北京オリンピック~躍進と混乱の果てに~

北京オリンピック~躍進と混乱の果てに~
新型コロナウイルスが収束しない中で、東京オリンピックからわずか半年後に行われた冬の北京オリンピック。
厳格な対策が続けられた17日間が幕を閉じた。
今大会は、スキージャンプでの相次ぐスーツ規定違反やフィギュアスケート、ロシアオリンピック委員会のカミラ・ワリエワ選手をめぐるドーピング問題など、“混乱”とも取れる場面が多く見られた。
こうした中でも、日本選手は冬のオリンピックで史上最多となる18個のメダルを獲得して大きく躍進した。
“光と影”がはっきりとした今大会『一起向未来(ともに未来へ)』をスローガンに開催されたオリンピックは将来への道筋を示すことができたのか。
(オリンピック取材班)

コロナ禍のオリンピック

【“中国式バブル” 徹底した感染対策】
東京大会に続いてのコロナ禍でのオリンピック。
「ゼロコロナ」を掲げた感染対策が至る所で徹底されていた。
北京市内の空港で行われたPCR検査は据え置きカメラで撮影され、報道関係者などが宿泊するホテルの出入り口には金属製のゲートが設けられた。

さらに報道陣や大会関係者は、競技会場とホテルの間を決められたバスや車で往復するのみだった。

【相次ぐメダル候補の欠場】
徹底した感染対策の一方で、コロナの陽性判定を受けて欠場した選手も相次いだ。
スキージャンプ女子では、金メダル候補のマリタ・クラマー選手(オーストリア)が中国へ出発する前に陽性と判定された。

フィギュアスケート男子シングルでメダル獲得が期待されたビンセント・ジョウ選手(アメリカ)は団体の決勝に出場後、陽性と判定され個人戦を欠場した。
大会組織委員会は1月23日以降、北京の空港到着時や「クローズドループ」と呼ばれるバブルの中で陽性判定となった選手とチーム関係者の数を集計していて、2月19日までの累計で185人に達している。
コロナ禍の大規模な国際大会において、感染対策を徹底し選手の安全性を確保した上で、出場機会を担保する難しさが、改めて浮き彫りとなった。

冬のオリンピックの持続可能とは?

【“人工雪”を疑問視、批判する声も】
環境対策を重視する姿勢を強調した今大会。
運営面ではスキーやスノーボード会場の「人工雪」に対して批判の目も向けられた。

北京からおよそ160キロ離れた張家口にあるスノーボードなどの会場では、コースのおよそ9割が人工雪で整備された。
しかし、もともと雪が少ない地域で大量の水を使って人工雪を作ることが、持続可能なオリンピックの姿なのか、専門家から批判の声があがった。
専門家
「気候が乾燥しているため、人工雪により多くの水が使われる悪循環となっている」
かんがいや生活用水に使われるべき貴重な水が奪われると指摘した。
大会組織委員会
「人工雪に必要な水の量は限定的で水資源や生態系には影響を及ぼさない」
果たして人工雪に頼るオリンピックは「クリーンで持続可能」と言えるのか。
冬のオリンピックでの課題が突きつけられた大会となった。

“ルール” 根幹が問われた大会

【スーツ規定違反で失格】

「申し訳ございません、申し訳ございません」


謝りながら泣き崩れる高梨沙羅選手の姿は、多くの人たちの胸を締めつけたのではないか。
スキージャンプ混合団体で高梨選手はスーツの規定違反で失格になった。
ジャンプ競技は試合ごとにランダムに選ばれた選手が、股の長さや腕の長さなどを計測され、体の部位ごとにスーツが適正なサイズか確認する。

ワールドカップでもスーツの規定違反で失格になる選手はいるが、オリンピックの1つの種目で5人が失格したのは異例だった(出場選手の4人に1人が失格)。

スキー日本代表の斉藤智治監督によると、高梨選手は以前と違う測り方をされたと話しているという。

各国の選手などからも続々と疑問の声が上がった
「全く違う方法で計測された」
「この日の検査はおかしい」
スポーツで決められたルールを守らなければならないことは誰もがわかっている。
だが、今回ばかりは黙っているわけにはいかなかったのだ。

こうした訴えを踏まえてスーツをチェックした担当者はこう答えた。
「いつもと違うことはしていない。規則は規則でありすべての人に適用されるもの」
一方、日本の斉藤監督は、今後、国際スキー連盟に対して検査のあり方などについて意見を提出する方針を明らかにしている。
スキー日本代表 斉藤智治監督
「大会をクリアなものにするためにも、検査をフェアにすることが大切だ」
【スノーボード 不可解なジャッジも】
今大会では、スノーボードのルール(採点)が物議を醸した。
ハーフパイプで金メダルを獲得した平野歩夢選手の決勝2回目の滑走だ。

