コロナ感染「申し訳ない」職場復帰で“菓子折り”持ち謝罪?

コロナ感染「申し訳ない」職場復帰で“菓子折り”持ち謝罪?
「『お菓子持ってこないの?申し訳ありませんでした的なやつ』って言われた」

職場復帰した際、菓子折を持ってこなかったと指摘されたというツイート。

一方、「コロナ休みはしかたない。菓子折なんて要らない」という声も。感染急拡大で誰がいつ感染してもおかしくない今、ネット上ではこんな意見が飛び交っています。

「感染して申し訳ありません」
「濃厚接触で休んですみません」

そんな“謝罪”って必要なの?

職場の目が…

兵庫県の美咲さん(仮名・20代)は去年8月、新型コロナウイルスに感染し、会社を2週間以上休むことになりました。
美咲さんはひどいせきの症状などで「肺炎初期」の診断を受け、療養中に10キロも体重が減りました。同居の夫も一時症状が重くなって入院するなど、大変な思いをしました。

ようやく回復して職場に復帰することになった日。
美咲さんは、5000円以上するお菓子の詰め合わせを持って出勤しました。
美咲さん
「迷惑をかけたのも理由ですが、職場の人の目が怖かったので」
一方で、疑問もわきました。

自分がコロナになってしんどくてつらい思いをしたのに、なんでお金払って菓子折を持っていかないといけないんだろう、と。

「ご迷惑をかけて申し訳ございませんでした」

職場に菓子折を持参して謝罪した美咲さん。
しかしその後に待っていたのは、予想もしなかった反応でした。
「謝罪は『ハイハイ』だけでスルーされ、職場では陰口を言われるようになってしまいました。
さらに、嫌がらせのような過酷なシフトを入れられ休みも全然なく、休みの希望を出しても無視されました」
そんな状況が続いて耐えられなくなり、美咲さんは結局その職場を退職しました。

美咲さんに次に同じような状況に直面したらどうしますか、とたずねると、次のように話していました。
「休んでる間、迷惑をかけるので菓子折はまた持って行くと思います」

率先してやめてみた

一方、みずから率先して菓子折持参をやめた、という人もいます。

東日本に住む地方公務員の「子連れ狐」さん(アカウント名)。
40人ほどの職場ではコロナの前から休んだあとの菓子折のやり取りが当たり前に行われていました。

しかし去年の夏、同僚がコロナで自宅待機となったのをきっかけに、菓子折という「慣例」に疑問を持つようになりました。

「子連れ狐」さんがSNSに投稿した漫画です。
子連れ狐さん
「わざわざお菓子を買いに行くのは時間や金銭的にも結構な負担になるし、外出による感染リスクもあり、この際やめたほうがいいと思います。
いつ誰が出勤できなくなるかわからないし、コロナ以外でも家族の世話や介護、自身の病気など何かあったときはお互いさまなので」
そして先月、息子が発熱して3日間出勤できなかった時に、思い切って菓子折をやめてみました。
漫画には、その時の苦悩がつづられています。

一方でツイッターのリプライには賛同するメッセージが次々と。
「無くす方向にかじを切られたことを応援したいです」
「それよりも復帰後にきちんと仕事をする。休んだ方がいた時はフォローする。そうあってほしいです」

慣例はなかなか…

その後、どうなったかを聞いてみると…。
「翌週、同僚が菓子折を買ってきて配っていたので、上の立場の人から言わないと慣例はなかなか変えられないと思いました。自分のささやかな勇気は何だったのか、という感じです」
モヤモヤする思いを抱えつつも、今後も菓子折は買わない方針でいくと決めました。
「若手には『お互いさまなのでいちいち気をつかわなくていいよ』と声をかけるようにしています。菓子折を買う人を悪く言うつもりはなく、お互い気をつかわないで過ごせるようになればと思います」

「申し訳なさ」軽減できるか

取材を進めると、仕事を休んだ時に過剰な「申し訳なさ」を感じないで済むよう、取り組む職場があることがわかりました。
東北地方で接客業をしている里美さん(仮名・30代)の職場では、体調不良などを理由に仕事を休んだ際「お菓子を持ってきておわびするのはやめる」と上司が呼びかけたことをきっかけに、数年前から休み明けに菓子折を渡す慣例がなくなりました。

里美さん自身はどちらかというと、菓子折を持っていくことに抵抗はありませんでした。しかし職場には、シングルマザーや学生、フリーターなどが多く、欠勤で給料が減る上、菓子折まで準備して金銭的な負担が増えるのはよくないと上司が判断。

「負担に感じる人がいるなら必要ない文化だ」と、里美さんも思うようになっていったといいます。
コロナ禍になってからも「菓子折は不要」は変わりませんでした。

職場に感染した人や濃厚接触者、子どもの休校・休園などによる欠勤者が出た場合も、職場に復帰する際に菓子折を持っていくことはなく「お休みありがとうございました」とお礼を言い、お礼を言われた側も「大変だったね。またきょうからよろしくね」と、温かい雰囲気で迎えたといいます。

そうした中で一度だけ、職場で初めて濃厚接触者に認定されて欠勤した同僚が申し訳ないと思って菓子折を持ってきたことがありました。

すると里美さんたちは…。
里美さんや同僚たち
「持って来なくてよかったのに?せっかくだからいただくね!ありがとう!」
「次からはいらないからね!ごちそうさま!」
欠勤明けの同僚に「菓子折を持ってくる必要はない」と伝えつつも、お菓子はおいしくいただくことにしました。

里美さんも3人の子どもを育てながら働く身。
こうした職場の配慮がありがたいといいます。
里美さん
「申し訳ない気持ちが全くないわけではないですが、みんなお互いさまと思ってくれているのでとても気が楽ではあります」

