反撃の“野菜炒め”~経済復活のカギは食にあり!~

反撃の“野菜炒め”~経済復活のカギは食にあり!~
メニューは山盛りの“野菜炒め”1本勝負。去年12月、こんな異色の飲食店が、都内にオープンしました。肉と背脂のトッピングで濃厚な味わいに。野菜の“マシマシ”だって可能です。
ランチタイムには行列もできる人気ですが、実はこの店を開いたのは、飲食チェーンではないのです。
新たな挑戦の舞台裏を取材すると、コロナ禍に振り回される外食業界の状況、そして日本経済復活のヒントが見えてきました。
(経済部記者・大江麻衣子)

山盛りの野菜炒めで1本勝負!

私が取材に訪れたのは、東京・渋谷の繁華街の一角にオープンした“野菜炒め”の専門店です。

「ザク、ザク……」
仕込みのキッチンからは、大量のキャベツを切る音が響きます。

キャベツに、もやしとにんじん、たまねぎを加えて、熱々の鉄鍋で火を入れると、あっという間に、皿からこぼれ落ちそうな山盛りの野菜の炒めが完成しました。
店のメニューは、なんと“野菜炒め”1本勝負。
野菜の量は普通盛りでも400グラムあり、成人の1日の野菜摂取目標量の350グラムを上回る十分な量の野菜を食べることができます。

味付けは、しょうゆ・ポン酢・みその3種類。
肉と背脂のトッピングや、野菜の増量=マシマシも600グラムまで可能で、自分好みの味にカスタマイズすることができます。
テーブルにはカレー粉や、とうがらしとニンニクを混ぜた調味料もあり“味変”だって可能。
リピーターも飽きさせず、野菜をより多く食べてもらうことに徹底的にこだわっています。
竹川敦史 代表取締役
「『肉が食べたい』『魚が食べたい』という層向けのお店はたくさんありますが、『野菜を食べたい』というときに、どこに行こうかというと思い浮かびにくいのではないでしょうか。だけど『野菜を食べたい』という層はめちゃくちゃいると思うので、この店が1つのカテゴリーになればいいと思っています」

異業種が外食に新規参入

今や行列ができる人気となった「野菜炒め専門店」。
しかし、竹川さんの会社の本業は飲食ではありません。

実はこの会社、首都圏を中心とした居酒屋などの飲食店に野菜を卸している、業務用の野菜の卸売会社なのです。

コロナ禍の影響が長期化し、逆風が吹き止まない状況にある外食業界。
野菜の卸売会社みずからが、あえてこの時期に外食の新規出店に乗り出したねらいはどこにあるのでしょうか?

コロナに振り回され… 野菜廃棄のおそれも

まず、ご覧いただきたいのがこちらのグラフ。
全国の主な外食チェーンの売り上げの推移を示したものです。
新型コロナの感染が初めて拡大した2020年の春に売り上げが激減。
その後、感染者数の減少とともに回復に向かいますが、感染が再拡大するとふたたび売り上げが減少するという状況が繰り返されていることが分かります。
コロナの感染状況に振り回されているのは外食業界だけではありません。

竹川さんの会社が野菜を卸しているのは、居酒屋などおよそ5000の飲食店。
このため、コロナ禍で取引先の飲食店が時短営業や休業になれば、会社への野菜の注文も減少することになります。

緊急事態宣言が全面的に解除された去年10月以降、会社の売り上げは、コロナ前の9割程度までいったん回復しましたが、オミクロン株による感染再拡大で状況は一変。
先月の売り上げは、コロナ前の半分以下に急激に落ち込んでいます。
ただ、会社が扱う野菜は、全国の契約農家で数か月前から作付けされているため、飲食店からの注文が減っても、急に出荷を止めることはできません。

このため、農家の人たちが丹精込めて育てた野菜も、卸し先がなければ倉庫に留め置かれ、廃棄につながる可能性も出てきてしまうのです。
会社の担当者
「これまでも緊急事態宣言などで野菜が一時的に倉庫に滞留してしまうことがありましたが、滞留が続けば、廃棄につながる可能性があります。生産者が一生懸命作ってくれた野菜を飲食店に届けられないのは非常に心苦しいので、何らかのアクションを起こさなければならないと考えました」

野菜の消費を増やせ!

