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教育現場を支える非正規教員 9万8000人

「仕事は同じでも、月給は正規職員より10万円以上少ないです」

そう話すのは公立の小学校で非正規の教員として働き続ける40代の女性です。

子どもたちの成長を日々感じる教員の仕事はとても魅力があり多少の苦労や困難があっても続けたいと考えてきました。

しかし、頑張っても頑張っても給料はおよそ10年間上がらず「やりがい搾取」という言葉が頭に浮かぶようになったといいます。

公立の小中学校や高校などで働く非正規の教員や講師は総務省の調査ではおととしの時点でおよそ9万8000人に上っています。現場の声を取材しました。
(社会部記者 寺島光海)

正規教員と仕事と責任は同じ

「子どもたちが楽しく学校生活を送れて、小学校は楽しかったなと思えるような時間を過ごしてほしい」
1年や半年などの短期間の契約を繰り返し更新して公立の小学校で非正規の教員として働き続ける47歳の女性です。

2年生のクラス担任をつとめています。

「臨時教員」という勤務形態で現在、14年目。

勤務は契約では週5日、1日7時間45分となっています。

正規職員の教員と仕事の内容や責任は変わらないといいます。

子どもや保護者からみても正規と非正規の教員で違いはなく授業や保護者面談なども同じように行っています。
女性が担当するクラスの時間割
また、女性は子どもへの接し方や保護者の対応などで悩んでいる若手の正規教員から相談をされることもあり自分の経験からアドバイスをしています。
女性
「もともとは正規教員として勤務していて結婚を契機に1度退職しましたが、その後、夫が亡くなり、2人の子どもを育てるため、非正規の教員として働き始めました。再び、正規教員の試験を受けようと思いましたが、子育てや親の介護で難しかったです。ただ、正規と非正規で待遇の差がここまであるとは思ってもみませんでした」

正規教員より月給は10万円以上少ない

女性が働く小学校ではおよそ60人の教員のうち、10人ほどが非正規で、非正規の教員がいないと学校の運営は維持できないといいます。

その一方で給与は正規教員と大きく違っています。

女性の月給は額面でおよそ23万円。

非正規の教員として働き始めた時の月給は20万円あまりでおよそ10年間は全く変わりませんでした。

その後、この4年ほどの間におよそ3万円上がりました。

ただ、現在の月給は自治体が条例で定めた上限額なのでこれ以上は上がりません。

また同じキャリアの正規教員と比べると月給は10万円以上少ないといいます。

民間企業では同じ内容の仕事に対して同じ水準の賃金を支払う「同一労働同一賃金」が導入されています。

厚生労働省のガイドラインでは同じ会社で働く正社員と非正規雇用の人で、仕事の内容や責任の重さ、配置の変更範囲などが同じであれば、同じ額の基本給を支払わなければならないとしていて、法律で、不合理な待遇の格差は禁止されています。
総務省に取材すると自治体で働く公務員にも地方公務員法で同様の考え方が取り入れられているといいます。

しかし女性は非正規の教員として働き続ける中で正規教員との待遇の格差を感じています。
女性
「同じように働いているため誰が正規教員で誰が非正規教員かはお互いわからない状態です。自分も14年続けていて、スキルアップをしていると思っていて難しい仕事も回ってくると学校側も任せてくれているんだと感じます。しかし、給料だけは頭打ちになっていてどうしても仕事に見合った給料だとは思うことができないんです」

“やりがい搾取”

女性は契約が更新されなければ仕事を失うという不安定な立場から教員を続けるために負担の大きい仕事も引き受けていると話します。

女性はこれまでに勤務した学校でトラブルが多いクラスの担任になれば来年度も仕事を続けられると校長から打診された経験があるといいます。

このクラスは担任を引きうける正規教員がいませんでした。

女性はこのクラスの担任にならないと仕事がなくなると思い、断ることができませんでした。
女性
「正規教員は断っても仕事がなくなることはないですよね。私たちは契約が不安定なので、諦めの気持ちで返事をするしかありませんでした。教員の仕事はやりがいがあり本当に魅力的です。しかし、非正規教員は教員としてのやりがいだけで低い給料で使われ続ける“やりがい搾取”だと感じてしまいます」

総務省「昇給の概念がない」

自治体を指導する立場の総務省はどう考えているのか。

総務省によりますと非正規の教員はあくまでも臨時的な立場であるため経験年数などを踏まえた昇給の概念はないということです。

ただ実態は長年、働き続ける非正規の教員が少なくなく総務省が自治体を対象にした非正規の教員などに関するマニュアルでは次のような記載があります。
「給与水準の考え方 常勤職員に適用される給料表及び初任給基準に基づき、学歴免許等の資格や経験年数を考慮して適切に決定することとなります」
このマニュアルでは非正規の教員の給与は同じ職場で働く正規教員の大学卒業者の初任給をベースに、経験に基づいて加算するとされています。

