加速する企業の“脱首都圏”~決断した経営者は~

加速する企業の“脱首都圏”~決断した経営者は~
企業の“脱首都圏”の動きが、かつてないスピードで進んでいることがわかりました。新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに企業のテレワークが普及し、住む場所や働く場所に縛られない働き方を実感している人が増えましたが、さらに一歩進んで、本社ごと首都圏から地方に移転する動きが加速しているのです。決断した理由は?移転でビジネスは成功しているのか?脱首都圏を選択した経営者に聞きました。
(経済部記者 猪俣英俊/谷川浩太朗)

“脱首都圏”が過去最多に

信用調査会社「帝国データバンク」の調査によりますと、2021年に首都圏(東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県)から本社・本社機能を地方に転出した企業は351社にのぼり、データが残る1990年以来、最も多くなりました。
また、地方から首都圏に転入した企業は328社で、転出が転入を上回る「転出超過」となりました。リーマンショックの後、コスト高を嫌った企業が相次いで地方に転出した2010年以来、11年ぶりの転出超過です。

とくに東京から転出した企業は893社にのぼり、転入した企業数を大きく上回りました。「転出超過」の数は320に達し、首都圏のほかの県と比べても突出して多くなっています。

最大の要因はコロナ

“脱首都圏”の動きを加速させたのは、新型コロナウイルスの感染拡大です。あらゆる企業の本社や拠点が集まる東京は、営業や採用など、どこよりもビジネスチャンスが広がっていますが、感染拡大が一極集中の課題を浮き彫りにしました。多くの人々が集まり生活しているがゆえに、行動や経済活動で厳しい制限が求められました。
転出を決めた企業の中には、コロナの影響で業績が悪化したところも多く、オフィスの賃料などコスト負担が重くなり東京に置き続けることを断念した会社もあると見られます。

2020年は緊急事態宣言で厳しい行動制限が課されていたこともあり、翌年になって地方に転出する動きが表面化した面もありそうです。

北海道への転入企業 コロナ前の5倍に

一方、コロナ前と比べて、首都圏から転入してくる企業が最も増加したのは「北海道」。首都圏からの転入企業数は33社で、コロナ前の2019年と比較すると26社増え、およそ5倍となっています。
※道府県ごとの詳しいデータは最後に
北海道の空の玄関・新千歳空港の周辺では、自治体の企業誘致が盛んで、例えば食品加工会社の場合、東京に拠点を構えるよりも北海道に設けたほうが土地代などのコストが安くすみます。そのうえ、北海道の食材を使うことでブランドイメージの向上にもつなげることができるということで、好立地と地域の魅力を活用したい企業の転入が増えたとみられます。

次いで、コロナ前と比べて首都圏からの転入が増加したのは「大阪府(+14社)」「宮城県(+10社)」「岡山県(+9社)」「兵庫県(+7社)」などと続いています。また「福岡県」「宮城県」「広島県」は、首都圏からの転入数がそれぞれ最多となりました。

これまで、首都圏からの転入が多かったのは、北関東3県(茨城県・栃木県・群馬県)などでしたが、リモートワークの普及によって、首都圏からより離れた遠隔地や人口密度の低い中核都市・地方都市も、移転先の有力候補になっていることがわかります。

スタートアップも首都圏からの転出増加

また、首都圏から地方に移転した企業を業種や規模別でみてみると、“規模が小さく身軽な”会社が多いことが見てとれます。
業種別で最も多かったのが「サービス業」。製造業とは違って、大規模な工場などを必要としていないため、移転しやすい面があります。

サービス業のうち、ソフトウエアの開発や保守・管理のいわゆるベンダーといった「ソフトウエア産業」が全体の1割以上を占めています。
売上規模別に見ると、「1億円未満」が最も多く、50%を占めています。とりわけ、創業から間もないスタートアップの割合はコロナを大きく上回る水準になりました。

ドローンやバイオテクノロジーを手がけるスタートアップを中心に、研究開発施設の拡大などをねらって、地方に出る動きが出ています。
一方、地方から首都圏に転入した企業で最も多かったのは、売上規模が「1~10億円未満」の企業で、「1億円未満」とほぼ同程度の4割を占めました。

成長途上にある会社が、取引先や営業機会の多い首都圏へチャンスを求めて転入したとみられます。

『集中傾向、断ち切られた』

調査結果をまとめた帝国データバンクの上西伴浩部長は、コロナをきっかけに、長く続いてきた企業の“首都圏集中”という傾向が明確に断ち切られたと指摘しています。
帝国データバンク 上西伴浩情報統括部長
「コロナ禍で首都圏の企業が転出超過となったことには、率直に驚いた。誰もが先行きを見通せない中、東京から移転を決断するのは相当な勇気がいる。ただ、企業として収益を上げられず、ずっと苦しいままでもいけない。そのため、地方でビジネスチャンスをつかむんだと判断する経営者が出てきた。さらに情報交換をオンライン上で行うことが当たり前になってきたので東京にいる必要もなくなった。これからは本社を地方に置き、たまに東京へやって来るという、今までの逆の動きが定着してくるかもしれない」
加速する首都圏からの企業脱出。実際に地方へ移ることを決断をした経営者に話を聞くことができました。

ソフトウエア販売会社:川崎市→北海道帯広市(人口16万)

