 斉藤直哉 國仲真一郎)

料理に罪はない

冒頭の文章は、料理研究家でユーチューバー、リュウジさんのツイートです。

今月9日、YouTubeに「鶏肉の無水バター煮」のレシピを公開し、ロシアの料理を参考にしたものだと紹介したところ、一部から批判的なコメントが寄せられました。
ネット記事に掲載されたあとには「ロシアの文化は全部排除しろ」といった過激な意見から「この時期にロシア料理なんて炎上させて収益が目的ではないか」といったものまで、料理とは関係ない反応が相次いで寄せられたといいます。

公開した動画は現在30万回以上再生され、リュウジさんは得られた広告収入を全額ウクライナの医療のために寄付することを決めたといいます。
リュウジさん
「ロシア料理を食べることがロシアの戦争を応援することには絶対にならないと思っています。炎上はしましたがそれでも伝えたいことがあったし、批判する人はほとんどが『ロシア』という単語への嫌悪感からなのかなと思っています」
リュウジさんは戦争には明確に反対だとしたうえで「文化には罪はない」ということを多くの人に伝えたかったと説明してくれました。
リュウジさん
「文化と政治は切り離して考えなくてはいけない。だから今後、僕のような料理研究家やロシア料理店がロシア料理のレシピを出したりしても批判するのはやめてもらいたい」
(記事の最後にリュウジさんがウクライナ料理を参考にして考案した未公開レシピを紹介しています)

ロシア文化を学ぶ人たちは いま

ロシアの文化までも排除するような動き。ロシアについて学んできた人たちにも不安や動揺を与えています。
東京外国語大学 前田和泉教授(ロシア文学が専門)
「特に若い世代の卒業生にとってロシアやウクライナは留学をしたり友人がいたりと親しみのある場所で、そこで戦争になったというショックが大きいです。さらにはロシア語や文化を学んできた人たちへの“ヘイト的なもの”が来るのではないかと危機感を持っている人たちもいます」
ロシアによるウクライナ侵攻が始まって以降、前田教授のもとには卒業生から不安やつらさを訴える声が寄せられていました。実際にロシア文化関連のイベントが中止に追い込まれたり、SNS上でロシアにゆかりのある人たちや、研究者、学生、ロシア料理店の関係者たちに誹謗中傷が寄せられたりということも起きていました。
東京外国語大学では今月、ロシア語専攻の日本人教員たちが「ロシア軍によるウクライナ侵攻に対する公開抗議声明」と「卒業生へのメッセージ」を立て続けに公開、「文化と政治は別だ」「いまだからロシアを学ばなければならない」など大きな反響を呼びました。

”文化の排除は 自由の排除だ”

「文化」と「政治」の関係について、前田教授はロシアに特有の歴史的な背景を説明してくれました。
前田教授
「ロシアの芸術や文学は、帝政時代から言論の自由がない中で、少しでも自由に物を考えたり意見を発表したりという場を人々に提供してきました。権力と対峙しながら、時に戦い、時に妥協し、そんな複雑な営みが秘められています。ロシアの文化を排除することは、彼らが自由に息をしてきた空間を排除することにもなりかねません」
ロシア国内では軍事侵攻に反対する人たちに対して政権側の厳しい取締りが続いています。「ソ連時代がよみがえった(前田教授)」かのような状況下でも、文化の果たす役割は変わっていないといいます。
前田教授
「管理社会を描いたアンチ・ユートピア小説をロシア国内の書店が平積みにしている写真がありました。『戦争反対』『プーチン反対』と大声で言えない状況下で、ロシア文化はいまも意思表示をする役割を果たしてくれているんです」

#春から外大 新入生は何を思う?

この春、ロシア語専攻に入学する新入生のひとりが、なぜロシアを選んだのか、軍事侵攻についてどのように感じているか話してくれました。

「エネルギー資源や企業の進出先としての価値に将来性を感じ、ロシア(ロシア語)を学ぶことを決めました。正直なところ自分自身のなかで『戦争』というものの実感・意識は全くなく、対岸の火事のように考えてしまう面もあります。しかし、ロシア・ウクライナ含めてすべての国にとって憂える事だと思いますし、そうでなくてはいけないと考えます」

今回の大学側のメッセージをどう受け止めたのかも聞いてみました。

「われわれが学ぶ目的は今回のような悲劇を生まないように、広い視野からの取り組み、異文化間の懸け橋となることだと十分理解していますし、今回の情勢の不安定化を受けてもその必要性は全く変わるものではないと感じました。また私たちはそのために学ぶのであり、挑戦するのであるともう一度確認することができたと思っております」

垣根を越えようとしなければ

「世界の諸地域の言語・文化・社会・歴史を学び人間の直面するさまざまな課題に広い視野から取り組み、異なる文化間の懸け橋となる人材を育てることを目指す」

「卒業生へのメッセージ」で反響を呼んでいたのが、大学が掲げている目標を掲載したこの一文でした。
前田教授
「違う人のことを知って、違う人との間にある垣根を越えられるようにということがいまこそ大事になっていると思うんです。他者を知ることが重要で、知らないことがヘイトの源泉にもなってしまう。違う人々を理解しようとしなければ、垣根を越えようとしなければ、分断が進むだけだと思います」
ロシアの軍事侵攻が続く中、連日ウクライナ市民の犠牲は増え続けています。国際社会の分断は深まる一方で、解決の糸口は見えません。こうした中で怒り、憎しみ、悲しみが私たちを支配してしまうことは避けられません。

ただ、その感情の矛先を向けるべきは、戦争であり、暴力であり、それを主導する人々で、決して文化や料理、善良な市民ではありません。

理不尽さに声を荒らげ、拳を振り上げる前に、怒号と拳の先には何があるのか、一呼吸して考えてみたいと思います。

新しいことを知るために

冒頭で紹介したリュウジさん。
批判的なコメントの一方で、ツイッターには、レシピ動画を見た人から「私もつくってみました」「おいしかったです」といった声が届いていました。

ロシア料理もウクライナ料理とも以前から親しみがあり、数年前からいくつかレシピを考案していたということです。

そんなうちの1つを、今回特別に教えていただきました。これまで知らなかったものを知るきっかけに、今夜作ってみてはいかがでしょうか。