“自分メンズなんだよね” 女子サッカーと「性の多様性」

“自分メンズなんだよね” 女子サッカーと「性の多様性」
今、女子サッカー界から「性の多様性」を発信する動きが加速しています。

東京オリンピック・パラリンピックでは性的マイノリティーであることを公表した選手は過去最多の220人余り、サッカー女子で40人を超えました。

私がサッカーをやっていた16年間に出会った仲間にもLGBTQなどの人が大勢います。

“ありのままの自分”を表現しやすい土壌がある女子サッカー。
それぞれのカタチで発信し始めた選手を取材しました。
(仙台拠点放送局 ディレクター 内藤孝穂)

“性の多様性”を重視する女子サッカー界

去年9月、日本初の女子プロサッカーリーグ「WEリーグ」が開幕しました。
その理念の1つとして打ち出したのが、LGBTQなど性についてさまざまな考え方を認める「性の多様性」です。

リーグトップの岡島喜久子チェアはあいさつで「日本のジェンダー平等を前に進める覚悟のリーグです」と宣言しました。
女子サッカーは以前から「性の多様性」への理解促進に力を入れてきました。

全選手・指導者を対象とした性の多様性に関する研修会を開いたり、「プライドマッチ」と呼ばれる啓発イベントを東京や宮崎など全国各地で行ったり。
選手たちがLGBTQについて話すトークショーや、選手みんなでネイルや靴のひもを性の多様性を象徴するレインボーにしてプレーを披露しています。

「自分、メンズなんだよね」

もともと女子サッカー界には“メンズ”ということばがあります。

正式な定義はありませんが、性的指向(好きになる性)が女性であったり、性別表現(表現する性)が男性寄りであったりと、男性的な要素を表すことばです。

「自分、メンズなんだよね」という会話が選手間で交わされるなど、「男性・女性」と同じような感覚で自分を表現することばの1つとして使われます。
私は小学生から大学生までサッカーをプレーしました。
部活動や海外遠征で出会った仲間にもLGBTQの人は多く、さらに多様でいろんな性の在り方を持つ人たちが身近にいました。

ありのままの自分の性を表現しやすい環境があり、その概念のあいまいさが優しい世界を生んでいるように思います。

1980年代にサッカー女子日本代表選手として活躍した経験をもつWEリーグトップの岡島チェアは、女子サッカーから発信することで“誰もが自分らしく生きられる社会”を目指したいといいます。
WEリーグ 岡島喜久子チェア
「女子サッカー界というのはLGBTQの選手たちが普通にカムアウト、話ができる自由な雰囲気があります。ここから発信していくことで、自分の思ったとおりに生きられる社会を目指したい。企業、教育機関や他のスポーツ団体も巻き込んで大きな渦にしていきたいと思います」

“うそなく生きたい“ ヴィアマテラス宮崎 齊藤夕眞選手

選手みずからが発信する動きも始まっています。

性的マイノリティーであることを公表しているサッカー選手の齊藤夕眞(ゆうま)さん、28歳。元日本代表選手です。
小学生のころから、心と体の性が一致しないことに悩まされてきました。
トップレベルの選手になっても所属する企業から女性用の制服を着るように求められたり、女性らしいことばやふるまいを求められることに耐えきれず、齊藤さんはおととし、大好きなサッカーを辞め、男性として生きる決意を固めました。
サッカー女子 元日本代表選手 齊藤夕眞さん
「キュロットみたいに下が半分に分かれていてスカートに見えるような制服でした。本当は着たくないという思いはあったけど、そういうことを言うと会社にもチームにも迷惑をかけるとなんとなく思っていました。女性として将来生きていくイメージは自分の中でなかったので、『だったら男性だよね』って不安がものすごく出てきて、サッカーをいちばんに考えられなくなりました」

