震災後 津波の浸水想定区域内に開設の高齢者施設 約1900か所に

東日本大震災で多くの利用者が犠牲になった、特別養護老人ホームなどの高齢者施設。全国5万5000か所の施設の津波の浸水リスクをNHKがビッグデータを使って調べたところ、震災後、津波の浸水想定区域の中に開設された施設がおよそ1900か所に上ることが分かりました。

高齢者施設の浸水リスクの詳しい実態が初めて明らかになり、国は、ソフト・ハード両面で実効性のある対策に取り組みたいとしています。

11年前の東日本大震災では、自力での避難が難しい利用者が多い特別養護老人ホームや介護老人保健施設などの高齢者施設も津波に襲われ、厚生労働省や各県のまとめによりますと、岩手、宮城、福島の3県で、74か所の施設が全半壊し、利用者と職員、合わせて638人が死亡しました。

NHKは今回、全国およそ5万5000か所の高齢者施設の去年時点の情報を集めたデータベースを使い、津波の浸水リスクを独自に調査しました。

まず、GIS=地理情報システムという技術を使って調べたところ、全国で3820か所の高齢者施設が国や自治体が公表している津波の浸水想定区域の中にありました。

そして、これらの施設が開設された時期を調べたところ、震災後の2011年4月以降に開設された施設が1892か所と半数近くを占めていました。

このうち1006か所は、浸水想定区域が公表されたあとに開設されていて、少なくともオープンした時点では浸水のリスクを知ることができる状態だったことが分かりました。

高齢者施設の津波による浸水リスクの詳しい実態が明らかになるのはこれが初めてです。

東日本大震災を教訓に国は、津波で深刻な被害が想定される地域では、利用者の安全が十分確保できない施設の建設を自治体が規制できるようにするなど、対策を進めてきました。

厚生労働省高齢者支援課の須藤明彦課長は「国土の狭い日本で災害の危険性のない土地は限られる。安全な土地を確保するために高い費用を払って経営が成り立たず、サービスが提供できなくなっては本末転倒なので、浸水リスクのある場所での施設の整備を一律に認めないというのは現実的ではない」と話しています。

そのうえで「災害が激甚化する中、高齢者が増え続ける日本にとって大きな課題で、ソフト・ハード両面で実効性のある対策に取り組みたい」と話していました。

高齢者施設へのアンケート結果

津波が想定される全国の区域に震災後、開設された高齢者施設にNHKがアンケートを行ったところ、災害リスクのある場所を選ばざるをえなかった事情や、避難対策の限界を訴える声が相次ぎました。

NHKは、データベースを分析して津波浸水想定区域に震災後、開設された全国1892の高齢者施設を特定し、ことし1月から先月にかけてアンケートを行いました。

郵送で行った結果、対象の20.66%に当たる391施設から回答を得ました。

浸水想定区域に開設した理由を複数回答で尋ねたところ、
▽「近隣住民のニーズがあった」が最も多く24%、
▽「まとまった広い土地がほかに無かった」が21%、
▽「建物を高くするなどの対策で安全を確保できると考えた」と
▽「都道府県が浸水想定を公表する前に建てた」がともに17%、
▽「土地取得のコストを抑える必要があった」が15%でした。

自由記述には「地域全体が浸水想定区域だが、地域の高齢者のために施設を作りたかった」とか「市の土地を無償で貸与していただけた」など、行政も含めて地域のニーズを重視した結果だという意見が多くありました。

また、津波からの避難場所や方法を定めた計画を策定しているか聞いたところ、90%を超える施設が策定していました。

一方、これらの施設に計画に沿って全員の安全を確保できるかを尋ねると、
▽「確保できる」が7%、「ほぼ確保できる」が21%だったのに対し、
▽「不安がある」は31%、「やや不安がある」は38%で合わせて7割に上りました。

自由記述では「夜勤は職員1人のため、どれだけ地域の方に助けていただけるか、訓練に参加いただいたことがないため不安」とか「一事業所だけでの対策では限界があるので行政主導、支援が不可欠」といった意見がありました。

また、津波リスクのない場所への移転について意見を複数回答で聞いたところ、
▽「高いコストがかかり現実的ではない」が61%、
▽「適切な用地を確保することが難しい」が46%、
▽「安全確保のためには必要」が32%でした。

行政に求めたいことについての複数回答で最も多かったのは、
▽「移転や避難タワー、スロープなどハード面の対策の費用助成」で52%、
▽「人材確保のための支援」が51%、
▽「介護報酬の拡充」が48%、
▽「災害対策のノウハウの共有」が47%などとなっていました。

大阪 浸水想定区域内に建てた施設は

大阪市此花区に5年前に開設された特別養護老人ホーム「クレーネ大阪」は、南海トラフ巨大地震で3メートルから4メートルの浸水が想定されています。

この施設を運営する社会福祉法人は開設前、3年かけて市内の土地を探しましたが、広さや価格の面で条件にあったのは、地価が大阪市中心部の7分の1程度だった、今の場所だけだったといいます。

また当時の市の調査では、此花区は施設の利用を希望する高齢者の数に対して施設が足りていなかったということです。

施設では、利用者を上の階へ避難させる訓練を重ねていますが、職員の数が少ない夜間の対応など、課題は多いといいます。

沼谷勝之理事長は「収入はどの地区でも一緒なので地価が高い土地での建設は事業として難しい面があった。津波が来るエリアだとは知っていたが、昔ながらの町で高齢者が多く、ニーズが高かった」と話していました。

