フィギュアスケート “ノンバイナリー”公表選手のペアは8位

北京オリンピック、フィギュアスケートのペアに出場したアメリカのティモシー・ルデュク選手は、自認する性が男性と女性の枠にとらわれない「ノンバイナリー」であることを公表して初めてのオリンピックに臨み、8位に入賞しました。

フィギュアスケートのペアは19日、後半のフリーが行われました。

アメリカのルデュク選手は、自認する性が男性と女性の枠にとらわれない「ノンバイナリー」であることを公表し、ペアを組むアシュリー・ケイン グリブル選手と初めてのオリンピックに臨みました。

ショートプログラム7位だったルデュク選手とケイン グリブル選手は、そろいのパンツスタイルの衣装で登場すると、高さのある安定したリフトやコンビネーションスピンで最高評価のレベル4を獲得するなど息のあった演技をみせたものの、ジャンプを失敗するミスもあり合計198.05で8位入賞となりました。

北京オリンピックでノンバイナリーの選手が出場することについて、性的マイノリティーとスポーツの問題に詳しい関西大学の井谷聡子准教授は「そうした選手が可視化されることは、すばらしいことだ。特にスポーツ界は、男女で競技が区切られるので、どちらでもないというような表現をする事はこれまで非常に難しかった。こうした選手がスポーツ界に出てくるのは大きな意味がある」と述べました。

「日本スポーツとジェンダー学会」の事務局長も務める井谷准教授は、自身が「ノンバイナリー」と似た概念をもつ「ジェンダークィア」だとカミングアウトしています。
井谷准教授は「自分はこれかもしれない、これかもしれないと探りながら徐々に自分を表すものを見つけていく過程は、多くのマイノリティーに共通しているんじゃないか」と自身の経験を明かしました。

そのうえで、オリンピックで性的マイノリティーであることを公表する選手が増えたことについて「スポーツ界にはトランスジェンダーの選手やノンバイナリーの選手はずっと存在してきた。性的マイノリティーの人たちへの社会的な排除が軽くなってきたことで、カミングアウトできる状態になってきたのではないか」と分析しています。

また、日本のスポーツ界での現状については「かなり足踏みしてしまっている。ジェンダーの規定でいうと、日本はまだトランスジェンダーの選手をどう扱うのかという明確な規定を国内の統括団体が持っていない状態で、やっと議論が始まったばかりだ。男性だから、女性だから、トランスジェンダーだからということではなく、活躍する1人の選手として尊重することを貫くことが大切だ」と指摘しています。

過去にはコーチから心ないことばも

ティモシー・ルデュク選手は31歳。
2002年のソルトレークシティーオリンピックのフィギュアスケートで、女子シングルのサラ・ヒューズ選手が金メダルを獲得するなど、アメリカの選手たちの活躍を目の当たりにして、12歳でスケートを始めました。

アメリカのNBCテレビのポッドキャストに出演したルデュク選手は、自身が性的マイノリティーであることで抱えた悩みや葛藤について語っています。

それによりますと、ルデュク選手は18歳の時にゲイであることを両親に明かしましたが、当時は理解してもらえず「悪魔払い」をされたこともあったといいます。

また、フィギュアスケートの当時のコーチからは「もっと男性らしくすれば試合に勝てる」などと心ないことばを浴びせられたこともあったということです。

変化が訪れたのは6年前にペアを組んだケイン グリブル選手との出会いでした。

ルデュク選手は、自分のありのままを受け入れてくれるケイングリブル選手とフィギュアスケートに打ち込み、2017年には全米選手権で3位入賞を果たしました。

その後、ルデュク選手は、自認する性が男性と女性の枠にとらわれない「ノンバイナリー」であることを公表。
ことし、全米選手権で優勝し、今回初めてのオリンピックに臨みました。

