岐路に立たされるか? サハリンの石油・天然ガスプロジェクト

岐路に立たされるか? サハリンの石油・天然ガスプロジェクト
北海道・稚内市の北、わずか43キロにある島・サハリン。ロシア極東の島には総額3兆円を超える巨額資金が投じられ、石油・天然ガスの生産が行われています。
日本もこの島から多くのエネルギーを調達していますが、ロシアのウクライナへの軍事侵攻に抗議する形でイギリスの石油大手シェル、アメリカのエクソンモービルが次々と撤退する意向を表明。欧米の経済制裁が強まるなか、日本はどのように対応するのか、難しい局面に立たされています。
水面下の動きを追いました。(経済部記者 山根力/五十嵐圭祐/西園興起)

未明に突然の連絡

日本時間3月1日午前0時前。
サハリン2に参加する大手商社の幹部のところにイギリスの石油大手シェルから連絡が入りました。

「数時間以内にサハリン2から撤退方針を決めるかもしれない」というものでした。

このとおり、日本時間未明にシェルはロシアのウクライナへの軍事侵攻を受けて合弁を解消して撤退すると発表しました。

別の商社担当者は「まったくの不意打ちだった」と驚きを隠せないようすでした。

サハリンでのエネルギー開発の歴史

サハリンの石油・天然ガス開発と日本は深いつながりがあります。

地理的には北海道のすぐ北にある南北800キロの細長い島で、戦前は南半分が南樺太と呼ばれ、日本の領土でした。

この大型のエネルギー開発プロジェクトの起源は1970年代にさかのぼります。

第1次オイルショックで大きな打撃を受けた日本は、政府が関わる形でエネルギーの安全保障上の観点から、原油の中東依存を脱却する道を模索し始め、その候補地の1つにサハリンを選定したのです。

中東と比べて地理的にはるかに近く、輸送コストを抑えられるという大きなメリットがありました。

2つのプロジェクト

その後、旧ソビエトは崩壊し、ロシアになっても開発は続けられ、2つのプロジェクトが本格稼働します。

サハリン1とサハリン2です。
サハリン1にはアメリカの石油メジャー「エクソンモービル」やロシアの国営石油会社「ロスネフチ」とその子会社、インドの国営石油会社が加わっています。

日本勢は政府が50%を出資する「SODECO・サハリン石油ガス開発」に大手商社の「伊藤忠商事」と「丸紅」、「石油資源開発」などが参加し、この会社を通じてプロジェクトの30%の権益を保有しています。
主に石油を生産し、日本や中国、韓国などアジアに輸出しています。

サハリン2は事業主体が合弁の「サハリンエナジー」社。
この会社にロシアの政府系ガス会社「ガスプロム」が50%、石油メジャーの「シェル」が27.5%、日本からは大手商社「三井物産」が12.5%、「三菱商事」が10%を出資しています。
天然ガスを南部にある施設まで運び、LNG=液化天然ガスにして日本などに輸出しています。

JOGMECによりますと、日本が輸入する原油のうち、サハリン1の原油が占める割合は1.5%(2021年)、一方、輸入するLNGのうちサハリン2が占める割合は7.8%(2020年)だということです。

シェルに続きエクソンも

シェルがサハリン2から撤退を表明したのに続き、日本時間2日午前にはサハリン1を主導するエクソンモービルがロシアによるウクライナ侵攻への対応としてサハリン1の稼働を中止し、撤退に向けた手続きを始めると発表しました。

衝撃はプロジェクトに関わる企業と関係省庁を駆け巡りました。

議論噴出

エネルギーを所管する資源エネルギー庁は担当者が緊急招集され、対応を協議。
議論の焦点となったのはサハリン1と2の構成メンバーの違いでした。

サハリン2は日本勢は民間企業だけの参加ですが、サハリン1は政府が深く関わっています。

G7各国がロシアへの制裁を強化するなかで、政府が関与するロシアのエネルギー事業を続けて大丈夫なのかという意見が沸き起こったとある政府関係者は語ります。
サハリン2については発電所の燃料であるLNGを生産していることもあり、当初からエネルギー安全保障上、撤退することはありえないという意見が大多数でした。

