医師が見た高齢者施設のクラスター “第5波より現場は混乱”

医師が見た高齢者施設のクラスター “第5波より現場は混乱”
先月下旬、都内の高齢者施設で医師が目の当たりにしたのは、必要な治療が受けられず、脱水症状を起こしたお年寄りの姿です。

今、軽症が多いとされるオミクロン株の感染が拡大。
しかし1日に亡くなる人の数は過去最多を更新しています。
そのほとんどは高齢者で高齢者施設でのクラスターもかつてない数に上っています。

「介護現場は第5波よりも混乱している」

医師が話す”現場の混乱”は、なぜ起きてしまったのでしょうか。
(社会部 小林さやか)

検査キットの在庫が尽き…検査もままならない

往診を専門に行っている岩間洋亮医師のもとに、東京都の新型コロナ対策の担当者から連絡が来たのは1月27日。
感染者がいる高齢者施設に行って診療をしてほしいという依頼でした。
このころ、感染の急拡大によって都内の病床はひっ迫。

高齢者の場合、感染が分かれば原則入院することになっていますが、これまでも感染者が増えると介護が必要な高齢者の入院先を探すのは困難を極めました。
このため都は施設内で療養してもらうことを想定し、施設に医師を派遣して「往診」をしてもらう体制を強化していました。

その協力の要請が来たのです。

往診は翌日から始まりました。
初日は3か所。
その1つ、都内の特別養護老人ホームでは4日前から複数の職員と入所者に発熱などの症状が出ていました。

こうした施設では入所者の健康管理をする医師を置くことが義務づけられているため、この施設でも非常勤の嘱託医がいますが、往診をお願いしてもなかなか来てくれないといいます。
備蓄していた抗原検査の簡易キットも在庫がつき、検査すらままならない状態になっていました。
新型コロナへの感染が確認できなければ治療薬の投与もできません。

「とにかく、まずは検査をしてほしい」

感染の疑いがあるにもかかわらず、検査がまだできていない人が16人に上り、この日まとめて検体を採取しました。
往診を専門に行う岩間洋亮医師
「東京都の要請で高齢者施設に往診に行っていますが、患者の数が3人と聞いていても、実際に行ってみるとそれではすまないことが多い。抗原検査で陽性でなくても症状が出ている人もみてほしいと言われて、結局10人を超えているということも多くありました」

脱水症状で衰弱、寝たきりに

ここで岩間医師が目の当たりにしたのが、適切な治療が受けられず「脱水症状」によってみるみるうちに症状が悪化していく高齢者の姿です。
感染が広がる前は入所者の多くが自分で歩いて食堂に行き、みんなでごはんを食べ、コミュニケーションもとれていました。

しかし感染が広がると高熱やのどの炎症によって食事がのどを通らなくなりました。
中には丸1日全く水分をとることができない人もいて、脱水症状を起こす人が相次いだのです。

点滴で水分補給をしようにも感染の急拡大で薬剤は入手しにくい状態で、必要な人に点滴が行き渡りません。
加えて入所者のほとんどは80歳を越え、基礎疾患もあります。
脱水症状を起こした高齢者の中には数日のうちに起き上がることができなくなり、ほぼ寝たきりの状態になってしまった人もいたといいます。
岩間医師は、自分のクリニックにある点滴をかき集めて、連日施設に通いました。
脱水を起こした高齢者の血管は細くなっていて、針を刺すのが難しいうえ、認知症のため点滴を抜いてしまうことも少なくありません。
足首の血管を探して、点滴をしました。

介護職員も看護師も感染 “これまでにないほど混乱”

さらに介護する側の人手不足も重なりました。

検査の結果、感染が確認されたのはおよそ60人の入所者のうち、少なくとも9人(その後13人に拡大)。入所者の感染は1つのフロアーに集中し、そのフロアーを担当する看護師や介護職員にも感染が広がっていました。

国は、これまでの教訓から高齢者施設で職員にも感染が広がった場合に、別の施設などから応援の介護職員を派遣するシステムを構築しています。
しかし、感染が発生する施設が相次ぐ中、人手が足りないのはどこも同じ。

施設ではシステムを使っても応援は望めないと、派遣の要請そのものを諦めていました。
このため、残った職員が感染した入所者への医療的なケア、感染拡大を防ぐ対応、そして介護を続けなければならない状態に陥ったのです。
ほかの入所者への感染を防ぐため患者はそれぞれの個室に隔離され、これまで共用スペースで1度にとっていた食事は、職員が1部屋1部屋回って介助しました。

しかし新型コロナの症状に加えてふだんと違う環境となったことで食が進まず、ますます脱水の症状が悪化する人も。
職員は少しでも水分を取ってもらおうと、一日中水分を口に運び続けていました。
中には容体が急変し病院に救急搬送する必要がある入所者も複数いましたが、受け入れ先が見つからないこともしばしばでした。

このうち91歳の男性は搬送先を探す救急車の中で息を引き取りました。
男性は検査を待っている間に状態が悪化し、最期まで新型コロナに感染しているかさえ確認できなかったそうです。
(岩間洋亮医師)
「入院が必要な場合は救急搬送、もしくは保健所を通じて病院を探しますが、先日は搬送先の病院が見つかるまで7時間以上かかるようなケースが散見されました。オミクロン株は比較的軽症の人が多いのは事実ですが感染者の数が圧倒的に多いのが問題で、現場は第5波の時以上に混乱していました」
その後、この施設では岩間医師の治療によって入所者の症状は改善に向かっているということです。
ただ施設の責任者は、もっと早く医療支援が得られれば入所者が亡くなることもなかったのではないかと感じています。
(施設長)
「症状が重い人だけでも治療の場に送り込んでいただきたいです。高齢者施設はあくまでも暮らしにあわせた環境にしかなっていないことをどうかご理解いただきたいんです。施設の中でどうしても陽性者をみなければいけないとしたら、医療的な支援と必要な物資をすぐに手配してほしいです」

相次ぐ悲痛な声、早急な支援を

厚生労働省のまとめによると、全国の高齢者福祉施設で確認されたクラスターなどの数は、2月14日までの1週間に455件。
これまででもっとも多かった、およそ1年前のピーク時と比べても4倍に上っています。
各地の施設を取材すると、「1人の職員が25人の入所者を介護している」とか「管理職が朝から次の日の夜まで働き続けている」「陽性の職員が陽性の入所者を介護している」といった悲痛な声をいくつも聞きました。
これまでも高齢者施設では、感染した高齢者が療養を続けるのは難しいと指摘されていました。

人手不足が慢性化していて、ひとたびクラスターが起きればあっという間にぎりぎりの体制になってしまうからです。

しかし、新型コロナの感染が拡大するたびに医療的な支援が得られないという問題が繰り返され、特に第6波はオミクロン株の感染力の強さから介護現場の負担がこれまでにないほど重くなっています。

岩間医師は、今も施設で往診を続けています。
現場が混乱しないために、もっと迅速に対応できる支援体制が必要だと感じています。
(岩間洋亮医師)
「高齢者はもともと体力が弱く急変しやすい一方で、必要な治療を必要なタイミングで施せば、命を助けることもできます。感染が発生した直後の1週間くらいが最も混乱しやすいので、すぐに駆けつけられる往診医を増やすことや、医療物資を介護現場に優先的に回す体制を整えてほしいです」