大技の「トリプルコーク1440」を決めるなど、難しい演技構成でほぼミスなく滑った。
しかし、得点は伸びず、海外チームのスタッフや会場にいた関係者からブーイングが起きた。

客観的な数字を用いた採点基準が示されていないハーフパイプのジャッジのあり方について、平野選手は訴えた。
平野歩夢選手
「高さや技を測れるようなものを整えていくべきだと思うし、競技として測るシステムのようなものを作る時代になってきたのではないか」
国際スキー連盟の関係者は、こうした問題について、今後、各競技の技術委員会が検討していく見通しを明かした。

また、客観的なジャッジをするための「AI」の導入について「議論、検討される種目もあると思う」と話した。
【ルールの曖昧さ 選手の受け止めは】
5大会連続の出場で、今大会2つの銅メダルを獲得したノルディック複合の渡部暁斗選手は豊富な経験を踏まえて「冬競技の曖昧さが出た」と指摘した。
渡部暁斗選手
「スーツについてだが、人間の体型は毎日変わる。例えば違反をした選手にイエローカードを出して、次は気を付けなさいとするなど工夫が必要だ」。
さらに採点競技についてはー
「わかりやすい陸上のタイムと違って、なぜその点数が出たかが明確にわからない。冬の競技の曖昧さが出ているオリンピックなのだと思う」

15歳 ワリエワをめぐるドーピング問題

こうしたスポーツの“公平性”の根幹が問われたのが、フィギュアスケートのROC=ロシアオリンピック委員会のカミラ・ワリエワ選手をめぐるドーピング問題だ。

去年12月の大会で受けたドーピング検査で禁止薬物の陽性判定が出たことがオリンピック期間中に明らかになった。
CAS=スポーツ仲裁裁判所は、ワリエワ選手が16歳未満の「要保護者」にあたることなどを考慮して、継続して大会に出場することを認める判断を示した。

IOCは金メダルを獲得した団体と4位となった女子シングルの成績を「暫定的」なものとして扱っている。

しかし、こうした一連の対応は選手や関係者、さらには世間からさまざまな声を集めることになった。
厳しい批判も相次いだ。
「陽性は陽性」
「原則は例外なく守られるべき」
「公平性が保たれないのであれば、競い合う意味がない」
日本アンチドーピング機構の浅川伸専務理事は、CASの判断が“異例中の異例だ”と指摘した。
浅川伸専務理事
「最高のスポーツの祭典であるオリンピックでドーピング疑惑を持つ選手が競技を継続できていることは、アンチドーピングの観点から異例中の異例でありえない。オリンピックの歴史にも大きな問題が残るだろう」
一連の問題を受けてバッハ会長は「最低年齢を設けることが適切かイニシアチブを取って議論を立ち上げたい」とし、オリンピックに出場する選手の年齢制限を引き上げる可能性について言及した。
ISU=国際スケート連盟も動きを見せた。
フィギュアスケートについて、オリンピックなどのシニアの大会に出場できる年齢の制限を現在の15歳から17歳に引き上げるよう6月に行われる総会に提案することを明らかにした。
今後、世界アンチドーピング機構が調査を行って実態を明らかにしていく見通しだが、どのような結論が出ようとも、北京大会に大きな“影”を落とす結果になったことだけは変わらない。

4年に1度の大舞台に向けて、飽くなき努力をしている選手たち。

その努力が報われる場とするためにも、公平・公正、そしてオープンな検査やルールのもとで大会は行われるべきである。

オリンピックや競技の魅力を損なわないために、速やかに取り組むべき課題が山積している。

輝き放った選手たち

【最後のオリンピック】
大きな“影”がはっきりと見えたオリンピック。
それでも主役の選手たちは、それをかき消すかのような光を放った。

世界的スターの最後の雄姿は大きな感動を与えた。
スノーボード男子ハーフパイプのショーン・ホワイト選手(アメリカ)。

オリンピックでは前回のピョンチャン大会まで3つの大会で金メダルを獲得。長年にわたって世界の頂点に立ち続けてきたが、ひざや腰の状態が思わしくなく北京大会限りでの引退を表明した。

最後の舞台では4位となりメダル獲得はならなかったが、ラストランを終えると観客や報道陣から大きな拍手と声援が送られた。
目に涙を浮かべていたホワイト選手は、報道陣にこう言い残して競技人生を終えた。
ショーン・ホワイト選手
「自分の滑りを誇りに思う。自分を応援してくれるファンの皆さんのために、ここにいることも誇りに思う。スノーボードは僕の人生だった」
【台頭する若い力】
若い選手も台頭し、輝いた。
スキーフリースタイルで、金2つ、銀1つの3つのメダルを獲得した18歳の谷愛凌選手(中国)はトップアスリートでありながらファッションモデルもしていて、ことしアメリカの名門・スタンフォード大学に進学する予定だ。

