ウクライナ軍事侵攻 ロシアに“最強の制裁” 真のねらいは?

ウクライナ軍事侵攻 ロシアに“最強の制裁” 真のねらいは?
ロシアが踏み切ったウクライナへの大規模な軍事侵攻。

これに対し、欧米や日本は前代未聞ともされる規模の経済制裁に踏み切りました。制裁によってロシアの通貨ルーブルは一時40%も急落し、ロシア経済に早くも打撃を与えています。

しかし、軍事侵攻はやむどころか戦闘は激化し、市民の犠牲者も増え続けています。制裁は何のためにあるのか。その効果とねらい、限界に迫ります。

(ワシントン支局・吉武洋輔記者、辻浩平記者)

「これは金融戦争だ」

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まった2日後、アメリカとヨーロッパ各国は共同声明を発表しSWIFTからロシアの一部の銀行を排除すると発表しました。

SWIFTは200を超える国と地域の金融機関が参加する世界的な決済ネットワークです。1日当たりの決済額は5兆ドル、日本円で575兆円にものぼります。

SWIFTから締め出されると、その国の企業は別の決済の方法を見つけなくてはならず貿易に大きな支障が出ます。2012年にイランがSWIFT制裁を受けた際にはGDP成長率はマイナス7.4%となり深刻な景気低迷に陥りました。
さらに欧米や日本は制裁の抜け穴を防ぐため、ロシアの中央銀行が各国に持つ資産も凍結。ドル、ユーロ、円の「外貨準備」を使えなくする徹底したカネのブロックです。

経済の3要素は“ヒト・モノ・カネ”と言われますが、カネを止めればモノもヒトも止まる。一連の制裁の威力は経済制裁の中でも群を抜くと言われます。

ロシアに対する風当たりの強さは各国政府からだけではありません。

ロシアと関わりがある西側諸国の企業が一気かせいで迅速な行動をとったのです。
クレジットカードを運営するマスターカードやビザはロシアの複数の銀行を決済網から排除、アップルはiPhoneなどの販売を停止しました。日本企業もトヨタはロシアでの当面の生産停止、ホンダは輸出の一時停止に踏み切りました。

さらに物流で大きな役割を担うコンテナ海運最大手のA.P.モラー・マースクもロシア発着の貨物輸送を停止しました。

SWIFTがロシアの銀行を排除したことで積み荷の海上保険がつくれなくなったことが理由でした。

フランスのルメール経済相は、西側諸国の大規模制裁を「経済、金融上の戦争」と表現。

戦争という表現はふさわしくなかったとしてその後撤回しましたが、ロシアの“暴挙”に対して、経済的な“宣戦布告”とも受け止められる発言でした。
その効果はすぐに現れます。制裁発表直後からロシアの通貨ルーブルは急落。ドルに対して一時40%も下落し、過去最安値を記録しました。

ロシアでは不安に感じた人々が銀行のATMの前に行列を作る場面も見られるなどロシア経済への影響が出始めています。

アメリカ財務省で制裁を統括する外国資産管理局の上級顧問だったブライアン・オトゥール氏は私たちの取材に制裁の規模をこう表現しました。
ブライアン・オトゥール氏
「そら恐ろしいほどの規模だ。ロシアは世界経済に深く組み込まれ、世界第11位の経済大国だ。厳しい制裁を科されている北朝鮮やシリアと比べると、ロシアは市民の経済レベルもはるかに高いので、制裁によって失うものも多い。高いところにいればいるほど落差は大きくなり、打撃も大きくなる」

制裁で軍事侵攻を止められるのか

前代未聞とされる制裁に踏み切った欧米諸国。

ロシア経済に深刻な打撃を与え始めてますが、肝心の軍事侵攻は止まっていません。それどころかロシア軍による攻撃は激しさを増し、ウクライナでは市民の犠牲者も増え続けています。

アメリカのバイデン大統領はかねてから、軍事侵攻が行われれば大規模な制裁を科すと警告していましたが、結果的に侵攻を止めることはできませんでした。

バイデン大統領は先週、記者会見でまさにこの点を記者から問われました。
記者:
「制裁が抑止になっていない。プーチン大統領を止めるにはどうするのか」

バイデン大統領:
「制裁で侵攻を止められるとは誰も考えていない。プーチン大統領が『なんてことだ。撤退しよう』と考えることはない。制裁は時間がかかるのだ」
大統領自身が制裁はロシアの軍事侵攻を止めるためのものではないと明言したのです。

侵攻を止められないなら制裁の目的は何か?