北海道帯広市は、畑作や酪農が盛んで“日本の食料供給基地”とも呼ばれる十勝地方の中心都市。神奈川県川崎市でソフトウエア販売会社を経営する石川亮太社長(35)は、2021年に会社と生活の本拠を帯広に移しました。
大手建設会社を経てIT関連ベンチャーで働いていましたが、それまでの経験を生かして2年前に建設業のデジタル化を支援するソフトウエアの販売を手がける会社を起業。東京に隣接する川崎市に本社を構え、得意先を増やしてきました。

ただ、帯広は十勝随一の都市とはいえ、建設系の取引先がそれほど多いようには思えません。

なぜ、移転を決断したのか?石川さんは新型コロナウイルスの感染拡大によって、ビジネスマナーが変化したことを挙げます。
石川さん
「一番の理由は、zoomでの営業活動が、お客様に失礼にあたらなくなったことなんですよ。コロナ前だと訪問せずに営業することは失礼にあたるという文化だったと思うんです。オンライン打ち合わせが定着したことで、どこに会社を構えていてもビジネスができると思って決断しました」。
建設会社で働いていた当時は、電話で15分で済むような打合せでも、営業担当者が得意先に出向くのが当たり前で、石川さんはそうしたあり方に疑問を感じていたそうです。

さらに、帯広に来て、みずからに「首都圏ブランド信仰」があったことに気づいたと言います。
石川さん
「大企業相手にビジネスをするには、本社の住所が首都圏にあることが信頼につながるという思い込みがありました。でも、それはただの思い込みで、移転したあとでも全く影響はありませんでした」
石川さんは自然豊かな子育ての環境を含めて良いことばかりで、仕事へのモチベーションも上がったといいます。
石川さん
「帯広を選んだ理由?生まれたのは神奈川県ですが、中学・高校の時期を帯広で過ごしており自然が広がる中で生活をしたいと思ったことが理由です。住民の方とも顔が見える関係が築かれるにつれ、帯広のために貢献できる仕事をしようと街の発展を本気で考えるようになりました」

システム開発会社:東京 日本橋→兵庫県淡路島(人口13万人)

瀬戸内海に浮かぶ淡路島。特産はタマネギ、海水浴や温泉でも有名ですが、人材サービス大手が本社機能の大部分を移転することを発表し、話題となりました。
この淡路島に、知る人ぞ知るスタートアップが2020年10月、本社を移転させていました。フィッシング詐欺防止のシステムを開発する「バンクガード」です。

この会社の藤井治彦社長(47)は、NTT研究所の研究員を経て、2015年に東京 吉祥寺で創業。ネットバンキングなどで本人認証をする際に、数字ではなく絵文字を用いるという独自のシステムを開発し、フィンテック業界で注目されるようになりました。

会社は日本橋に本社を移していましたが、藤井さんもオンライン会議が定着したことで、高いオフィス賃料が必要な東京に居続けることに疑問を感じたということです。
藤井さん
「東京にいると無駄な打ち合わせから逃れられないけど、『淡路島にいるんでちょっと』と言えば、相手もすんなり諦めてくれる(笑)。それに、地方とITの親和性はとても高いと思うんです。システムの開発も、山や海に囲まれているほうがいいアイデアが湧いてきます」
藤井さんが生まれ育ったのが、淡路島。

会社移転を契機に、社業だけでなく、地元経済の活性化にも貢献したいという気持ちが強まったと言います。

移転先の南あわじ市が進めているコワーキングスペースの整備について、市からの相談に応じて、経営者の立場からアイデアを出しました。
南あわじ市 林誠さん
「どういう施設にすれば、利用者が定着してくれるのか、気軽に生の声が聞けるのがありがたいです。藤井さんの存在が、淡路島でのテレワークが可能であることを証明しているので広告塔のような存在になってくれると期待しています」
藤井さん
「地元の発展のために、アドバイスできることは何でもしていきたい。首都圏の企業の方も、1か月間、お試しで淡路島でテレワークをやってみたら意外と東京じゃなくても仕事ができることに気づくんじゃないかと思う。思い込みを捨てたほうがいいですよ」
企業が地方に本社を移しているケースの中には、オフィスの賃料を抑えるためだったり、首都圏での事業をあきらめて地元に戻るためだったりと、必ずしも前向きな理由ばかりではないようです。

しかし、首都圏からの移転を決断した2人の経営者が話してくれたように、コロナ禍をきっかけに日本のビジネス慣習や仕事の進め方に変化が生じ、それが企業の“脱首都圏”につながっていることは間違いありません。

地方にとってみれば、首都圏から企業を呼び込む大きなチャンスとなっていますが、同時に移転先に選ばれるためいかに環境を整備するか、地方間の競争にもなっています。

“脱首都圏”の流れがさらに大きなものになっていくのか、それともコロナ禍がおさまった後にもとの一極集中に戻っていくのか。

企業のビジネスだけでなく、地方経済の在り方も大きく左右することになるかもしれません。
経済部記者
猪俣 英俊
2012年入局
函館局 富山局を経て現所属
鉄鋼や電機業界を経て現在金融庁などを取材
経済部記者
谷川浩太朗 
2013年入局
沖縄局・大阪局を経て去年11月から情報通信業界を取材