追試はないの? コロナ禍の国家試験

追試はないの? コロナ禍の国家試験
「そろそろ試験が始まったころかなと思うと、泣けてきました。
感染を避けるため、成人式の出席も見送ったのに…」
介護福祉士の国家試験を受験する予定だった20歳の女性。
家族が新型コロナウイルスに感染、自身が濃厚接触者となったため、規定により受験することができませんでした。
大学入学共通テストとは異なり、追試の機会もありません
国家試験の受験生にとって、厳しい状況が続いています。
(社会部記者 本多ひろみ・水戸放送局記者 國友真理子)

「受験できませんでした」

1月以降、NHKの情報提供窓口「ニュースポスト」に、国家試験の受験を予定している人からの声が多く届くようになりました。

その1人が、介護福祉士の資格取得を目指して専門学校に通う20歳の女性でした。
介護福祉士は、介護に関する専門的な知識や技能を認定する唯一の国家資格。介護職員の中でも保有者は推計で4割から5割ほど、現場のリーダー的な役割が期待される存在です。

この女性の母親も介護福祉士。子どもの頃から憧れてきたといいます。

コロナ禍で、専門学校は自宅学習が多く、実習もなかなかできないなど、苦労もありましたが、勉強を続けてきました。感染対策も考えて、成人式の出席も見送りました。

しかし、1月30日の試験を前に、一緒に暮らす小学生のきょうだい2人が相次いで感染。自身は検査で陰性でしたが、濃厚接触者となってしまいました。

介護福祉士の国家試験の規定では、感染者と濃厚接触者は、受験が認められていません。なにか役に立つかもしれないと陰性証明書も取得しましたが、結局、試験は受けられませんでした。
介護福祉士の試験が受けられなかった女性
「本当に悔しいです。学校のみんなと一緒に試験を受けたかったです。
当日は友達に『試験頑張ってね』とメッセージを送りました。
家では、ずっと時計を見ていました。そろそろ始まったころかな、休憩の時間かな、と思うと、泣けてきました」
追試は予定されていません。

今後は、内定している特別養護老人ホームに就職し、来年の合格を目指すつもりです。

ただ、仕事と勉強が両立できるのか、不安が大きいといいます。
介護福祉士の試験が受けられなかった女性
「試験に合格して自信を持って働き始めたかったです。
コロナは誰のせいでもありません。
この状況は1年以上続いているのだから、国には追試や濃厚接触者の対応を考えてほしかったです」
女性は、やりきれない心境を明かしました。

(※介護福祉士の資格取得には、国家試験の受験が必須だが、現在は移行段階のため、専門学校を卒業すれば、国家試験に合格しなくても5年間、資格を有することができる。ただ、その間に試験に合格するか、5年間、介護現場で働き続けるかしなければ資格は失われる。)

「受験 見送りました」

福岡県の介護施設からも、苦悩を訴える投稿が寄せられました。

介護の現場では、働きながら資格取得を目指す職員がいます。福岡県の施設でも、受験予定の職員がいました。

基礎疾患のある高齢者も利用するこの施設。職員が公共交通機関を使わずにすむよう、出退勤時は車で自宅との送迎を行うなど、厳しい感染対策を取っています。
それなのに、もし受験した職員が試験会場や行き帰りで感染してしまって職場に戻れば、利用者の命を危険にさらすことになりかねない。施設と受験予定の職員で話し合い、受験を見送ることにしたというのです。

その1人で30代の男性は介護現場で働いて3年目。
国家資格があれば、任される仕事も増え、給料も上がるのではないかと期待していました。
介護福祉士の受検を見送った男性
「資格を取りたい気持ちはありました。
でも、利用者に影響が出れば取り返しがつかない事態となることも考えられます。
感染が落ち着いている時期に追試を行うとか、受験料の返還とか、柔軟な対応をしてもらいたかったです」
施設では、せめてもの救いにと、国や試験の主催者に受験料の返還をかけあったものの、自己都合となるとして認められないと回答されたということです。

施設の担当者も、胸を痛めていました。

国「追試の準備難しい」

介護福祉士の国家試験では、新型コロナの感染者と濃厚接触者には受験を認めていません。また、追試も予定されていません。

詳しい理由は不明ですが、申し込み者に対する実際の受験者の割合は、感染拡大前の2年前が95.9%で、ことしは93.1%(ことしは速報値)。欠席者の割合は増加しています。

介護を担う人材は、エッセンシャルワーカーと呼ばれます。コロナ禍で、果たす役割が増していて、新たな戦力への期待も高まっています。
厚生労働省に聞くと、次のような回答が返ってきました。
「介護福祉士の試験は受験する9割が実際に介護現場で働いている人たち。
万が一、会場で感染して職場で二次感染させてしまうとなると大きなリスクになってしまうので濃厚接触者も受験を認めていない。
また、そもそも国家試験は、資格を付与しても問題ないかどうかのレベルを問うもの。
5~6月から問題作成の準備に入り、12月ころまでかかる。
仮に追試を行うとなった場合には、同等の質を問うには一定の準備が必要で、今から追試の準備は難しい」

