有森裕子さん これは私だ!体と心の不調は更年期の症状だった

有森裕子さん これは私だ!体と心の不調は更年期の症状だった
オリンピックで2大会連続でマラソン女子のメダルを獲得した有森裕子さん。

世界のトップアスリートだった有森さんも、更年期の症状に悩まされ、苦しんだ時期がありました。

「女性の問題だから男性が理解しなくちゃいけないとは言いたくない。仕組みは違えど、男性だって悩んでいる人はたくさんいるはず」

誰かが悪いわけではない。更年期のことをもっと知るだけで、解決できることがある
と話します。
※文末に「更年期とは 」「ホルモン補充療法(HRT)とは?」のリンクがあります

テレビに向かって本気で怒っていました

現在55歳の有森さん。

はじめて異変を感じたのは、7年前、48歳のころでした。
「いきなり体がざーっとほてるんです。着ている服が大丈夫かな?と思うくらい変な汗をかいて、どうしようかと困って。しばらくするとスッと引くんですが、少し複雑なことや悩み、不安要素を考えているとまたワーッとほてりの波が来て。その回数が増えた事が自分の体に何が起きているのかと疑問に思い始めたきっかけでした」
この症状は、ホットフラッシュと呼ばれる代表的な更年期の症状の1つです。
アスリートとして若い頃から自分の体に向き合ってきた有森さんでしたが、当時、更年期について知識はほとんど無く、原因に気付くことはできませんでした。

不調はこのほかにも特に精神面に現れます。
いちばん記憶に残っているエピソードがあるそうです。
「ささいなことでイライラしてしまって。例えばテレビドラマって普通の作り話ですよね?シャンシャンでいい結末で終わったドラマに対して『なんでそうやって終わるんだ!』って勝手にテレビに向かって怒っていたんですよ。本気で。ふと我に返って『何で私こんなに怒っているの。このドラマはこれでいいんだよ』って思うんです。気晴らしに見ているつもりだったのに、無性に腹が立ってしまうから疲れる訳ですよ…。だからテレビを消したりするようになってしまって」
ほかにも整理整頓が大好きだったのに手際が悪くなって部屋の中を行ったり来たりしてしまう。

友人との会話も内容が頭に入らなくなり、人の話を聞いていないとよく言われるようにもなったそうです。
「ことばは聞こえているんだけど、内容が全くイメージできなくて、ただ音と言葉が理解不能な状態で流れていっているだけ。その間、全然違う事を考えているんです。人の話を聞きながら。聞いていないんじゃないけど、理解できないという場面が恐ろしいほど増えました」

助けて!重なったキャリアの転換期と更年期

症状に悩んでいた時期は、キャリアの転換期とも重なっていました。
マラソン選手を引退して数年がたち、講演活動が中心に。
仕事は順調だったにもかかわらず、気持ちがついていかなかったといいます。
「昔みたいに練習して自分を高めていくとか、できない事をできるようにしていくとか、そういうことが走るのをやめた後、果たして日常にどれだけあるだろうかと悶々とし始めていた時期だったんです。周りはどんどんやりたい事にチャレンジしていたりとか、同じ年代でも次のチャレンジをしている仲間がいたりして。そうした周りの人を見ても、『私も!』という気持ちにならない事への焦りと言いますか…」

「やらないといけない仕事はたくさんあるんだけど、やりたいと思うことをやっているのだろうかと」
このころ体の不調も続き、世間からの“明るく健康的”というイメージと、そうではない自分とのギャップにも苦しんだそうです。

更年期のせいだとは知らずに、矛先は自分自身に向かいました。
「やっぱり仕事では、元気じゃないといけないじゃないですか?人に元気な事を言わないといけない。これは詐欺なんじゃないかって思うこともありました」

「(問題は)性格的な所だろうなと落とし込んでいましたね。怠けている、努力しなくなっている自分がいるとか、そういう風にどんどん持っていくような感じでした」
当時の日記には大きなハートがギザギザになり、ところどころ黒く塗りつぶされて描かれています。
ハートは有森さん自身。

その下には「どうすれば治るの?ただ落ちていくだけ…誰か助けて!」と書かれていました。
「自分の期待にそわない自分にいらだち、そんな事を日記に書けば、いいことばは出てこない。『よし頑張るぞ』とか『何やっているんだ』と書いているくせに、また10ページめくると同じ事を書いている。その繰り返しを2年くらいやっていましたね」
しかし、その苦しみを誰かに打ち明けることもままなりませんでした。