一方、サハリン1はエクソンモービルというアメリカ政府とのパイプもある石油メジャーの決断だけに重く受け止めるべきだとの意見も出たということです。

ある企業関係者も「ロシア・ウクライナの戦時中という過去に経験のない出来事。やめるとなってもしかたがないと思っている」と、難しい胸中を明かしました。
サハリン1について、アメリカと日本とでは立場が違うという見方を示す企業関係者もいました。
この関係者は「エクソンモービルからするとサハリン1は数あるプロジェクトの1つ。国際政治情勢や企業の評判を考えて撤退を表明したに過ぎない。しかし、日本はサハリン1から原油の供給を受け、中東に依存しない場所に権益を持っているというのは非常に重い意味がある」と話していました。

別の関係者は、仮に撤退という道をたどると参加企業は株式や権益を誰かに売らないといけないが、果たして売れるのかと疑問を投げかけます。そして二束三文でたたき売ることになれば企業価値を損ない、株主からの代表訴訟リスクにさらされ、それは企業としてとても耐えられるものではないと力説します。

即時撤退は否定的か

政府内や企業のあいだで、議論が重ねられました。

そして両方のプロジェクトともすぐに撤退を決めることにはならない方向で落ち着きつつあります。
萩生田経済産業大臣は8日の参議院経産委員会で「撤退することがロシアに対する経済制裁になるのだったら1つの方法だが、われわれが今心配しているのは、その権益を手放したときに第三国がただちにそれを取ってロシアが痛みを感じないことになったら意味がない」と述べました。

ある政府関係者は、この第三国とは暗に中国を示すと解説します。

仮に日本が1970年代から時間と労力をかけて手にしたエネルギー権益を手放す事態になり、それを第三国が取得することになったらエネルギー安全保障上、大きな損失だとこの関係者は力説します。

それでも残るリスク

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は原子力施設への攻撃なども相次ぎ、どのような展開になるか予想もつきません。

こうしたなかで関係者がリスクの1つとして恐れているのが、投資家や人権団体などからロシアで事業を行う企業や国に対する批判が沸き起こることです。

3月8日、アメリカのイエール大学は世界の200以上の企業がロシア事業の撤退や縮小を表明したと発表。
一方で事業を継続する数十の企業があるとも指摘。

事業継続が主に海外から思わぬ反発を招く可能性は排除できない状況です。

現時点で英シェル、米エクソンモービルとも具体的にどのように撤退するのかは明らかにされていません。

関係者のなかには「撤退を表明して世論の批判をかわし、時間がたてば事業に戻るというのが彼らの戦略だ」と過去の経緯もふまえて語る人もいます。

一方、シェルにしてもエクソンモービルにしても高い技術力をもつ石油メジャーが仮に撤退すると、日々の生産はなんとか継続できたとしても、メンテナンスや新規事業、さらに故障や事故が起きたときにどのように対応するのか、将来の事業継続を不安視する声も聞こえてきます。

難しい局面続くか

エネルギー資源に乏しい日本がエネルギーの安全保障を確保しようとこれまで時間をかけて築き上げてきたサハリンの石油・天然ガス開発。

ロシアの軍事侵攻という異常事態のなかでG7がロシアへの経済制裁をさらに強めることになった場合にどのような選択肢があるのか。

事態は日々目まぐるしく変わりますが、難しい局面であることだけは確かなようです。
経済部記者
山根力
平成19年入局
松江局、神戸局、経済部、鳥取局を経て経済部
現在、商社業界を担当

経済部記者
五十嵐圭祐
平成24年入局
横浜局、秋田局、札幌局を経て経済部
現在、エネルギー業界を担当
経済部記者
西園興起
平成26年入局
大分局を経て経済部
現在、経済産業省や
エネルギー業界を担当