制裁で軍事侵攻は止められない。それならば制裁の目的は何なのでしょうか。

アメリカ財務省で2017年まで制裁を担当していたオトゥール氏はこう説明します。
ブライアン・オトゥール氏
「制裁の目的はプーチン大統領や大統領に近い人物、それにロシア経済を国際社会から長期的に孤立させることだ」
そもそも制裁はすでに起きている軍事侵攻を止めるなど、短期的な目的を達成するものではなく、長期的に相手側の行動の変化を促すものだというのです。

制裁のねらいは国家の収入源を止めてプーチン政権を弱体化させ、市民が生活に不満を募らせることで、政権の求心力を低下させるといった展開です。
そのうえでオトゥール氏は外交上のよくある誤解の1つとして「敵は一枚岩だ」と考えてしまうことだと指摘します。
ブライアン・オトゥール氏
「どの国にも維持しなくてはいけない権力構造がある。絶大な権力を持つプーチン大統領にも気を配らなければいけない少数の人々がいるはずだ。制裁によってそうした人々の支持を失えば権力構造に影響をおよぼすことができる」
プーチン大統領に近い人物に制裁を科すことで、間接的に影響をおよぼすことが可能だという見方です。

実際、アメリカ政府は3日、オリガルヒと呼ばれるプーチン大統領に近い富豪たちに相次いで制裁を科すと発表しています。

警戒される“ブーメラン”

ただ、大規模な制裁で打撃を受けるのはロシアだけではありません。私たちの生活にも波及するおそれがあります。これは「ブーメラン」にたとえられる世界各国への跳ね返りの影響です。

もっとも懸念されるのはエネルギーです。ロシアは世界第11位の経済規模で、石油や天然ガスなど豊富なエネルギー資源を各国に輸出しています。

とくにヨーロッパは、石油の29%、天然ガスの34%をロシアからの輸入に依存していて、今後、金融制裁の影響で、国民生活を支える資源が足りなくなるおそれがあります。

実際「ブーメラン」の跳ね返りを懸念して、ロシアのエネルギーへの依存度が高いドイツやイタリアは直前まで、SWIFT制裁に慎重な姿勢をとっていたほどです。

原油の価格はすでに上昇しています。世界の商品市況では供給減少への懸念から、投資家などによる買い占めの動きが広がっていて、3か月前に1バレル60ドル台だった原油価格(WTI)は、3日に116ドルをつけ、13年半ぶりの高値まで上がりました。
原油や天然ガスを輸入に頼る日本にも影響が出るのは避けられないかもしれません。

アメリカの産業界でもすでに警戒の声があがっています。ミシガン州で自動車関連工場を営むボブ・ロスCEOは「工場で製造する変圧器にロシア産の鋼材が使われている」として、供給不安・価格上昇への不安を口にしました。

原材料調達の業界団体のドーン・ティウラ代表も「ロシアの銀行を介した取り引きが止まったという報告もある。サプライチェーンは複雑に絡み合っていて混乱が起きそうだ」と懸念しています。

みずからへの打撃も覚悟の上で、「諸刃の剣」とも言える大規模な制裁に踏み切った日本を含む西側諸国。

国際社会からの制裁は覚悟の上で軍事侵攻に踏み切ったロシア。

両者のせめぎあいは当面続くことになります。
ワシントン支局記者
吉武 洋輔
2004年入局
名古屋局・経済部を経て現所属
ワシントン支局記者
辻 浩平
鳥取局、エルサレム特派員、盛岡局、政治部を経て
2020年からワシントン支局