自分を責めすぎないで

「そこまで自分を責めすぎないで」
そう話すのは東京歯科大学 市川総合病院の精神科部長、宗未来医師です。
「職場を休んで申し訳ない」と自分を責めてしまう人もいるかもしれません。

宗医師は、自分を責めすぎる人は周囲の反応が気になって「責められたくない」と思っていたり、「100%自分が悪い」と思い込んでしまっている状態だと言います。

そんな時に大切なのは「自分の状況を客観的に見ること」だということです。

そうは言ってもなかなか客観的になるのは難しいですが、
たとえば、
▽信頼できる家族・友人に話を聞いてもらう
▽自分の気持ちや考えを紙に書き出す などが効果的だということです。
宗医師
「“100%自分が悪い”と思っていても、相手から『そんなことないよ』と言ってもらったり、紙に具体的に書き出してみたりすると『10%、いや20%は自分以外にも原因があるかも』などと、けっして全部自分が悪いなんてことはないと気付けたりします。自分の状況を一歩引いて客観視できるようになるのでいいと思います」
一方で宗医師は、職場復帰を受け入れる側の人にも目を向けます。休まれたことで仕事が忙しくなったり、負担が増えたりする事情もあるからです。

そのうえで、休んだ人に「申し訳ないと思ってほしい」という感情からイライラや怒りをぶつけてしまう人は「困りごとを抱えている人」だというのです。
「マイナスの感情や攻撃的な感情が膨らんでいる人、『怒っている人』というのは、『困っている人』のことが多いんです」

「怒りの感情の背景にある『困りごと』に目を向けることで、その人も怒らなくてもよくなるし、自分の問題の解決にもつながるかもしれません。そうすれば職場の雰囲気もよくなると思います。もしそうした怒りの感情が膨らんだら、一度、立ち止まって考えてみるとよいかもしれません」

休む場合などのサポートも

感染したり休まざるをえなかったりする時に罪悪感なく休めるようにするためには、従業員本人はもちろん、企業などの事業主に対する支援も大切です。

国も制度を設けてサポートしています。
厚生労働省は、学校の休校や保育所の休園などで仕事を休まざるをえない保護者を支援しようと「小学校休業等対応助成金」の制度を設けています。

助成金は原則、企業が労働局に申請し、法律上の年次有給休暇とは別に有給の休暇を取得させた場合に、上限はありますが賃金に相当する額を企業に支給します。

もし企業が申請しない場合には、労働局が企業に直接申請を促し、それでも応じないときは個人で申請することもできます。

厚生労働省は全国の労働局に設置した「特別相談窓口」のほか、電話相談窓口「0120‐60‐3999」で、午前9時から午後9時まで相談を受け付けています。


新型コロナの感染を不安に感じながら働く妊婦にも、利用できる制度があります。
健診などで「コロナ感染のおそれへの心理的なストレスが母体や胎児の健康に影響がある」と主治医や助産師から指導を受け、それを事業主に申し出た場合、事業主は指導に基づいて感染のおそれが低い作業への転換や在宅勤務・休業などの必要な措置を講じなければならないとされています。

一方で事業主も、この制度を利用する女性に法律上の年次有給休暇とは別に、有給の休暇を取得させた場合、条件を満たせば助成金の支給を受けることができます。

菓子折の話

さて、菓子折はどう考えればいいのか、この話が残っていました。

取材の中で私たちは、外国ではどうなのかについても聞いてみました。
日本よりすでに多くの人が感染している国も多く「いつかかってもおかしくないって思ってるから、最初から責める空気はない」「批判するのではなくいたわることばを掛け合うのが日常の風景」という声が多く聞かれました。「菓子折を持っていく文化はない」という話もありました。

「菓子折は強制するものではないし、あくまで自主的なもの。いちばんは『ありがとう』『お世話になりました』そういう気持ちが大事ですよね」

そう話すのは教育社会学の視点からマナーについて研究してきた香川短期大学の加野芳正学長です。
加野学長
「必ず持って行く必要はないですし、仕事をカバーしてくれた人たちに仕事で頑張って感謝の気持ちを示すというのはあると思います」
その一方で、感謝の気持ちを物に込めて贈ることで職場の人間関係が円滑にいくこともあると言います。
「お歳暮やお中元のように日本には『ありがとう』という気持ちを物でお返しするという文化があります。菓子折を持って行くのは人間関係の潤滑油になって、決して悪いことではないと思います」

「ただ、贈る場合、値段が高ければいいというのではなく、何を贈ったら相手が喜んでくれるだろうかと考えることや相手に気遣いをさせないくらいの物を贈るのがよいのではないでしょうか」

「申し訳ない」より「ありがとう」を

コロナで仕事を休んだら菓子折持っていったほうがいいの?
そんな悩みの声から始まった取材でしたが、誰がいつ、感染してもおかしくない今、持っていく人、いかない人、理由はさまざまです。

ただ、「申し訳ない」と思って必要以上に自分を責めてしまうことがないように、“何かあったときはお互いさまだね”という気持ちを持つことが大切なのかもしれません。

職場復帰する人は「申し訳ない」よりも「ありがとう」という気持ちを、ことばでもいいし物でもいいし、伝えられたら…。

迎え入れる人も、謝罪のことばや物を求めるのではなく、体調を気遣うことばをかけてあげられたら…。

ちょっとの変化かもしれませんが、コロナ禍で職場復帰する人も、迎え入れる人も、働く人たちの気持ちが少し軽くなるのかもしれない。

そう思います。

(おはよう日本 馬渕茉衣 ネットワーク報道部 鈴木彩里 清水阿喜子 柳澤あゆみ 小倉真依 SNSリサーチ:齊藤佳奈)