インドを目指す!京都伝統の技

インドを目指す!京都伝統の技
インドの伝統衣装、「サリー」。

はっきりとした色使いが印象的で、エキゾチックなイメージを抱く人も多いと思います。そのサリーの制作に、京都の着物作りに関わる職人たちが乗り出しました。

大きなきっかけは、コロナ禍による需要の低迷。そして、伝統の技術が途絶えかねないという危機感でした。挑戦の道のりを追いました。

(京都放送局記者 三崎由香)

京都の伝統技術でサリー

去年12月、京都市内でPR動画の撮影が行われました。PRするのは、2人のモデルが着ているインドの伝統衣装「サリー」です。

このサリー、普通のサリーではありません。素材は絹。日本の伝統衣装“着物”の技法がふんだんに取り入れられています。

父親がインド出身というモデルの女性は、織物を刺しゅうなどで彩るインドのサリーより肩や腰が疲れない、と話してくれました。
「インドのサリーはすごく重いのですが、このサリーは軽く感じます。インドでは、淡く、かわいい感じのサリーがあまりなく、濃い赤とかが多い。日本らしい色合いのサリーを着られてよかったです」
12月とあって、この日は厳しい寒さでしたが、絹製のサリーは、薄くても温かく感じたそうです。

着物を染める”京友禅”の技術とは

サリーの制作は、京都に伝わる伝統的な染めの技術「京友禅」を扱う京都の染色加工会社、11社が共同で始めました。
「京友禅」は、京都に伝わる日本有数の模様染めの技術で、そのほとんどは着物に使われています。美しく華麗な絵で人気を集めた江戸時代の扇絵師で、当時京都に住んでいた「宮崎友禅斎」がその手法を確立したと言われています。

筆で絵を描くように色を染めていく「手描き友禅」。明治以降には、量産に対応するため、型紙を使って色を染める「型友禅」の技法も開発されました。刺しゅうを施す、金ぱくを貼る、といった工程も経て、豪華に仕上げていきます。

新型コロナも打撃 苦境の伝統産業

ところでいったいなぜ、京友禅の技術で、インドの伝統衣装を作ることになったのでしょうか?大きなきっかけの1つは、新型コロナの感染拡大による需要の落ち込みです。

京友禅の技術は、ほとんどが着物に使われています。生産量のピークは、1971年度。経済成長で生活が豊かになり、冠婚葬祭に合わせていくつもの着物を使い分ける人も多くいました。

しかし、その後“着物離れ”が進んで、国内市場は大幅に縮小。そうした中、新型コロナウイルスの感染拡大の影響が、販売の落ち込みに拍車をかけます。

昨年度の生産量は前の年度に比べておよそ26%も減少。
ピーク時に比べると98%の減少となりました。
京友禅は、「下絵」や「染め」などの工程をそれぞれの職人が担う「分業制」です。1つの作品に、少なくとも10人の職人が携わります。

裏を返せば、1つの工程ができなくなると、全体が完成しません。コロナ禍をきっかけに職人が仕事を失って廃業が相次ぐことになれば、伝統の技術が途絶えてしまうことになりかねません。
プロジェクトのメンバーの1人、関谷幸英さんは、創業120年余りの染色加工会社の社長です。縮小する国内市場から、海外に目を向ける必要があると考えてきました。

サリーは、布で覆う着方や、晴れ着としての使われ方が日本の着物に近いと感じたといいます。
インドの人口はおよそ14億人。今後のさらなる経済成長も期待されています。日本ならではの染め物を投入し、価値が認められれば市場開拓につながるのではないかと考えました。
関谷幸英さん
「バトンリレーのように、1つの工程を1人の職人さんでやってつなぐことで、高いクオリティーを保っている。たくさんの人が集まってできる技術だからこそ、それを途絶えさせないように次の世代にものづくりを残していきたい」

課題は“大きさの違い”?