高知 建設後に津波想定引き上げの施設は

一方、施設が建設されたあとに津波の想定が引き上げられ、対策を迫られている施設もあります。

高知県中土佐町で、土佐湾のすぐそばに位置する特別養護老人ホーム「望海の郷」は震災の1年前、最大で5メートルという当時の浸水想定に基づき新館の建設を始めました。

津波警報が出たら高さ11メートルの屋上に避難する計画でしたが、その後、震災を踏まえて津波想定が見直され、屋上を超える最大15メートルの浸水のおそれがあると分かりました。

周囲に避難できる高台などもないため、施設は「津波救命艇」と呼ばれる水に浮く7台のシェルターを市から無償で貸り受け、2か月に1回、訓練を重ねています。

「津波救命艇」は定員20人で、流れるがれきなどとの衝突にも耐えて救助を待つものですが、施設によりますと利用者は足腰が弱っている人が多く、乗り込むのに時間がかかるうえ、衝突でけがをするリスクもあるといいます。

このため施設の移転も検討していますが、土地代なども合わせると13億から16億円の初期費用がかかることが分かっていて、資金面が課題だということです。

清岡一幸理事長は「利用者と職員、全員が助かる道を見つけるのが私たちの務めだと思っているので移転を目指したい」と話しています。

高齢者施設の津波対策 国の取り組みは

東日本大震災のあと、国は、高齢者施設の津波対策にどう取り組んできたのか。

震災から9か月がたった2011年12月「津波防災地域づくり法」が施行され、都道府県は想定される津波の高さなどを踏まえ、エリアを指定して防災対策を講じることができるようになりました。

このうち「津波災害警戒区域」では、高齢者施設には避難確保計画の策定や訓練が義務づけられ、先月末の時点で18道府県の295市町村で区域が指定されています。

より深刻な被害が想定される地域が指定されるのが「津波災害特別警戒区域」です。

この区域内では高齢者施設の建設は、学校や病院などと合わせ、規制の対象となります。

高齢者が利用する部屋が予想される津波の高さより低いなど、命を守れないおそれがあると判断されると、建設が許可されません。

ただ、これまでに「津波災害特別警戒区域」に指定されたのは、全国で静岡県伊豆市の土肥地区、1か所だけです。

伊豆市では、区域に指定されることで津波のリスクが強調され、観光業などに悪影響が出ると懸念する声が根強くあったということで、全国的に指定が進まない背景にはこうした事情があるとみられます。

浸水想定区域内 高齢者施設の入所者数

今回の調査では、津波の浸水想定区域にある高齢者施設の入所者の数についても調べました。

その結果、区域内にある3820か所の施設の入所者は合わせておよそ12万人で、このうち7万7500人余りは全面的な支えがないと歩行などが難しい「要介護3」以上の高齢者でした。

また、震災後の2011年4月以降に開設した1892か所に絞ってみると、入所者は合わせておよそ5万1000人で、このうちおよそ3万人が「要介護3」以上でした。

専門家「行政と施設 住民が一緒に考えるべき」

高齢者施設の防災に詳しい跡見学園女子大学の鍵屋一教授は「津波の避難対策は実質的に施設に委ねられているが、慢性的に人手不足に悩んでいる施設にその余裕はない。施設が津波対策にどこまでコストをかけられるかは非常に難しい」と指摘しています。

そのうえで「避難対策を施設だけに委ねていてはおそらく進まない。行政が施設の津波対策にかかる費用を補助したり、新しい土地を一緒に探したりするなど、市町村と福祉施設、地域住民が一緒になって考え抜かなければならない」と述べています。

一方、地域防災に詳しい山梨大学の秦康範准教授は「高齢者施設と子どもの施設を安全な場所で一緒にするなど、地域でウィンウィンになるやりかたも地域で議論すべきだ」などとしています。

対策に乗り出しているところも

津波のリスクがある地域に建っている全国の高齢者施設や自治体の中には、対策に乗り出しているところもあります。

静岡県焼津市の特別養護老人ホーム「つばさ」は津波の避難の際に住民と協力し合う関係を築いています。

この施設は海からおよそ800メートルの場所に立地しています。

県の想定では、施設周辺には津波が最短20分ほどで到達し、命の危険があるとされる1メートル以上浸水するところもあります。

周囲には高い建物がないため、施設は震災後、市からおよそ2000万円の補助金を得て、建物の屋上につながる外階段を設定しました。

一方、施設隣の2階建てのグループホームにはおよそ20人の入所者がいますが、夜間は職員が2人だけで、逃げ遅れるリスクがありました。

避難階段が設置され、地域住民の避難ルートが確保されたため、住民が施設入所者を手助けしようという考えが生まれ、施設の避難訓練に町内会のメンバーも加わるようになりました。

施設長の奥川清孝さんは「日ごろからの地域との交流がいちばん大切だ。どうしたら上手に避難できるかを地元の人たちと考えていかなければ何もできないと思う」と話しています。

一方、自治体の強力な支援で津波リスクがない場所に移転した施設もあります。

三重県南伊勢町の特別養護老人ホーム「真砂寮」はかつて海の目の前に立地し、南海トラフ巨大地震で最大で10メートル近い津波が想定されていましたが、4年前に海から離れた内陸への移転を実現させました。

町の全面的な協力で、移転にかかる施設の負担は6400万円に抑えることができました。

南伊勢町は、施設の移転にかかる費用およそ9億円のうち、9割を負担しました。
その時、活用したのが、過疎地域を支援する国の制度、過疎対策事業債です。
過疎地域の要件を満たし、地域の発展につながると認められれば、国が実質7割を負担します。

さらに移転先を廃校の中学校跡地にするなどした結果、土地取得のコストをなくすことができたと言います。

施設の移転に関わった町の当時の担当者は「南伊勢町は防災対策が優先順位の上位にある。避難しなくても済む環境をつくっていくのは行政として必要なことだと考えている」と話しています。