WEB特集

日本人留学生の性被害 加害者は駐在員 見知らぬ土地で何が…

「頼りにしていた現地の日本人駐在員から性被害に遭いました」
「日本人会のパーティーに私だけ違う時間に呼ばれて性暴力を受けました」

これは、夢と希望を胸に渡った留学先で、性暴力の被害に遭った人たちの声。
留学経験のある大学生などで作る団体がアンケート調査を行ったところ、留学先での性被害の事例が200件以上寄せられ、深刻な事態が浮き彫りになってきました。

新型コロナウイルスの影響で留学を断念する学生も多いなか、1人でも理不尽な理由で夢を諦める人がいなくなるように。
立ち上がった学生たちを取材しました。
(科学文化部 記者 信藤敦子)

※この記事では性暴力に関する具体的な記述が含まれています。

夢抱いた海外留学 信頼していた駐在員から性暴力被害に

カホさん(仮名)
東京都内の大学に通うカホさん(20代前半・仮名)は、将来、紛争解決や人道支援に携わるため語学を学びたいと、おととし夏までの1年間、ヨーロッパに留学しました。

現地に着いてほどなく、街を歩いていると1人の日本人男性から声をかけられました。
大手企業から派遣され、妻子とともに滞在しているという駐在員。
語学も堪能で「困ったことがあったらいつでも言ってね」と言われ、カホさんは進路への学びが得られるかもしれないと考えました。

1週間後、食事に誘われたカホさん。
その駐在員は、留学先を選んだ理由や将来の夢を熱心に聞いてくれ「自分はビジネスで来ているけど感化された。応援するよ」と励ましてくれたといいます。

その後も、現地の人とのトラブルの回避方法から、日本食を扱うスーパーまで親身になって教えてくれました。
また駐在員の子どもは、カホさんがアルバイトする日本語学校に通っていて、送迎時にたびたび顔を合わせていたこともあり、信頼しきっていたといいます。
カホさん(仮名)
「海外で活躍する日本人駐在員が、自分のことを肯定してくれているような気がしてうれしくなりました。ホームステイ先と大学とバイトの往復では他の日本人と知り合う機会もなく、定期的に連絡がくるなかで、いつのまにか留学先で唯一頼れる存在になっていました」
出会ってから4か月がたった、その年の暮れ。
「日本食を作るから食べにおいで。日本のテレビも見られるよ」と、自宅に誘われます。
妻子が日本に一時帰国するタイミングだと知り、カホさんは「外のレストランにしませんか」などと提案しましたが、何度も誘われたといいます。
今後の関係に亀裂が生じることを恐れ、カホさんは断り切れませんでした。

そして、自宅を訪ねると突然「大丈夫だから、信頼して」と、別人になったかのように強引に性行為を迫られたといいます。
カホさんが「やめてください」と泣いても「しばらくすれば慣れるから」と受け入れられませんでした。

駐在員は「外に出すから」と避妊もしようとはせず、カホさんは相手がさらに暴力的になるのではと恐怖を感じ、逃げることもできませんでした。
終わるまで耐えて、相手が満足したらすぐに帰ろう、それが最善の方法だと思ったといいます。
カホさん(仮名)
「その場では、必死で相手を逆なでしないことを考えていました。どれだけ泣いても全く相手に届かないことに、体もそうですが、心も傷つきました。しばらくは、あれはたいしたことではなかったんだと、自分に言い聞かせるようにしていましたが、相手の子どもへの罪悪感も生まれました。お父さんを悪い人にしてしまった。ちゃんと断っておけばよかったという後悔でいっぱいになりました」

他の駐在員からもセクハラ被害に

年が明け、日本大使館で現地の日本人が参加する新年会が行われました。
加害した駐在員以外の日本人とのつながりを作りたいと参加したカホさん。
40代から50代の駐在員たちに自己紹介を促され、将来の夢や留学の目的について話しました。
しかし、そこでカホさんは大きなショックを受けます。

「そんな真面目なことはいいから」とお酒を強要され「毎晩おじさんたちの相手をしてよ」と体を触られたり、卑わいなことばを投げかけられたりしたのです。
セクシャルハラスメントだと感じました。

その場には、大使館の職員や駐在員の妻たちなど多くの人がいて、女性もいましたが誰も助けてくれず、ある女性は「若いっていいわね」と通りすぎて行ったといいます。
カホさんは、そこで初めて「これはおかしい」と気づきました。
カホさん(仮名)
「私は『若い女』としての価値しかないような気持ちになりました。こんなハラスメントが当たり前の古い価値観の中にいるから、あんなことが平気でできるんだと思いました。女性を物としか見ていないと、やっと分かったんです」
カホさんは、現地で知り合った年上の日本人女性に、駐在員のコミュニティーが苦手だと伝えました。
すると女性は、カホさんに性行為を強要した駐在員の名前を出して「ごはんに誘われて、キスをされそうになったから逃げたことがある。あの人は危ないから、気をつけて」と告げました。

その駐在員が同じことを繰り返していると知ったカホさんは、女性に被害を打ち明けました。
すると女性は「生理はきているのか」と確認したうえで、性病の検査も必要だからと、病院に行くよう勧めました。
「将来、不妊につながる可能性もある。万が一妊娠していたときのことを考えて」との助言はそのとおりでしたが、現地のことばが十分に分からない中での検査には、戸惑いや不安でいっぱいだったといいます。
カホさん(仮名)
「女性の強い説得で、初めて自分の体に危険があると気が付きました。決死の覚悟で病院に行き、幸い何もありませんでしたが、こんな経験はもう誰にもしてほしくないと心から思います」