医療従事者の試験でも不安

資格を得るための国家試験は、いま、シーズンまっただ中です。

エッセンシャルワーカーの中でも、とりわけ重要な役割を担う医療従事者の試験も、毎週、行われています。
〔医療従事者の国家試験(一部)〕
2月5日、6日 医師 2月10日 助産師 2月11日 保健師
2月13日 看護師 2月16日 臨床検査技師(PCR検査を担う)
2月19日、20日 薬剤師
これらの試験は、介護福祉士の試験とは異なり、濃厚接触者は「検査で陰性」、「受験当日も無症状」などの条件を満たせば、別室での受験が認められます。ただ、感染者は受験できず、追試が予定されていないのは同じです。

取材を進めると、これらの試験の受験生も、やはり感染の急拡大に不安を感じていました。

千葉県内の看護専門学校3年生の古畑夏実さん(20歳)。
月に5万円の奨学金と親からの仕送りの計10万円ほどで学費や家賃を払い、生活費をやりくりして、3年間、勉強してきました。

国家試験での合格を前提にすでに病院にも内定。3年間働けば奨学金を返済できます。

友人どうしで集まらないなど対策を徹底していますが、体調に問題なく当日が迎えられるか不安を抱えています。
看護師を目指す古畑さん
「万が一、感染して試験が受けられなくなり、次の1年、生活のために働きながら国家試験の勉強をするということになれば非常に大変です。
これだけ感染が拡大すると、感染予防を徹底していたとしてもリスクはあるので、追試の機会を設けてもらいチャンスを与えてもらいたいです」
薬剤師試験を受験予定の大学薬学部6年生の安倍侑弥さん(24歳)。

これまでは集中しやすい学校の自習室に通っていましたが、いまは、なるべく人との接触を避けようと、月に2、3日学校に行く以外は、自宅にこもって勉強しています。
安倍さんも次のように語り、追試の実施を望んでいました。
薬剤師を目指す安倍さん
「仮に受験できなかった場合でも薬局からの内定を取り消されることはないと思いますが、予備校に通って1年勉強し直すことになります。
学費の負担は大きく、何としてもことし受験して合格したいです。
コロナが広がる中、ことしのチャンスは1回きりだと考えると、不安で集中しづらいです」

国に追試を要請

こうした声を受けて、医療機関でつくる団体「全日本民主医療機関連合会」は、1月20日、医師や看護師などの国家試験について、追試の実施などを国に要請しました。
受験を予定しているのは、コロナ禍でひっ迫する医療への貢献を志す人たち。感染によって受験できず、救済も行われなければ、本人、そして今後の医療提供体制に重大な損失が生じるとしています。

また、平成26年の看護師の国家試験では、当日に大雪の影響で会場にたどり着けなかった宮城・東京・愛知のおよそ800人を対象に追試が行われたことから、前例はあると指摘。

さらに、去年も同様の要請を行ったことや、これまで感染の波が何度も押し寄せていることから、準備はできたはずだとして、対応を求めました。

国「追試は実施していない」

医療従事者の国家試験に追試などを求める要請に対し、厚生労働省は次のように説明しています。
厚生労働省
「短期間で追試の問題を作成するのは困難だ。
広く機会を与える観点から柔軟な形で行われている大学入試などとは異なり、従来から心身の不調を理由とした追試は実施していない。
今回の試験については、濃厚接触者の受験機会を確保するなど、コロナ禍でも、できる限り受験が可能となるよう最大限の措置を講じていく」
また、前例があり、準備期間もあったはず、という指摘に対しては次のように説明しています。
「追試を行った年は、大雪による影響で会場にたどり着けなかった受験生が対象で、場所も職種も限られたものだった。
今回のコロナ禍とは事情が違う。
去年の緊急事態宣言下でも、追試は行っていない。
国家試験の問題作成に関してはこれ以上コメントできない」

本当に追試は無理?

追試の実施は、どれほど難しいのでしょうか。

数年前の国家試験で試験委員を務めた1人に話を聞くことができました。

元試験委員は、当時の経験をもとに次のように説明しました。
国家試験の元試験委員
「国は災害時などを想定して予備の問題も作成している。
一方、本試験の問題と比べると完成度は高くないので、本当に追試を行うとなるとブラッシュアップの必要は出てくる。
その作業を本試験を作っているメンバーに同時並行でお願いすることは難しい」
「他にもたくさんある国家試験と統一した対応を取らなければ説明がつかないという点を懸念したことは推測できる」
一方で、柔軟に対応する余地もあるのではないかと指摘しました。
「去年の段階から問題作成の体制を準備しておくことができていれば、追試は可能だったのではないか。
誰が感染してもおかしくない今の状況は災害に匹敵すると思う。このコロナ禍であえて医療分野などの人材になろうと望んでいる若者たちの気持ちに最大限配慮した対応をしてほしい」

厳正さと救済の両立は?

長引くコロナ禍。社会のあらゆる分野で、コロナの存在を前提として、どううまくつきあっていくのかの模索が続いています。

国家試験についても、厳正さや公平性を担保しながら、不幸にも受験できなかった人には救いの手がさしのべられる。そんな手だてはないのだろうか。

暮らしや命を支える職業を目指す人たちへの取材を重ねると、そうした思いを強くします。
社会部記者
本多 ひろみ
平成21年入局
岡山局を経て現所属
これまで検察や厚生労働省を担当
現在は、コロナ禍での医療や保育の課題を取材中
水戸放送局記者
國友 真理子
平成28年入局
秋田局で警察・司法などを担当後、去年秋から現所属
県政を担当しながら、医療現場も積極的に取材