特例やむなし!? EU流 経済安全保障の強化とは

米中の対立などを背景に、世界各国が強化を図る経済安全保障。いま、その象徴的な物資になっているのが半導体です。
EU=ヨーロッパ連合は、2月8日、半導体の生産体制の強化を目指した法案を発表しました。その柱には、これまでEUが原則として行ってこなかった“特例”に踏み切ることも盛り込まれています。経済安全保障をめぐるEUの思惑とは。(ブリュッセル支局長 竹田恭子)
EU=ヨーロッパ連合は、2月8日、半導体の生産体制の強化を目指した法案を発表しました。その柱には、これまでEUが原則として行ってこなかった“特例”に踏み切ることも盛り込まれています。経済安全保障をめぐるEUの思惑とは。(ブリュッセル支局長 竹田恭子)
“5兆円規模”の半導体法案

「これは明らかに産業面での最も重要な法案の1つです。半導体は産業全体にとって重要です。この競争を傍観するわけにはいきません」
半導体法案のとりまとめを主導したEUのブルトン委員は8日の記者会見でこう力を込めました。
EUは今回の法案で、官民あわせて430億ユーロ、日本円にして5兆6000億円あまりを投じ、半導体の研究開発や生産体制の強化に取り組むことを明らかにしました。
1990年代には世界シェアが20%を超えていたEU域内の半導体生産。しかし、韓国や台湾の企業の成長などを背景に、現在はおよそ10%にまで落ち込んでいます。
EUが目指しているのは、2030年に世界シェアを20%に高めること。
この間に、世界での半導体の生産量は倍増すると見ているため、実質的に目標を達成するには、生産能力をいまの4倍に引き上げる必要があります。
EUは今回の法案で、官民あわせて430億ユーロ、日本円にして5兆6000億円あまりを投じ、半導体の研究開発や生産体制の強化に取り組むことを明らかにしました。
1990年代には世界シェアが20%を超えていたEU域内の半導体生産。しかし、韓国や台湾の企業の成長などを背景に、現在はおよそ10%にまで落ち込んでいます。
EUが目指しているのは、2030年に世界シェアを20%に高めること。
この間に、世界での半導体の生産量は倍増すると見ているため、実質的に目標を達成するには、生産能力をいまの4倍に引き上げる必要があります。
特例を辞さず

EUの取り組みの柱は3つあります。
1つは、いわば「オールEUで最先端の半導体産業を育成する」こと。
EUと加盟国が公的資金を出し合って、最先端の半導体の開発、商品化を支援。
例えば企業単独ではコストもリスクも高い、試作の生産ラインを設けるなどとしています。
2つ目の柱は、「特例的に補助金を認めて供給を確保」。
EUは、公正な競争を守るためとして、原則、加盟国が特定の企業や製品に補助金を出すことを禁止しています。
ただ今回、特例として、半導体の供給確保にとって重要な工場などの誘致のためであれば、事前の審査を経た上で、加盟国が補助金を出すことを認めるとしています。
特例を辞さず、経済安全保障を優先させる姿勢を見せたと言えます。
そして3つ目は、「半導体危機に備える」。
EUとして半導体の需給状況を常に監視し、供給が滞りそうな状況を予見。
深刻な供給不足が見込まれる場合は、「半導体危機」として非常措置を発動し、EUが共同調達を行ったり、補助金を受けたメーカーなどに、域内の重要分野への優先供給を命じたりすることもできるとしています。
1つは、いわば「オールEUで最先端の半導体産業を育成する」こと。
EUと加盟国が公的資金を出し合って、最先端の半導体の開発、商品化を支援。
例えば企業単独ではコストもリスクも高い、試作の生産ラインを設けるなどとしています。
2つ目の柱は、「特例的に補助金を認めて供給を確保」。
EUは、公正な競争を守るためとして、原則、加盟国が特定の企業や製品に補助金を出すことを禁止しています。
ただ今回、特例として、半導体の供給確保にとって重要な工場などの誘致のためであれば、事前の審査を経た上で、加盟国が補助金を出すことを認めるとしています。
特例を辞さず、経済安全保障を優先させる姿勢を見せたと言えます。
そして3つ目は、「半導体危機に備える」。
EUとして半導体の需給状況を常に監視し、供給が滞りそうな状況を予見。
深刻な供給不足が見込まれる場合は、「半導体危機」として非常措置を発動し、EUが共同調達を行ったり、補助金を受けたメーカーなどに、域内の重要分野への優先供給を命じたりすることもできるとしています。
コロナ禍で痛感した域外依存