コロナ禍で行き場をなくした“野菜”と“消費者”をつなぐにはどうしたらいいのか?
実は「野菜炒め専門店」のオープンに至るまでには、う余曲折がありました。
1回目の緊急事態宣言のさなかの2020年4月、この会社が初めて手がけたのが「ドライブスルー八百屋」です。

取引先の飲食店が一斉休業ともいえる状況に陥る中、“野菜余り”を防ごうと発案。

人との接触を避け、車に乗ったまま野菜を購入することができるスタイルは人気を集め、首都圏を中心に最大30か所で実施したこのサービスの利用者は、2か月間でおよそ6万人に上りました。
ただ、感染拡大が落ち着くと、徐々に利用者が減ったといいます。
会社は「当時は感染が初めて拡大し、休校や在宅勤務の徹底で、家族の皆が家にいるような特殊な状況だったからこそ利用が広がった」と振り返ります。

次に始めたのが、自宅へ野菜を届ける「宅配サービス」。
配達量の減ったトラックの荷台の空きを生かすことで、宅配料を1件あたり500円に抑え、あの手この手で野菜の消費を増やそうとしてきました。
竹川さん
「コロナ禍でさまざまな取り組みをしてきました。ただ、ドライブスルー八百屋のようなサービスは“コロナの状態だから消費者に受ける”ものでした。“コロナだからできる”ことだけではなく、これからは“コロナ後も続く継続性の高い業態”に取り組まないといけないと思いました」

コロナに強い経営とは?

感染状況に左右されず、野菜を安定的に流通させるにはどうしたらいいのか?
こちらに、そのカギを読み解くデータがあります。
去年12月はまん延防止等重点措置が適用される前でしたが、外食全体の売り上げはコロナ前の水準に回復せず、特に「パブ・居酒屋」の売り上げは半分程度に落ち込んだ状態が続いています。

東京商工リサーチによると、居酒屋チェーン主要14社の運営する店舗は、2021年末で5844店。
コロナ前の2019年末の7200店から、この2年間でおよそ2割も減りました。

一方、コロナ前より売り上げを伸ばしているのが、「ファストフード」や「焼き肉」。
居酒屋から、テイクアウトがしやすい唐揚げや、ファミリー層に人気の焼き肉の店に業態を転換する動きも相次いでいます。

つまり、外食の需要が、大人数での「だんらん」や「交友」の場から「少人数でおいしいものを食べられる場所」「手軽にテイクアウトできる場所」に変わってきていることを示しているのです。

ターゲットは“お一人様”

竹川さんの会社は、こうした飲食店の状況に注目。
感染状況に左右されにくい形の飲食チェーンを展開することで、「安定した売り上げ」と「野菜の大量消費」を一挙両得で実現する新たなビジネスモデルを作り上げようと考えたのです。
このため、オープンした店は、テーブル席ではなくカウンター席がメイン。
いわゆる「お一人様」需要を取り込み、コロナ禍でも来店しやすい店構えにしています。

店で消費する野菜は1日あたり200キロ。
この消費量は、同じ規模の飲食店の10軒分にあたり、今後は出店をさらに拡大する方針です。
竹川さん
「取引先の店も、飲酒を伴うところは売り上げが落ちていますが、アルコールをあまり伴わない業態は安定感があります。このため、コロナ禍でも影響を受けにくい“お一人様”のお客様をターゲットにした業態にしました。野菜炒めの専門店であれば、1店舗で飲食店10~20店分くらいの野菜を消費することができます。日本の農家の野菜を流通させるためにも、単純な卸売りだけではなく、創意工夫して盛り上げていきたいです」

日本経済復活のカギは食にあり!

感染拡大による業績の落ち込みと、その後の回復を繰り返す“でこぼこ”の日本経済。
その浮き沈みの要因のひとつがGDPの半分以上を占める「個人消費」、中でも外食産業です。

外食産業の規模は、コロナ前の水準で年間26兆円規模に上り、食材を卸す業者などを含めれば、すそ野はさらに広がります。

私自身の生活を振り返っても、コロナ禍で大人数での外食はめっきり減り、自宅や少人数での食事がほとんど。

ライフスタイルの変化とともに、外食の需要も「1人で食べられる」「専門店でこだわったものが食べられる」ことに変わってきていると感じます。

「野菜炒め専門店」のように、食に携わるプロたちが、新しい時代に応じた食の様式を生み出し、業界を新陳代謝していくことが、日本経済復活のカギになるのではないかと感じました。
経済部 記者
大江麻衣子
平成21年入局
水戸局 福岡局を経て現所属