指揮者 西本智実さん「戦いでなく 文化・芸術で意思の表現を」

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、さまざまな分野に大きな影響を与えています。

ロシアのオーケストラで首席指揮者を務めたこともある、指揮者の西本智実さんは「戦いでなく、文化や芸術を通じて自分たちの意思を表現する世界になってほしい」と訴えています。

ロシアでも首席指揮者務めた西本さん 今回の事態に

大阪市出身で、市の「大阪国際文化大使」も務めている西本智実さんは、大阪の音楽大学を卒業後、ロシアに留学し、現地のオーケストラで芸術監督や首席指揮者を務めたことがあるなど、世界で活躍しています。

ロシアにもウクライナにもオーケストラの仲間や友人が多くいるという西本さんは、軍事侵攻の知らせを聞き、すぐ仲間に連絡を取りました。これまでのところは、無事が確認できているそうです。

ロシアがウクライナに侵攻するという事態に、西本さんは胸を痛めています。
西本智実さん
「年々、関係が悪くなっているという話は知っていました。芸術の中では隔たりもなく、お互い敬意を払いながら仕事をしてきたので、まさかという気持ちが非常に強いです。仲間のことを思うと、胸が張り裂けそうです」

ロシアの楽団にはウクライナが故郷のメンバーがたくさん

西本さんは、3月3日に更新したブログで次のようにつづり、一刻も早く侵攻をやめてほしいと訴えました。

西本さんの3月3日のブログ
「ロシアのオーケストラや歌劇場にはウクライナを故郷に持つメンバーがたくさんいました。音楽の中では、愛や敬意でつながっていることを幾度も感じました。市民は戦争をしていません。かけがえのない命を守るには、戦争では救えない」

ロシアとウクライナは文化の面で深いつながり

西本さんはロシアで暮らしていた時、ロシアの人たちがウクライナの民謡や食べ物にも親しんでいる様子を多く目にしてきました。

2つの国は文化の面でもとても強いつながりがあると感じたといいます。
西本智実さん
「国境の線があっても、人的交流は非常に深く日常の中にあったので、市民が戦闘している感覚は今までなかったわけです。誰も戦争なんて起きてほしくないという思いで生活している」

受け継がれてきた芸術や文化が崩れてしまう

ロシアやヨーロッパで、多民族の文化が絡み合い長い歴史を経て育まれてきた芸術や文化。

ロシアが行った軍事侵攻を受けて、ヨーロッパ各地でコンテストや公演にロシアの代表や団体が参加することを拒むなど、芸術文化活動にも大きな影響が出ています。

ドイツのミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団は、ロシア人の首席指揮者、ワレリー・ゲルギエフ氏の解任を発表。

ロシアの音楽ニュースサイトは、クラシックバレエの殿堂、ボリショイ劇場の首席指揮者、トゥガン・ソヒエフ氏が、ロシアの軍事侵攻に否定的な立場を示した辞任のメッセージを伝えています。

西本さんは、これまで受け継がれてきた芸術や文化が崩れてしまうのではないかと危機感を覚えています。
西本智実さん
「(2人の指揮者は)私の兄弟弟子にあたります。今まで積み上げてきたすばらしい活動が真反対の意味にとられ、崩れ落ちていく、そのような危険を強く感じます。それぞれの民族の歌や作品、さまざまな歴史を経て残してきたものを題材にして作品を作って世界に紹介する、そういう芸術活動をしてきているわけです。それを、破壊するということは憎しみの連鎖が生まれてくる可能性があります」

「唯一の被爆国 日本からも声を」

ウクライナから大勢の住民がふるさとを離れ各国に避難している今、西本さんは、日本からもできることがあるといいます。

教えてくれたのは、ロシアで歌い継がれている「鶴」というタイトルの歌。

日本に落とされた原爆を題材にし、平和を願うこの歌が、鍵になるのではないかと考えています。
西本智実さん
「ロシアの一般の人たちは、日本に落とされた広島と長崎の原爆に非常に強い思いを持っていて、それを題材にした歌が今も歌い継がれています。その歌をロシアの人たちに日本から届けることも、今、必要なことだと思います。5年前に日本で演奏した『鶴』の音源があるので、ブログやツイッターで発信できないかと考えています」

「自分たちの意思を文化・芸術で表現する世界を」

西本さんは、「戦争」という行為ではなく、文化や芸術を通じて深く交流できる世界が戻ることを願っているといいます。
西本智実さん
「今、人の命が奪われている状況で、現地では文化や芸術の活動が優先されるような状況ではないと思います。これまで、私たちは、人間の素晴らしさまたは人間の醜さ、人間の闇、そういったことも含めて、芸術の中で表現してまいりました。一刻も早くまずこの戦いが終わって本来の、文化・芸術を通じて自分たちの意思を出す、自分たちの置かれている状況を表現する。そのような世界になることを切望します」
(取材 奈良局記者 本庄真衣)