あらゆる手段を使って半導体を確保しようとするEU。
背景には、強い危機感があります。
EUは2020年3月10日、新しい産業戦略を発表。
気候変動対策とデジタル化への対応を2本柱に、EUの企業の競争力強化を図るものでした。
しかし、その翌日、WHOが新型コロナウイルスについて、パンデミックだとの認識を示したのです。サプライチェーン=部品などの供給網は混乱し、半導体も不足。半導体がなくては、気候変動対策もデジタル化も進みません。
EUは、戦略物資をいかに域外に依存しているのか、痛感したのです。
ブルトン委員によれば、EUは、アメリカのとった輸出制限の影響で、一時、新型コロナのワクチンの生産に必要な成分についても、入手が困難な状況に直面したといいます。
背景には、強い危機感があります。
EUは2020年3月10日、新しい産業戦略を発表。
気候変動対策とデジタル化への対応を2本柱に、EUの企業の競争力強化を図るものでした。
しかし、その翌日、WHOが新型コロナウイルスについて、パンデミックだとの認識を示したのです。サプライチェーン=部品などの供給網は混乱し、半導体も不足。半導体がなくては、気候変動対策もデジタル化も進みません。
EUは、戦略物資をいかに域外に依存しているのか、痛感したのです。
ブルトン委員によれば、EUは、アメリカのとった輸出制限の影響で、一時、新型コロナのワクチンの生産に必要な成分についても、入手が困難な状況に直面したといいます。
依存度の軽減で「強じんさ」を
こうした経験を踏まえ、EUは、戦略物資の域外への依存度を調査しました。
5200品目の輸入品のうち、特に域外への依存度が高いものとして137品目を特定。EU産業の将来にかかわる気候変動対策やデジタル化への対応に必要な、半導体を活用した製品をはじめ、鉱物資源や医薬品の材料、石油製品などのエネルギー関連といったものが含まれるとしています。
5200品目の輸入品のうち、特に域外への依存度が高いものとして137品目を特定。EU産業の将来にかかわる気候変動対策やデジタル化への対応に必要な、半導体を活用した製品をはじめ、鉱物資源や医薬品の材料、石油製品などのエネルギー関連といったものが含まれるとしています。

主な依存先としては、金額ベースで中国が52%と圧倒的に多く、次いでベトナム11%、ブラジル5%、などと続きます。
そのうえで、2021年5月に産業戦略を改訂。
戦略物資の域外依存の軽減に取り組む姿勢を打ち出しました。
物資の調達先の多角化や備蓄、官民連携での投資促進など、対策は多岐にわたるとしています。
そのうえで、2021年5月に産業戦略を改訂。
戦略物資の域外依存の軽減に取り組む姿勢を打ち出しました。
物資の調達先の多角化や備蓄、官民連携での投資促進など、対策は多岐にわたるとしています。
国際的なルールづくりで「攻め」も