”自分を好きになれた”一方、サッカーへの思いも…

齊藤さんは戸籍上の名前を “あかね” から “夕眞” に変更。外見も変えました。

ホルモン療法や胸の膨らみを減らす手術を行ううちに長年感じてきた不安は解消され、「自分にうそをつくことなく生きられるようになった」ことで以前よりも自分を好きになれたといいます。

しかし、サッカーから離れた生活が始まると、どこかもの足りなさを感じるように。職場で成果をあげてもサッカーで感じた喜びや達成感には代えられないことに気付き、齊藤さんは再びサッカーをするためにチームを探しました。

「性的マイノリティーである自分を受け入れてくれるチームがあるのか」
「サッカー界に復帰できるのか」

不安が募るなか、出会ったのが2020年に宮崎県で活動を開始したチーム「ヴィアマテラス宮崎」でした。

齊藤さんが自身の性について運営陣に話すと、返ってきたのは「それもあなたの個性。全く問題ないし一緒にサッカーをしよう」ということばでした。
齊藤夕眞さん
「自分がチームにいるだけで『男みたいなやつがいるぞ』と言われるなど、チームも一緒に被害を受けるのではないかと怖かった。でも自分がLGBTQ当事者であることを最初に話したときに『全然大丈夫。いろいろあっていいよね』と言っていただいて、すっと受け入れてもらえた感覚がありました。“このチームは自分の居場所だ”と感じました」

再び女子サッカー界へ 見つけた自分の居場所

2020年12月、齊藤さんは2年ぶりにサッカー界に復帰※。
性的マイノリティーであることを自身のSNSで明らかにし、チームからも社会に公表しました。
(※齊藤さんの男性ホルモンは規定値以下。リーグから承認を得ています)
齊藤さんのチームメイトに話を聞くとー
チームメイト
「うーさん(齊藤さん)は、いつもすごく明るくてチームのムードメイカー。試合になると超真剣。勢いのあるエースストライカーです。SNSで自分のことを発信するなど、自分に自信を持っていて、堂々としていてかっこいいと思う」
去年、ヴィアマテラス宮崎は齊藤さんの活躍もあり、初めて全国大会への切符を手にしました。

“悩む人の助けになりたい” みずからの経験を発信

齊藤さんはかつての自分と同じように悩んでいる人の助けになりたいと、WEリーグの性の多様性を考える研修会で講師を務めています。

去年、選手の研修会で“女子サッカー”の元日本代表選手としてプレーしていた当時の葛藤について語りました。
齊藤夕眞さん
「日の丸を背負ったときや働いているときに、女なのか男なのかわからないような自分が『何かを表現してもいいのだろうか』とか、チームや会社への影響を気にしていました。当時は『女子サッカー選手として自分はこうあるべきだと決めて過ごしていたとき』と『ありのままの自分でいられるとき』を使い分けていました」
また、経験をしたからこそ気付いた人生の選択に関する切実な思いも伝えました。
齊藤夕眞さん
「胸の(膨らみを抑える)手術までは自分の意志でやりました。だけど声が高いのが嫌でホルモンを投与したこと、女っぽい名前が嫌で改名したことを振り返ると、それは(自分自身が欲するというよりも)世間体を気にしていたからというほうが強かったと今は思います。今後サッカーを辞めたときに手術をしようと思っている人がいるかもしれないですが、自分の意志なのか、世間体を気にして“世の中がこうだからこうしなきゃいけない”というふうに思ってのことなのか。すごく大事にしてほしいです」
一度は男性として生きることを決めた齊藤さんですが、今は“男でも女でもない齊藤夕眞として生きる”と話します。
サッカー女子 元日本代表 齊藤夕眞さん
「いま『自認する性』は男性ではないです。最近はLGBTに加えてQ(クイア、クエスチョニング)などいろいろなことばが出ていますが、ことばの概念にとらわれない、男でも女でもない齊藤夕眞が今の自分だと思います。自分自身の気持ちにウソをつきたくない、自分が納得する生き方をしたい。自分がサッカーを通じて『LGBTQって何?』という感じではなく、自分を表現しながら生きている、恥ずかしいことじゃない、そんなふうに捉えてもらえる発信ができたらいいなと思います」

