自宅で監禁され死亡した男性 “普通の家族”がなぜ…

自宅で監禁され死亡した男性 “普通の家族”がなぜ…
去年、川崎市の住宅で37歳の男性が死亡しました。自宅の玄関に敷かれたブルーシートの上、衣服を身につけず、手足を縛られた状態でした。男性には精神疾患があったとみられます。

同居していた両親と妹が監禁の疑いで逮捕され、父親は「外に出すと迷惑だと思った」と供述しました。

なぜこんなことが起きたのか。誰かの支援を受けることはできなかったのか。見えてきたのは「どこにでもありそうな家族」が、孤立していく姿でした。

ビニールシートの上で手足を縛られ

神奈川県警はことし1月、川崎市麻生区の住宅で、長男の横山雄一郎さん(37)を監禁したとして、70歳の父親と65歳の母親、それに36歳の妹を逮捕しました。

長男は去年9月に死亡。亡くなるまでの4か月間、自宅で手足を縛られ、監禁されていたとみられています。

警察の説明では、長男は玄関に敷かれたビニールシートの上に衣服を身につけず横たわっていたそうです。

手錠やロープで手足を縛られ、身動きできない状態で、食事や排せつもその場でしていました。

精神疾患があったとみられ、17年前から自宅にひきこもる生活を送っていたといいます。

誰が住んでいるのかも分からなかった

自宅の中で、死亡するまで家族に監禁されていた…。

どのような状況で、どうしてこんなことが行われたのか。

私たちはすぐに、現場の住宅に向かいました。

川崎市の北西部、多摩丘陵の中に開かれた住宅地の一角です。
1987年に建てられた木造2階建ての住宅で、庭木も手入れされているようでした。

事件の現場を思わせるようなものはなく、普通の家にしか見えませんでした。

さっそく、近所の住人たちに聞き込む「地取り取材」を始めました。

手分けして1軒1軒聞いて回りましたが「雨戸がずっとしまっていて、誰が住んでいるのかもよく分からなかった」とか、「訪ねていっても出てきてくれなかった」といった声ばかりが集まりました。

この日は、一家のことをよく知っている人には出会えませんでした。

地取り取材で成果が出ないことは、都心のマンションだったら珍しくありません。しかし、住宅街の一軒家でここまで周囲との付き合いがないのは珍しいことです。

一家は地域で孤立していたのではないか、閉めきられた雨戸を見ながら、そう感じました。

真面目な、おとなしい子だった

現場に通い始めて1か月。

亡くなった雄一郎さんの小学校の卒業アルバムをお借りすることができました。
カメラに向かってほほえむ男の子。

20年以上前の写真ですが、改めて1人の人が亡くなったという事実を重く感じました。

茨城県で生まれた雄一郎さんは、小学生の時に祖父母が住んでいた川崎市に引っ越してきました。

雄一郎さんは、小学校では卓球クラブや飼育委員会に所属していました。

取材を重ね、雄一郎さんと小中学校で同級生だったという男性から話を聞くことができました。

おとなしく、真面目な子だったと振り返りました。
同級生の男性
「外で遊ぶというより、教室で趣味やテレビの話をするのが好きなおとなしいタイプでした。輪の中心にいるわけではないですが、勉強ができる、優秀な子でした。大人になってからのことは全然知らなかった。まさかと思いました」

将来の夢は考古学者

小学校の卒業アルバムには、将来の夢がつづられていました。
僕の将来の夢は考古学者になることです。なぜ考古学者になりたいかというと、僕は大昔の人々が、どのようにして暮らしていて、どのくらい文明が発達していたのかを調べてみたいからです。例えばイギリスのストーンヘンジはあんなに大きな石をどうやって積み重ねたのかが問われます。
(中略)
世界各地には謎がたくさんあります。これをとき明かしてみたいということも考古学者になりたいと思う理由の一つです。
(中略)
考古学者になるには歴史や考古学の知識を頭にいれておかなくてはなりません。でも歴史が大好きならばきっと覚える事ができるはずです。そのためには歴史をもっともっと好きになる必要があります。だからこれからも夢に向かってやっていきたいです。
将来の夢に向かって勉強を頑張っていた雄一郎さん。
中学卒業後は県内有数の進学校に進み、都内の大学に合格しました。