プロジェクトに参加した各社は、価格を1枚100万円と想定。まずは、インドの富裕層をターゲットに定めました。

しかしいったん作り始めると、着物とサリーの違いから生じる課題が次々と浮き彫りになりました。
最大の課題は、“大きさの違い”でした。

関谷さんたちによりますとサリーは、長さ5~6メートルほどの1枚の布を体に巻きつけて着ます。布の幅はおよそ1メートル20センチ。通常の着物に使う反物の3倍もあります。

着物の模様では小さくて目立たないため、柄も3倍に拡大することにしました。

しかし、ただ大きくすればいいということではありません。染める範囲が広がると、色のムラが出やすくなり、表現の繊細さも失われてしまいます。
あえてぼかしをつけたり、柄に濃淡をつけることで、こうした課題を克服。職人の熟練の技を駆使して、大きく、鮮やかな模様を施すことに成功しました。

京友禅の職人の男性は、「柄の大きさが全然違うので、広く塗るのに苦労しました」と話していました。
もう1つの課題が、着た時の模様の見え方の違いです。

サリーは、肩から背中にかけて「ドレープ」と呼ばれるゆったりとしたひだができます。ドレープができると、着物と違い、模様をはっきりと見せることはできません。場所によっては、模様が見えなくなるのです。

生地の中央に模様の中心を置く着物とは、模様の見せ方が全く異なるのです。そのため、柄の配置を抜本的に見直しました。

確実に模様を見せることができるのは、生地の端の部分。そこに模様を配置することにしました。

インドの人たちの感想は!?

2か月以上かけて作り上げた、関谷さんたちのサリー。ことし1月上旬、東京で駐日インド大使などインドの人たちに披露されました。

その時に立ち会ったメンバーからは、すべてが手仕事であることに驚かれたこと。きらびやかな作品の前で多くの人が立ち止まったこと。たくさんの金ぱくを使った柄の評判が良いかったことなどが報告されました。

そうした中、関谷さんたちは京友禅の技術を残すという使命への決意を新たにしたと言います。
「金や銀をただ貼り付けるなら、うちらが作る意味がない。京友禅の技をつないでいくという意味で今回のプロジェクトを始めている。こちらが反対にアピールする作り方をしよう」
インドの人たちのニーズを参考にしつつも、京友禅の良さを打ち出せるような売り方を目指していくことにしました。

世界を目指す 京友禅

こうして、技術をこらして作った23着のサリーが完成。1月中旬、京都市内でお披露目されました。かきつばたや松、梅など、日本らしい模様がアレンジされています。

いっぽう、「ぼたん」や「くじゃく」など、インドでも伝統の柄として親しまれているモチーフを取り入れたサリーも。ドレープの揺れ具合で、柄の見え方も変わります。
関谷さんも、青い布地に金ぱくで細かい装飾を施した豪華なサリーを完成させました。平安時代の遊び、貝合わせの貝を収納するおけが描かれています。女の子の婚礼や門出を祝う、おめでたい伝統の柄です。
手応えを感じている関谷さんたち。

今後、現地のインドの人たちに実際に見てもらうため、インドでの展示会の開催や、富裕層への売り込みを検討しています。京友禅のサリーの価値が認められれば、ほかの海外の伝統衣装にも応用して、さらに展開できると期待しています。
関谷幸英さん
「ものづくりへのこだわりや職人とのやり取りを通じて、技術には自信を持っているので、日本のものづくりの底力とともに、京友禅のよさを世界中に広めていければと思います」
日本の伝統衣装「着物」の技術を駆使したサリーは、インドの人たちにどう受け止められるのでしょうか。

職人の高齢化や需要の低迷で、苦境に直面している伝統産業は少なくありません。そうした現状を打開しようと始まった今回の挑戦の行方に、今後も注目したいと思います。
京都放送局記者
三崎由香
平成22年入局
大津局などを経て、2年前から現所属。
京都市政などを取材。