しかし、経験やスキルを積んでも自治体が上限額を設定しているため月給が上がる仕組みになっていないケースが多いと専門家は指摘します。
地方自治総合研究所 上林陽治委嘱研究員
地方自治総合研究所 上林陽治委嘱研究員
「長年、働き続ける非正規教員が多いのに制度上はあくまでも臨時的に働くとなっていることが問題の根底にある。言葉を選ばずに言うと正規と非正規で差別的な構造になっていると思う」

非正規の待遇改善に向けた制度が始まる

非正規の教員などの待遇を改善するために国は、昨年度から新たな制度を始めました。
この制度は地方自治体などにも「同一労働同一賃金」の考え方を取り入れようというもので非正規の公務員として働く教員や保育士、図書館司書などにボーナスの支給などができるようになりました。

それまでは「臨時的任用職員」や「特別職非常勤職員」など、さまざまな形態だった非正規の公務員の多くは「会計年度任用職員」と呼ばれる職員として働くことになりました。

教育委員会と話し合う場がなくなった

「もともと待遇がよかったわけではなかったが、よりひどくなったと感じている」

そう話すのは「会計年度任用職員」で、公立の高校で、ALT=外国語指導助手として働くアメリカ人の50代の男性です。
日本人女性と結婚し、20年以上前に来日。

民間企業などで英語講師として長年働き、非正規の講師として5年以上働いています。

新しい制度にあわせて男性もおととし4月から1年契約の「会計年度任用職員」となり、勤務しています。

この制度になってボーナスが年間数万円支給されるようになりました。
男性と同じALTの場合、年度当初に、教育委員会から勤務時間数と勤務日数の提示を受けます。

男性は年々、勤務時間数が減らされ、最も多かった時期より年間で50時間近く少なくなっていてその分、給料も減ってしまいました。
ALTのアメリカ人の男性
「学校全体で必要とする授業数は変わっていないんです。なのに、新しいALTを採用して、同じ授業数を複数のALTで分けることになったため、さらに働けなくなってしまいました。そして、誰もなぜ授業時間数が削減されたか理由も教えてくれない」
このため安定して働くことができるようにしてほしいと男性は個人で加入している労働組合を通じて教育委員会に団体交渉を申し入れました。

男性が入っている労働組合にはほかにも外国人のALTが加入していてこれまでに教育委員会と団体交渉を行って改善につながったことがあったからです。

しかし、男性にとって思ってもみなかったことが起きました。教育委員会から「会計年度任用職員制度に移行した後のことについては、団体交渉に応じられない」と回答があったのです。

男性はどうして教育委員会の対応が変わってしまったのか、なぜ認められないのか理解できませんでした。

「いい教育ができない」

その理由は男性が「会計年度任用職員」となったことにありました。

「行政現場で働く職員」としての義務を明確化するため地方公務員法の適用を受けるようになったのです。

警察職員などをのぞき「公務員」には、憲法に定められた労働三権のうち、すべての権利が認められているのは団結権だけです。

このため男性もこれまでのように教育委員会と団体交渉ができる権利がなくなっていたのです。

総務省に取材すると「会計年度任用職員」は各自治体に設置された人事委員会などの制度で給与の削減などについて調査や是正を求めることができるようになったとしています。

しかし男性はこの制度で申し立てをできることについてほとんど知られていないと話します。
ALTのアメリカ人の男性
「制度自体説明されていませんし、ほとんどの人が知らないのではないでしょうか。ALTの収入では生活も維持できず、来年度の働き先があるかも分からない。このようなことを続けていれば子どもたちにいい教育は提供できないしやめてしまう人が多くなると思います」
専門家からもこの制度では非正規の公務員の待遇改善につなげていくのは難しいと声が聞かれます。
地方自治総合研究所 上林陽治委嘱研究員
「ALTとして働くアメリカ人の男性のように会計年度任用職員の場合は前の年より勤務時間や給与が減っても毎年、新しい契約を結ぶことになっているのでこの制度で救済される対象にはならない可能性が高いと思います。

新しい契約をしたのだからその内容が前の年より悪くても契約したのは本人だということにされてしまうのです」
「また、人事委員会などの制度は、実際に働いている間しか利用できず、雇い止めにされた後に申し立てることはできません。もともと、正規の職員のための制度を、状況がまったく異なる非正規の人にあてはめても、権利を保護できないのではないかと考えています」

“非正規教員“の待遇改善を

総務省の調査によりますと公立の小中学校や高校などで働く非正規の教員や講師はおととしの時点で全国でおよそ9万8000人に上ります。

子育てや介護で短期間しか勤務できなかったり転勤が難しかったりして非正規という働き方を選ぶ人もいます。

しかし、取材を続ける中で正規教員と仕事の内容や責任が同じなのに給与などの待遇が低すぎて、現場で働く人からは「教育への思いはあるがモチベーションが維持できない」という声が相次いでいました。

そして子どもたちの教育への悪影響を懸念する声も多く聞きました。

非正規の教員として働く人たちの待遇改善のためにはどうすればいいのか、私たち一人一人も考えていかなくてはいけないと思います。
社会部記者
寺島光海
長崎局、福岡局、横浜局で警察・司法取材を担当しながら、「非正規公務員問題」にも取り組む
現在、社会部で労働分野を取材

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