地方鉄道“存続の危機” ~どう維持する“地域の交通”~

地方鉄道“存続の危機” ~どう維持する“地域の交通”~
「利用客が少ない路線を、このまま放置できない…」
ことし1月、JR西日本の経営トップがインタビューで発したことばが波紋を広げました。地方の赤字路線の抜本的な見直しに、JRがいよいよ着手すると受け止められたのです。
日本全国に張り巡らされた“地域の移動の足”に今、何が起きているのか?
そして、地方路線の存続に必要なことは何なのか?
取材班が各地の状況を徹底取材しました。
(NHK地方鉄道問題 取材班)

JR西日本トップ インタビューの波紋

NHKが年始の1月2日に放送したJR西日本の経営トップのインタビュー。

長谷川一明社長は、厳しい状況が続く地方路線について、こう切り出しました。
JR西日本 長谷川社長
「経営が厳しい状況で、利用が少ない路線をこのまま放置できない…」
そして語気を強め、こう続けたのです。
JR西日本 長谷川社長
「赤字を継続しながら事業としてやっていくのは非常に困難です。
『輸送密度』が2000人に満たない路線は、どのような形にしても黒字化は非常に難しい状況です。
『バスへの転換』という手もありますし、新しい時代にあった地域交通を再構築していくことを、一緒に考えていただけないかと申し上げています」
月に1度の定例記者会見でも“慎重に言葉を選ぶタイプの経営者”という印象だった長谷川社長。

その長谷川社長が、これまで先送りにされてきた赤字路線の問題について「どのような形でも黒字化は難しい」「バスへの転換も含め検討」とはっきり口にしたことで、関係者に波紋が広がりました。

“廃線の境目” 5割超の衝撃

長谷川社長が説明する「輸送密度」とは何なのでしょうか。

「輸送密度」は、鉄道1キロメートルあたり、1日に平均何人を輸送したかを示す、鉄道経営にとって重要なデータです。

35年前の旧国鉄民営化の際、赤字の地方路線を廃線にするかどうかの境目になったのは「輸送密度4000人」でした。

こちらは、その「輸送密度4000人未満」のJRの路線を示した地図。
「黄色の線」が4000人未満の路線で、「赤色の線」は、輸送密度がさらに少ない2000人未満の路線です。

長谷川社長が「どのような形でも黒字化は難しい」と説明した2000人未満の路線も全国各地に広がっていることが分かります。

それでは、“廃線の境目”にある路線は全国にどの程度あるのでしょうか?

こちらは、その割合を示したグラフです。
4000人未満の路線は、旧国鉄がJRに民営化した1987年度は全体の36%でしたが、人口の減少などで地方鉄道の利用客が減少し、2019年度には41%にまで拡大しました。

そしてコロナ禍で移動が抑えられたことで、その数はさらに増加。

昨年度・2020年度には、実に57%と全国のJR路線の半分を超えたのです。

2000人未満の路線も35%、200人に満たない路線も4%にまで拡大しています。

赤字補う“ビジネスモデル”限界に

ただ、地方の赤字路線の問題は、以前から指摘されていたはず。

なぜ今になって、抜本的な見直しの議論が始まったのでしょうか?

鉄道会社、とりわけ旧国鉄から民営化したJRには、公共インフラとしての役割が強く求められています。

このため「地域の移動の足」である地方路線は、たとえ赤字であっても存続させ、利用客が多い都市部や、新幹線で得た収益で赤字を補うというビジネスモデルを確立してきました。
しかし、新型コロナの影響でリモートワークが定着するなど、ライフスタイルの変化によって、都市部でも鉄道需要が減少。

JR西日本の決算は、2020年度、2332億円の最終赤字となったのに続き、2021年度も最大1165億円の最終赤字になる見通しになっています。

つまり、コロナ禍で都市部の収益が減ったことで、これまでのビジネスモデルが限界を迎え、赤字路線の維持が難しくなっていると指摘されているのです。
JR西日本 幹部
「コロナで10年分の変化が一気に来た。
今、地域の輸送を再構築しなければ先がない。
今後のあり方をどうするか、真剣に向き合う時期に来ている」