アンケート調査が浮き彫りにする留学先での性被害の実態

カホさんは、このままにはできないと感じ、自分が受けた性被害や理不尽な現状を留学生が集まるSNSに投稿したところ、約100人からメッセージが寄せられました。

「あなたは悪くない」「適切なカウンセリングを受けて」といった声とともに、「私も同じような被害に遭った」という声も数多くありました。
SAY NO!ホームページより
留学先の性暴力被害の実態を少しでも明らかにしたい―。

カホさんをはじめ、留学経験のある約10人が集まり、おととし5月から7月にインターネットでアンケート調査を実施しました。
回答したのは留学生や留学経験者など516人。
留学先で性被害を受けたケースは157件あり、被害を見聞きしたケースを合わせると、216件が報告されました。

また被害は世界各地で起こっていて、ヨーロッパや中南米、アフリカでは、留学生の数に比べて被害件数が多いことも明らかになりました。
日本人の加害者は、半数以上が企業や商社、国際機関などの「駐在員」。
次いで「友人・知り合い」「現地就職者」でした。
また、被害者の6割近くが「周りに頼れる人がいなかった」と回答していました。
留学先では、知人や身近な人がいない場合が多く、問題に直面したときの解決が困難となりやすい状況も明らかになりました。

さらに自由記述欄には、多くの切実な声が記されていました。
「何も知らない若い留学生という弱い立場につけ込まれた」
「被害を伝えても、よくあることだよと取り合ってもらえなかった」
「現地の外国人に、アジア人はセックスワーカーだと言われてお尻を触られた」
「ホストファミリーからセクハラにあった」
カホさんたちは、記述の一つ一つを、胸が締めつけられる思いで読んだといいます。

性暴力被害に関する研究や被害者支援を行っている公認心理師で、目白大学専任講師の齋藤梓さんは、加害者が社会的な地位や関係性を利用していると指摘します。
公認心理師 目白大学専任講師 齋藤梓さん
公認心理師 目白大学専任講師 齋藤梓さん
「ことばも分からない海外でどれだけ孤独で不安だったか、察するに余りある。頼れる人の少ない留学生と、現地に根ざしている駐在員とでは圧倒的な力関係の差があり、断れないのは当然のこと。留学生を守るためにも、早急な対策が必要だ。加害者がみずからの優位性を生かし、断りにくい関係を利用している構図は、多くの性暴力被害で見られる。たとえ家に行ったとしても、性行為に同意したわけではない。被害を受けた人は、どうか自分を責めないでほしい」

「留学生のための性暴力対策マニュアル」作成

「留学生のための性暴力対策マニュアル」より
カホさんたちはアンケートに寄せられたさまざまな声をもとに「留学生のための性暴力対策マニュアル」を作成しました。

集まった声をむだにせず、1人でも多くの留学生を性暴力の被害から守りたいという思いからでした。
▽日本人からの性暴力
「日本人だからと相手のことをむやみに信用しすぎず、適度な距離感を保つこと」

▽外国人からの性暴力
「日本でされて嫌なことは、どの国でされても嫌なこと」
「はっきりNOといい、逃げても大丈夫」
そのうえで、性暴力が起きたらすぐに検査することや、相談できる人を複数持つことの重要性、そして「加害者は処罰できる」として加害者が罰せられれば、尊厳を回復したり、社会を信頼できたりすることなどを紹介しています。
さらに、もしもの際にすぐに連絡できる日本語対応の医療施設や大学の留学支援室の連絡先、留学先のアフターピルの取り扱いについて調べておくようにアドバイスしています。

カホさんは日本の弁護士に相談し、数か月の交渉の末、駐在員から慰謝料の支払いを受けました。
駐在員は、家に誘って性行為をしたことは認めましたが、同意の有無についてははぐらかしたままだといいます。
そのうえで「傷つけたことは申し訳なかった」と謝罪したといいます。
カホさん(仮名)
「泣き寝入りはしたくなかったし、手続きを経て、自分が悪くなかったとも思えました。でも、大事な留学の時間を費やさなければいけなかったことが悔しい」
留学することを心配していた家族には、被害のことを一切話すことができていません。
つらい思いを抱えながら、それでも人道支援の現場で働くという夢を諦めたくないと、カホさんは前に進もうとしています。
目標としていた語学検定にも合格しました。

自分と同じ思いをする人がいなくなってほしい―。
カホさんたちは、マニュアルの冒頭にこう記しています。
私たち留学生は勇気と覚悟を持って留学する。
どの場所で生きようと、個人の尊厳が担保され人間として生きる権利を持っている。
留学中に被害にあった私たちは、世界に旅立つ前のあなたに伝えたいメッセージがある。
留学中に起こりうる悪質な性暴力があることを知ってほしい。
未来を担う若者たちが、安全に留学できるように。
科学文化部 記者
信藤敦子
新聞社を経て平成21年入局
文化・芸能取材を担当、医療分野も
性暴力被害やジェンダーの取材をライフワークにしています

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