EUが経済安全保障で重視しているのは、物資の確保だけではありません。
2月2日に発表したのは「標準化戦略」。
狙いは、技術や製品の規格についての国際的なルールづくりで世界を主導することです。
EUの企業にとって有利なルールができれば競争力を高められると考えているからです。
戦略では、▽半導体の安全性、▽新型コロナのワクチンや医薬品の生産などを優先分野に設定。
どのような規格が必要になるのか、さきざきの予測を立てて動くための体制を構築することなどを盛り込みました。
2月2日に発表したのは「標準化戦略」。
狙いは、技術や製品の規格についての国際的なルールづくりで世界を主導することです。
EUの企業にとって有利なルールができれば競争力を高められると考えているからです。
戦略では、▽半導体の安全性、▽新型コロナのワクチンや医薬品の生産などを優先分野に設定。
どのような規格が必要になるのか、さきざきの予測を立てて動くための体制を構築することなどを盛り込みました。
域内企業や競争力の「守り」も
標準化戦略を「攻め」のアプローチとすれば、「守り」の対策も検討されています。
ヨーロッパ議会で今、審議が進められているのは、域外の国の政府が資金支援をした企業から、EUの企業やその競争力を守るための法案です。
こうした企業がEUの企業を買収したり、公的機関が行う入札に参加したりする場合は、EUが事前にチェックし、場合によっては買収や落札を禁止することもできるとしています。
ヨーロッパ議会で今、審議が進められているのは、域外の国の政府が資金支援をした企業から、EUの企業やその競争力を守るための法案です。
こうした企業がEUの企業を買収したり、公的機関が行う入札に参加したりする場合は、EUが事前にチェックし、場合によっては買収や落札を禁止することもできるとしています。

特定の国を想定したものではないとしていますが、法案の提出理由や背景をまとめた文書には、2016年にかけて中国によるEU企業の買収が大幅に増えたこと、中国が国外で行う企業買収の特徴として、中国政府が資金を出していることなどが記されており、中国を念頭に置いていることがうかがえます。
“開かれた”戦略的自立

一連の対策を進めるうえでEUが根底の考え方としているのは、「開かれた戦略的自立」。
深まる米中の対立などを念頭に、「域外とのかかわりを最大限活用して、EUの利益を断固として守るもの」だとしています。
ブルトン委員は、目指す「ヨーロッパ像」についてこう述べています。
深まる米中の対立などを念頭に、「域外とのかかわりを最大限活用して、EUの利益を断固として守るもの」だとしています。
ブルトン委員は、目指す「ヨーロッパ像」についてこう述べています。
「最先端の技術や製品に投資して、競争力を保つとともに、未来の市場をけん引するヨーロッパ。必要な物資の生産を域外に任せきりにするのではなく、必要なものはみずから生産する能力を取り戻し、さらに世界の市場も支配する、『工場』としてのヨーロッパ。外部に開かれてはいるが、そのための条件はみずから決めるヨーロッパ。そして供給網を確実に抑えるとともに、新たな力関係もとりいれて、域外依存に立ち向かうヨーロッパ」
こうしたEUの姿勢に対して、一部の加盟国や専門家などは、保護主義に陥らないよう、くぎを刺しました。
ブルトン委員は保護主義への懸念を「大げさだ」と一蹴していますが、今後の具体的な動きは厳しく見ていく必要があると思います。
ブルトン委員は保護主義への懸念を「大げさだ」と一蹴していますが、今後の具体的な動きは厳しく見ていく必要があると思います。
『利用される相互依存』から身を守る
ウクライナ情勢をめぐる緊張が続く中、ロシアに天然ガスの輸入を頼ってきたEUは、エネルギーの安全保障の問題にも直面しています。
再生可能エネルギーへの転換も、気候変動対策や成長戦略にとどまらず、エネルギー安全保障の文脈で語られることが増えています。
再生可能エネルギーへの転換も、気候変動対策や成長戦略にとどまらず、エネルギー安全保障の文脈で語られることが増えています。

EUの外相にあたるボレル上級代表は、1月に行った講演で、「21世紀は、相互依存が武器として利用されてしまう時代だ」という認識を示しました。
グローバル化が進む中で強まってきた依存関係は、ひとたび相手と対立関係に陥った際に“武器”にされるおそれがあるというのです。
そうした“武器”から身を守るため、EUが経済安全保障の取り組みを加速させることは確実で、その動きから日本も目を離してはいけないと感じます。
グローバル化が進む中で強まってきた依存関係は、ひとたび相手と対立関係に陥った際に“武器”にされるおそれがあるというのです。
そうした“武器”から身を守るため、EUが経済安全保障の取り組みを加速させることは確実で、その動きから日本も目を離してはいけないと感じます。

ブリュッセル支局長
竹田恭子
2001年入局
去年7月から現所属 EUなどを取材
竹田恭子
2001年入局
去年7月から現所属 EUなどを取材