海外で気付いた「隠すことではない」下山田志帆さん

2021年リーグまでスフィーダ世田谷FCの選手としてプレーしていた下山田志帆さん(26)も積極的な発信を続けています。

3年前、現役アスリートとして日本で初めて性的マイノリティーであることを公表して以来、LGBTQを支援する団体のイベントや講演会を通じてみずからの経験を語ってきました。

大学卒業後にドイツへ渡り、女子サッカーリーグで2年間プレーしたとき、チームメイトから当たり前のように「彼氏はいるの?」ではなく「パートナーはいるの?」と聞かれたことや、選手たちが同性のパートナーを監督やファンに紹介する姿を見て、「隠すことではないんだ」と気付いたそうです。

当事者の視点から「生理の悩みを軽減する製品」を開発

去年、下山田さんは新しい製品の開発を手がけました。
液体の量によっては1枚で過ごすことのできるくらい高い吸水力のある下着です。

きっかけはみずからの経験を発信してきた下山田さんのもとに寄せられるようになった、生理に関するLGBTQ当事者たちからの声でした。
「毎月、生理がくるたびに自分の身体の状態と性自認の不一致を突きつけられます」
自分と同じ悩みを抱える人たちがいることを知り、開発に踏み切ったといいます。
下山田志帆さん
「生理に対して向き合わなければいけない自分がすごく嫌だなと思ったり、(生理がくると)改めて自分が女性であることをすごく思い知らされるような感覚がしたりしていたので、もっと楽に、ある意味生理であることを忘れられるぐらいの製品を作りたいと思いました」
下山田さんが目指したのは生理のときも“かっこよく”いられるパンツ。

どんな色やデザインを望むかアンケートを行い、圧倒的に希望の多かった黒を基調とし、飾りのないシンプルなデザインにしました。
下山田志帆さん
「生理用品はすごくかわいらしいものが多くて、選ぶときに違和感をもつこともありました。そこでふだん、自分たちが履いているようなメンズ型のボクサーパンツのデザインを吸水型パンツに落とし込んで作りました」

多くの人が感じていた悩みを解決

開発資金をクラウドファンディングで集めたところ、当初想定していた100万円の6倍以上が集まりました。

多くの感想が寄せられるなか、アスリート以外の人、性的マイノリティーではない女性たちからの声も相次ぎました。
「トイレに行く回数が減りました」
「黒だから生理の日も経血の色が目立たないため、着用しやすい」
性的マイノリティー当事者の違和感を解決するために生まれた商品が、当事者以外の人たちの悩みを解決することにつながりました。
下山田志帆さん
「『生理用品=フェミニン(女性的)が当たり前』であることに我慢してきた人が社会に多くいたこと、自分が生きたいように生きたいと思う人たちが少なくないことに驚きました。LGBTQの当事者やアスリートでなくても、同じように悩みを抱える人のためになることもできると気付きました。自分たちの経験も大切にしながら、いろんな人の声をもとにもっと多くの人へ伝えるサービスや商品を模索していきたいです」
さらに、こう話してくれました。
下山田志帆さん
「当事者を“配慮してほしい”がゴールでは全然ない。『当事者/非当事者』『配慮する/配慮される』という世界でなくて、みんながいろいろな要素を持ち、それぞれがありのまま生きていくことが肯定しあえる社会をつくる。それがゴールです」
いろんな性の在り方を多様な個性として大切にする女子サッカー界の動きは差別をなくしたり、当事者たちが生きやすくなったりするだけではなく、多くの人にとってポジティブな影響を与えることにつながると感じました。
“性の多様性”を認め合う社会へのヒントを探るべく、取材を続けます。
仙台拠点放送局 ディレクター
内藤孝穂
令和3年入局
主にスポーツと性の多様性、女性アスリートの問題を取材