生活に欠かせない地方路線

存続が危ぶまれる地方路線。

しかし、長年、地域の移動を支えてきた鉄道の廃線には強い反対の声があります。

大規模なスキー場が点在する豪雪地帯、長野県小谷村に住む高校2年生の鷲澤れいさんです。
鷲澤さんが毎朝、通学に使っているのが長野県と新潟県を結ぶJR大糸線。

自宅から2キロ離れた最寄り駅の北小谷駅から大糸線の始発列車に乗り、40キロ離れた高校に通っています。
鷲澤さんが、今の高校に通えるのも、大糸線があるからこそ。

沿線には10前後の高校があり、通学で使っているほかの生徒も少なくありません。

ただ、大糸線の利用客は、減少の一途をたどっています。

JR西日本が運行しているのは、新潟県の糸魚川駅と長野県の南小谷駅を結ぶ35.3キロの区間。
車窓から四季折々の景色を楽しむことができ「乗り鉄」や「撮り鉄」といった鉄道ファンにも愛されてきましたが、この区間の昨年度の輸送密度はわずか50人と、ピーク時の20分の1以下に落ち込んでいるのです。

“廃線”協議 沿線自治体は猛反発

年始のインタビューで、経営トップがバスへの転換を含む、赤字路線の見直しについて言及していたJR西日本。

2月3日、この「大糸線」について、沿線の自治体などとともに“今後のあり方の協議を始める”と発表しました。
しかし、この発表直後、沿線の自治体から猛烈な反発の声が上がりました。

JR側の“今後のあり方の協議”ということばに「バスへの転換」や「廃線」もありえるといった、地元にとって認めがたい要素を感じ取ったからだといいます。
沿線自治体の期成同盟会会長 長野県大町市 牛越市長
「沿線の地域は、人口が減少し豪雪地帯であることに加えて、コロナ禍による観光客の減少などもあり、JRの経営が厳しい状況であることは認識しています。
ただ、大糸線をどう生かしていくかが議論の原点であり、“バスへの転換ありき”という話にはなりません」
大糸線で通学している鷲澤さん。

今は最寄り駅まで両親に車で送ってもらっていますが、仮に廃線となれば、今の4倍以上の8.5キロ離れた別の駅まで送ってもらわなければならず、両親の負担も増えることになります。
鷲澤れいさん
「利用者が減ってくると鉄道も廃止していかなければならないことは理解できるところもあります。
ただ、地域の中で鉄道を使う人が1人でもいるのであれば廃線にしてほしくはないですし、利用する人が少なくなっても、残すべきだと思います」
大糸線の沿線には、長野オリンピックのジャンプ競技の舞台ともなった白馬村があり、スキーシーズンには観光客の利用も多い路線です。

れいさんの父親の善和さんは、沿線のスキー場で働いていますが、廃線になった場合、村の観光業が衰退してしまうのではないかと懸念しています。
鷲澤善和さん
「観光業で成り立っている村なので、観光客などが来にくい村になってしまうという懸念があります。
コロナ後にはローカル路線で旅行したいというニーズもあると思います。
今は赤字路線ですが、弱者を切り捨てずに細々とでも運行を続けてほしいです」

国にも危機感 検討開始

「全国の地方路線は危機的な状況にある…」

大糸線の“協議”発表から10日ほどたった2月14日、国土交通省は、地方路線・地域交通の刷新を掲げた検討会を立ち上げました。
初会合の冒頭、国土交通省の上原淳鉄道局長は、参加した有識者や鉄道事業者らを前に「新型コロナの影響などにより、大都市圏の鉄道事業収益で地方路線を維持するこれまでの構造が立ちゆかなくなった。一部の線区については危機的状況にあると言わざるをえない」と発言。

会議の大半は非公開でしたが、出席した鉄道事業者の幹部や専門家などからは「このままの形で鉄道を維持するのは難しい」「単に“鉄道を残す”ということではなく、地域の利便性を高めることが重要だ」といった意見が出されたといいます。