成功するために自分の一部を変える必要はない

18日のショートプログラムの後、ペアを組むケイン グリブル選手とともに取材に応じたルデュク選手は「スケートで成功するために、ジェンダーなどの面で普通とは少し異なる道を歩んできました。ですから、2人とも多少の困難や葛藤がありましたが、耐えてきました。そして、今、私たちは、オリンピックの舞台でこのような喜びの瞬間を迎えることができるのです」と笑顔で振り返りました。

また、ケイン グリブル選手は「私たちは、自分自身に正直にパートナーとして信頼関係を築いてきました。ありのままの自分でいることを多くの人たちに見てほしいからです。ルデュク選手はこれまでで一番のパートナーで、自分を受け入れてくれて、何があっても信じてくれる人。ティモシーやティモシーと同じような悩みを抱える人が困っていたら声を上げ、守りたいと思っています」と話しました。

そして、ノンバイナリーであることを公表し、オリンピックに臨む姿を通して伝えたいことを尋ねると、ルデュク選手は「私たちの願いは、アイスリンクであれほかの場所であれ、自分自身のままでいられて成功するために自分の一部を変える必要はないと思えるようにすることです。自分自身に正直になり、自分たちのユニークさや違いを表現する先駆者になることが私の望みです」と話し、性的マイノリティーや悩みを抱える人たちにエールを送りました。

「ノンバイナリー」とは

「ノンバイナリー」は、シンガーソングライターの宇多田ヒカルさんが去年6月、自身のインスタグラムで「私はこの数年で知ってそれなんだって思ったんだけど、ノンバイナリーに該当するなって知った」などと話し、公表したことで話題になりました。

性的マイノリティーとスポーツの問題に詳しい関西大学の井谷聡子准教授によりますと、ノンバイナリーは自分が「男性」と「女性」の枠にとらわれず、男性と女性の両方か、あるいはどちらでもない性自認をもつひとが自分を表現することばだということです。

インターネットの普及とともに、20年ほど前から自分の性別をどうとらえるかについて理解や認識が徐々に進み、最近では、欧米を中心に「ノンバイナリー」のことばが広がりつつあるということです。

東京大会 多様な性のあり方 世界に発信するアスリートも

東京オリンピックでは、LGBTQなど性的マイノリティーであることを公表した選手がこれまでで最も多くなるなど、多様な性のあり方をめぐって動きが広がり始めています。

東京オリンピックでは、LGBTQなど性的マイノリティーであることを公表した選手の数はこれまでで最も多くなりました。選手のなかには、多様な性のあり方をめぐってその思いを世界に発信する姿も見られました。
自身がゲイであることを公表している男子シンクロ高飛び込みのイギリス代表のトーマス・デーリー選手は金メダルを獲得したあと「若いころは自分が孤独で社会になじめず、ゲイであるせいで社会が望むような人間にはなれないと思っていました。何も成し遂げられないと思っていましたが、金メダリストなった今、『僕はゲイでオリンピック金メダリストだ』と言えることが信じられないほど誇らしい」と話しました。

そのうえで若い当事者たちに対し「たとえ今どんなに孤独を感じていたとしてもひとりではないし、 何でも成し遂げられる。あなたを助けてくれるたくさんの仲間がいます」とエールを送りました。
心と体の性が一致しないトランスジェンダーの選手として初めてオリンピックに出場したのはニュージーランド代表のローレル・ハッバード選手です。

IOC=国際オリンピック委員会は男性ホルモンの値が一定の基準以下など条件を満たせば出場できるとガイドラインに定めていて、これを満たしたハッバード選手はウエイトリフティングの女子87キロを超えるクラスに出場しました。

これについては、「不公平だ」と言った声も上がり開幕前から議論になっていました。

記録なしで終えたハッバード選手は競技のあと「私はずっと、ただ“私自身”でいたかっただけなんです。今回その機会をもらえた事がとてもうれしい。私がここにこうしていることで誰かに勇気を与えられたらと思っています」と話しました。

そして「私の出場が歴史的な出来事であるべきだとは思いません。私のような人たちが他の人と何も変わらないということを理解してもらえる、新しい世界になることを願っています」と話しました。