どう説明すればいいか、わからなかったからです。
「相談する内容にまとまらないんです。症状が明確であれば相談することができるんですけど、そうじゃない。更年期ってそこがすごく問題だと思っていて、明確に『こうなんです、ああなんです。どう思います?』って投げかけて、相手が『なるほど』ってイメージしてくれたら相談できます」

「だけど、それが全くイメージがつかなくて。訳のわからないウニャニャしたアメーバみたいな、ぶつけられても相手が混乱するような内容だから、どうしようもないだろうなと思ってしまって。相談できないんじゃなくて、相談のしようが無いんですよね」

目からウロコ「これが普通なんだ!」

転機が訪れたのは6年前。
たまたま講演会で有森さんの前に登壇していた医師が、更年期の症状やメカニズムについて解説していたのを聞きました。

「これは私だ!」

思わず涙ぐんでしまったといいます。
「更年期という、当たり前に普通にある事。症状の軽い重いはあるけど、みんなに起こっている体の変化なんだと。決して自分を責めるものでもないし、性格的なものでもないし、当たり前に来るものをどう受け入れればいいのかという事なんだと。対処法もあるんだと知って…相当たまっていたんでしょうね。一気に感情が出て、半泣き状態になったのを覚えています」
すぐに婦人科のクリニックでホルモン値の検査を受けて治療を開始。
漢方薬は体に合いませんでしたが、ピルの処方を半年間受けると、症状は改善に向かいました。
「ホットフラッシュはいっぺんに収まりました。なんでこの情報がないの!みんなに伝えたい!って思いました」
精神的にも「これは普通の事なんだ」と思えたことで悩みが晴れ、前向きになれたそうです。

情報がないことが圧倒的な問題

今では、更年期の経験について包み隠さず語っている有森さん。

症状に苦しむ人がひとりで悩みを深めるような状況を変えていくには、まず更年期について知ることが大切だと考えています。
「情報がないこと、知らないことが圧倒的な問題点だと思っているので、一つの参考としてお伝えできればと思っています。家庭でも、周りの家族が更年期の症状と知っていれば疑問に思うことが減り、コミュニケーションがとりやすくなる。ホルモンの働きが心身にどう影響するか理解されていないとイライラやそのほかの不調が『人間性』につなげられてしまいかねません」

「この問題を語るとき、男女のどっちかが“敵”みたいな言い方に感じるときがあるんです。もちろん女性は悪くない。けど、男性だって悪くないと思うんです。情報がガンガン流れてるのに何もしないんじゃないし、知らないイコール知りたくないわけじゃないから。とにかく知ってほしい。すべての人に。保健体育などの授業で当たり前に教えてほしいんです。結局女性だけのものだって思われてるから、これ更年期の症状なんだって言えない男性、山のようにいるんじゃないですか」

「隠すことでもおかしいことでもない」

更年期は「自分の深堀り」だという有森さん。

最後に今、更年期に悩んでいる人たちにメッセージを寄せてくれました。
「人間であれば隠すことでも、おかしいことでもないから。それを前提に、言える人にはどんどん言い、書き留められるものは徹底的に、なぐり書きでいいんですよ、そういうものを残しておいて、自分を知っていく。自分の事を知る、いい機会が来たと思って苦しい事もありながら乗り越えてほしいなと思います。一緒に乗り越えられると思います」

仕事への悪影響 推計で100万人に上る

更年期は閉経前後の10年間を指し、女性ホルモンが急激に減ることでほてりや発汗、気分の落ち込み、不眠などの症状が現れることがあります。

また、男性には更年期の医学的な定義はありませんが、ストレスや環境の変化などによって男性ホルモンが減少し、女性と似たような症状が出ることがあります。

インターネットで行ったアンケートでは、更年期の症状を経験したと答えた40代と50代の男性で20%、女性の15%が仕事を辞めたり降格させられたりするなど、仕事に何らかの悪影響があったと答えています。

その数は専門家の推計で100万人を超えています。
3月8日は国連が定めた「国際女性デー」です。
海外では、この日に周囲の女性や大切な人に黄色いミモザの花を贈り合う国もあります。
性別を超えてお互いの体と心のこと、語り合ってみませんか。

(ネットワーク報道部記者 秋元宏美)