地方の赤字路線を維持するのが難しくなっている鉄道事業者。

国としては、事業者任せで赤字路線が相次いで廃線になる前に、国や自治体が手を携える形で地方の公共交通を維持する方策を、今こそ講じなければならないという強い焦りがあるのです。
国の検討会座長 東京女子大学 竹内教授
「ただ単純に“廃止”か“存続”かということではなく、最適な戦略を導き出し、利用者本位の望ましい解決策を見いだしていきたい。
そして、それを実施するために国にも応援してもらう。
鉄道事業者任せでは立ちゆかないというのが今の姿ですから、お互いに情報を共有し、お互いがどこまで出来るか理解し合うことで、よりよい回答が見つかると考えています」

JR西日本 “異例”の収支公表

国の検討会発足の2日後。

JR西日本は再び動きました。
特に採算が厳しい目安とされる「輸送密度2000人未満」の「線区(=路線の一定の区切り)」について、収支を個別に公開する方針を打ち出したのです。

収支の公開は会社発足以来、初めてのこと。

懐具合をあえて公にすることで、沿線の自治体などにも“わがこととして捉えてもらいたい”というのがねらいです。

今後は、対象となる30線区の収支を順次公表し、バス路線への転換なども含めて議論を進めたいとしています。
JR西日本 幹部
「もはや、JR西日本という会社だけでこの事態を切り抜けることはできないし、赤字路線の議論を先送りする体力はもう残されていない。
“今後のあり方を協議”と打ち出したのは“このままではJR単独で地方路線を維持できなくなる”という危機感を、沿線自治体などと共有したいという思いがあった」

どう維持する? 地域の移動

どうしたら“地域の移動の足”を維持できるのか?そのヒントになるのが富山市のケースです。

富山市は、16年前の2006年、廃線になったJR富山港線の路線を譲り受け、最新技術を取り入れた路面電車=LRTを導入しました。
富山市と地方鉄道などが出資する第三セクターとして事業を始め、市は初期の設備投資に約17億円、維持管理費として毎年1億5000万円程度を負担しました。

4つの新駅を設け、運行本数を増やしたほか、街なかで花束を買うと無料で利用できるユニークなサービスも。
65歳以上で定期券を購入した人を対象に、日中の都心部の利用は一律100円とするなど利便性の向上にも努めました。

その結果、2019年度の利用客はJRによる廃線直前の2倍以上に増加。

現在は地方鉄道と経営統合し、市の費用負担は毎年およそ8000万円まで減りました。

当時の富山市長だった森雅志さん。

将来の利用者のためにも新たな交通網への転換が必要だったと振り返ります。
富山市 森 前市長
「LRTの立ち上げに向けて行った住民説明会では『これからは車で十分。税金を使ってまでやることか』といった厳しい意見も多くありました。
ただ、これから高齢化が進み、いずれ車を運転できない人は多くなります。
将来の市民のために、街を変えていかなければならないと訴えました。
鉄道事業に税金を投入することに厳しい意見があるのは当然ですが、説得する努力をちゅうちょしてはいけない。
自治体が汗をかいて協議の場を作り、誰が費用を負担するのか議論を尽くさなければならないと思います」
これまで鉄道事業者に頼ってきた費用の一部を、自治体が負担し、地域の移動の足を維持しようという取り組み。
ほかにも、鉄道の運行は事業者が行い、線路や用地などは自治体が保有することで、自治体と事業者が費用を負担し合う「上下分離方式」によって、廃線を免れた路線もあります。

鉄道の維持か? 新たな形にシフトか?

東日本大震災から11年。

震災で深刻な被害を受けた被災地の路線でも、鉄道の存廃は深刻な議論になりました。

そしてことしは、国鉄民営化35年に加え、日本で初めて鉄道が開通してから150年という節目の年でもあります。

鉄道は地域の発展を望む先人たちの願いから誕生し、人々の生活や経済を支え、長い歴史を刻んできました。

しかし、開業当時とは生活様式も劇的に変わり、社会情勢も大きく変化しているのも事実です。

これからも鉄道を維持していくのか。

それとも新たな形の公共交通にシフトさせるべきなのか。

国は、検討会での議論を踏まえ、ことし7月をめどに方向性を示したいとしていますが、鉄道事業者や国、沿線自治体の議論から導き出される答えは、私たちの日々の生活に大きな影響を与えることになりそうです。
社会部記者
井上 浩平
社会部記者
山田 沙耶花
経済部記者
横山 太一
大阪局記者
吉田 幸史
大阪局記者
三橋 昂介
長野局記者
牧野 慎太朗