2年以上続く新型コロナ対応で「難病法」など 法改正に遅れ

新型コロナウイルスへの対応が2年以上続き、法律の改正にも影響が出ていることがわかりました。難病患者への支援策などを定めた「難病法」などの改正が当初の予定より遅れていて、厚生労働省は「新型コロナの対策にマンパワーを割いており、法改正に必要な体制がとれない」としています。

「難病法」は、難病患者に対する医療費の助成や治療法につながる研究の推進などを定めた法律で、2015年1月に施行されました。

施行から5年以内をめどに必要に応じて見直しを行うという規定があり、厚生労働省は2019年の年末ごろに方針をまとめることを目指して専門家による委員会で改正に向けた議論を始めました。

しかし、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で一時中断を余儀なくされ、当初の予定より1年半余りたった去年7月、方針がまとまりました。

改正案には、
▽医療費助成の開始時期を、これまでの「申請時点」よりさかのぼって「重症化した時点」とすることや、
▽軽症患者も含めたデータベースを整備し、一定の条件で製薬会社なども利用できるようにすることなどが盛り込まれる見通しですが、
厚生労働省によりますと、改正案提出のめどは立っていないということです。

また、小児がんなど、長期の療養が必要な子どもに対する自立支援事業の強化など、児童福祉法の一部の改正を同時に行う予定ですが、見通しは立っていません。

難病対策課の簑原哲弘課長は「新型コロナの対策にマンパワーを割いており、法改正に必要な体制がとれない。患者や家族には大変申し訳ないと思っている。いつ提出できるのか約束できないのが正直なところだが、当面は法改正しなくてもできる政策を進めていきたい」と話しています。

「難病法」改正と新型コロナ

2015年1月に施行された「難病法」は、幅広い病気を指定難病に位置づけ、医療費助成の対象にすることや、発病の仕組みや診断、治療法に関する研究を国として進めることなどが定められています。

法律が施行されて、指定難病は56から現在は338に増え、医療費の自己負担は原則2割に引き下げられるなどしました。

施行から5年を前にした2019年5月、厚生労働省は専門家による委員会で法改正に向けた議論を始めました。

その際の資料では、年末ごろをめどに取りまとめを行うとしていましたが、論点の整理に時間がかかるなどとして、年明け2020年1月に開いた委員会で取りまとめの時期を、その年の春ごろに見直しています。

しかし、直後から新型コロナウイルスの感染が拡大。

議論は中断され、次に委員会が開かれたのは10月で、方針がまとまったのは翌年、2021年の7月でした。

法律の施行から7年がたちましたが、厚生労働省によりますと今開かれている通常国会に改正案を提出するのは「かなり厳しい」ということです。

その理由として難病対策課の簑原哲弘課長は「法改正を行う際は、内容の検討や国会議員との議論、関係省庁との調整など、ほかの部署から応援をもらっても通常の2倍近い業務量になるが、今は新型コロナの対策にマンパワーを割いていて体制がとれない」と話しています。

また、医療費助成などの実務は自治体が行いますが、新型コロナの対応に追われていることから、法改正に伴う新たな業務を生じさせるのが難しいことも背景にあると説明しています。

「難病法」改正のポイント

改正のポイントの一つは医療費の助成を重症化した時点にさかのぼって行うことです。

助成を申請する時点では、すでに多額の負担をしているケースもあるという声が患者団体などから上がっていました。

厚生労働省によりますと、診断がついた時点に前倒すのは、これまでの助成制度では例がないということです。

専門家委員会の意見では、ほかの制度とのバランスを踏まえ、前倒しする期間は「申請日から1か月」など上限を設けるとされています。

また、患者情報のデータベースが十分に整備されていないことも課題として指摘されていました。

現在のデータベースは、患者が年に一度、医療費助成を申請する際に作成される「臨床調査個人票」の内容が登録されています。

年間およそ50万件から60万件余りが登録されているということです。

データを入手できるのは国の補助を受けた研究事業を行う一部の研究者などに限られています。

改正では、医療費助成の対象ではない軽症患者の情報も登録する仕組みにすることや、一定の条件を設けたうえで、製薬会社など、民間企業もデータを活用できるようにすることが盛り込まれる見通しで、治療法の研究や治療薬の開発につながると期待されています。

これまでデータベースも活用して難病の研究を行ってきた新潟大学脳研究所の小野寺理教授は「民間企業もデータを使えるようになるのは大きな意義を持っている。薬の開発には、ばく大な資金が必要で、どのくらいの人数の患者が何に困っているのかという実情が把握できないと、開発には踏み出せない。法律の改正が遅れるのは、難病患者の全体像の把握が一日一日遅れているということになり、早期の成立が望まれる」と話しています。

法改正を待ち望む難病患者

難病患者からは法改正を待ち望む声が上がっています。

指定難病の一つ「脊髄小脳変性症」を患う岩崎恵介さん(40)は、法改正によってデータベースが整備され、治療薬の開発につながることに期待を寄せています。

「脊髄小脳変性症」は、体が思うように動かせなくなっていく難病です。

岩崎さんはマラソンや登山が趣味でしたが、34歳で診断されたあと、徐々に病気は進行。

特に、この1年でめまいがするようになり、何かにつかまっていないと歩くのも難しくなりました。

以前は人材紹介の会社の正社員として法人営業をしていましたが、病気をきっかけに辞め、今は非正規雇用で自宅でできる仕事をしています。

岩崎さんは「階段の上り下りがつらかったり、家の中での転倒が増えたり、会話しづらかったりと、確実にできないことが増えています。やるせなく、悔しく、少しずつ自分でなくなっていくようで恐怖です」と話します。

3か月に1回、経過を観察するために都内の病院に通っていますが、薬の処方は受けていません。

この病気の処方薬は国内では2種類しかなく、1か月に1万円以上かかるうえ、いずれも症状を和らげるだけで病気を治す薬ではないからです。

岩崎さんは「法改正にコロナの影響が出ているのはしかたのないことなのですが、患者は、その日、一日を一生懸命生きることしかできません。確実に病は進行しているので、早く法律を改正し、治療法につなげてほしい」と話しています。

厚生労働省 職員の10分の1が新型コロナ対策に

新型コロナウイルスの感染拡大が始まって以降、厚生労働省では、対策本部を設置して対応を続けていて、今は職員の10分の1にあたる、およそ400人が対策本部に配置されています。

厚生労働省によりますと、難病法改正の遅れのような影響は、ほかには出ていないということですが、職員に取材すると「対策本部にいる間はほかのことはできないので、新しい政策を打ち出すのが難しくなっている」とか「自治体や関係者から問い合わせがあっても担当者が不在で、丁寧な対応ができないケースがある」といった声が聞かれます。

難病法を担当する難病対策課は、およそ30人が所属していますが、3分の1くらいの職員がワクチン接種に関わる業務などを兼務していて、このうち3人ほどは事実上、課にいない状態だということです。

法改正が遅れていることについて難病対策課は、データベースのオンライン化や、療養生活に関する相談体制の整備など、法律を改正しなくても進められる政策に取り組みたいとしています。