経済的に困窮していたという情報もなく、どこにでもある家族だったように感じました。

「統合失調症」の可能性 17年間ひきこもる

転機となったのは大学入学後、17年前のことでした。

物を壊したり大声を出したりするようになったといいます。

家族が区役所に相談すると、職員は『統合失調症の可能性がある』といって医療機関に相談するよう勧めました。

しかし、受診はせず、自宅にひきこもるようになりました。

兄の存在、聞いたことがない

それ以降、雄一郎さんの姿は見られなくなりました。

同居していた家族は、長男の存在を外では話したがらなかったようです。

妹と10年程前までカラオケに行ったり、食事をしたりしていたという女性は、長男の話は聞いたことがないと話しました。
妹の知人
「ご両親の話はしていましたが、お兄さんのことを聞いたことはありませんでした。家のことは話したがらない感じでした」

死亡時の体重は50キロ

去年5月、長男が衣服を身につけずに外出し、警察に通報がありました。

このことをきっかけに、自宅の2階で監禁が始まったとみられています。

8月になって1階に転落。頭を強くうち、寝たきりの状態になりました。

流動食しかのどを通らなくなり、翌月、衰弱して死亡しました。死亡した時の体重はおよそ50キロでした。

「外に出すと迷惑になると思った」 深まる孤立

逮捕された父親は、警察に対し「外に出すと迷惑になると思った」と供述しているそうです。母親と妹は容疑を否認しています。

長男が17年前に暴れるようになったときと、去年5月に衣服を身につけずに外出したときの2回、家族は区役所と接触しています。

2回目の去年5月、区役所の職員は具体的な医療機関も示して診断を受けるよう勧めましたが、結局受診しませんでした。

父親は警察の調べに、「連れて行こうとすると暴れて連れて行けなかった」と説明しています。

家族は周囲からの孤立を深め、医療に助けを求めることはありませんでした。

精神疾患患者、家族が抱え込んでしまう

精神障害者と家族の問題に詳しい大阪大学の蔭山正子教授は、精神疾患の患者は家族が抱え込んでしまい、外からは見えなくなると指摘しています。
大阪大学 蔭山正子教授
「一般的に精神疾患の患者の家族は自分たちでなんとかするしかないと抱え込むことがある」
「精神疾患の患者が家庭内で死亡する事件は、これまでも繰り返し起きている。精神疾患は症状が悪化すると病院に連れて行くのが難しくなる。悪化したときに自宅で医療や看護が受けられるような支援を充実させることが必要ではないか」

取材後記

17年間、4人の家族がこの家でどのように暮らしていたのか。

どんなことを思っていたのか。

私たちの取材ではまだ、分からないことがたくさんあります。

事件が報道されたあと、インターネット上には「自分の家も同じだ」といった声がみられました。

統合失調症は、およそ100人に1人の割合で発症するとされています。

悩みを抱え、支援を受けられていない家族はたくさんいるのではないかと考えています。

私たちは多くの方のお話を伺い、どんな支援が必要なのか、課題は何か考えていきたいと思っています。
横浜放送局記者
齋藤 怜
2016年入局
初任地の水戸局では震災や原発を担当し、去年11月からは横浜局で県警担当として事件事故の取材にあたる
横浜放送局記者
尾原 悠介
2018年入局
大阪府警担当を経て現在は神奈川県警を担当
横浜放送局記者
豊嶋 真太郎
2019年入局
横浜放送局で事件や事故の取材を担当
2021年11月から小田原支局で勤務