その活躍に世界の視線が注がれ、特に中国では絶大な人気を誇った。

中国人の母とアメリカ人の父を持ち、サンフランシスコで生まれ育った。

一部アメリカメディアからは批判的な声も上がった中、胸の内を語った。
谷愛凌選手
「アメリカと中国、二つの大国の間で交流を促す力になりたい」
大会では“雪上のプリンセス”の愛称で親しまれ、オリンピックを機に名実ともに世界のスターになった。

日本 過去最多のメダル 躍進の要因は

北京大会で日本選手が獲得したメダルは18個と大きく躍進した。

スピードスケートの高木美帆選手は、1000mの金メダルと3個の銀メダルを獲得。スノーボード男子のハーフパイプでは、平野歩夢選手がこの種目初の金メダル。スキージャンプ男子の小林陵侑選手は個人ノーマルヒルで金メダル、個人ラージヒルで銀メダルを獲得した。
カーリング女子の日本代表は、初めて決勝に進出し銀メダルに輝いた。
各競技団体の強化策が実を結んだ今大会。
高木美帆選手など合わせて5つのメダルを獲得したスピードスケートでは、7年前から始めた取り組みが着実に結果につながった。

さらにノルディック複合団体でも強化が成功し、28年ぶりのメダルを手にした。
【“ナショナルチーム”での強化】
スピードスケートは、今大会のメダルはすべて「ナショナルチーム」でトレーニングを積む選手が獲得した。
代表レベルの選手たちは、以前は所属するチームで練習をしていたが、有力選手がメダルを獲得できなかったソチ大会後の7年前から、ほとんどがナショナルチームでともに練習している。
その期間は、1年のほとんど300日以上にも達する。
スケート強豪国のオランダから招へいしたヨハン・デ・ヴィットヘッドコーチ。さらには短距離と長距離に応じた専門のコーチもいるほか、体の治療や栄養面のサポートを受けられるなど環境を整えた。

何より日本のトップレベルが同じ場所で練習を続けることで「負けたくない」という競争意識が生まれた。

結成当初からナショナルチームでトレーニングを積んでいる高木美帆選手はその効果をこう話す。
高木美帆選手
「選手どうしの見えないところの刺激や助け合いが大きいと感じている。すべてにおいて質の高いところでトレーニングを行うことができている」
【弱点の克服】
スキー競技ではノルディック複合が強化を結果につなげた。
「団体」のメダルは1994年のリレハンメル大会以来となる28年ぶりの快挙となった。
前回大会4位の日本は、世界選手権でも過去3大会でいずれも表彰台に立てなかった。その原因は共通していて、後半のクロスカントリーで強豪国と競えないことだった。

日本は代表メンバーに若手も加えて、北京大会に向けた4年間で個々の走力を徹底的に鍛えた。
特に強化されたのがチーム最年少、24歳の山本涼太選手だった。
日本代表の河野孝典ヘッドコーチは、小柄な選手の多い日本が体格で勝るヨーロッパ勢と競うためには、スキー板に力を効率的に伝える走りを模索することが大切だと考えた。

山本選手は、筋肉の使い方を覚え込ませるため、クロスカントリーの練習時間を多く確保して地道なトレーニングを続けてきた。
河野ヘッドコーチは「底上げができてきた。全体的に走力が上がっている」と手応えを感じていた。
ジャンプで差をつけてクロスカントリーで逃げきる戦い方から、“クロスカントリーで競り勝つ”という新たな形で手にした銅メダルは、飛躍につながる大きな1歩となった。

明るい兆し 未来への課題

若手の躍進に目を向けると、スノーボードビッグエアの17歳、村瀬心椛選手が冬のオリンピックで日本女子最年少メダルを手にしたほか、フィギュアスケートでは18歳の鍵山優真選手が男子シングルで銀メダルを獲得した。

こうした10代の飛躍は、4年後の「ミラノ・コルティナダンペッツォ大会」だけでなく、札幌市が招致を目指している2030年の冬のオリンピック・パラリンピックに向けて明るい兆しとなった。

だが、その一方で、今大会で浮き彫りとなった「ルールの曖昧さ」や「ドーピング問題」などは、将来への道筋をしっかりと示すことが求められる。
「競技をやっている人たちは、命を張ってリスクも背負っている」
スノーボードの平野歩夢選手は訴えた。

選手をはじめ、オリンピックに関わるすべての人たちが、ともに未来へ(一起向未来)進むためには、IOCだけでなく国際競技団体がスピード感を持って課題に向き合っていくことが必要だ。