津波警報 何分で家から出られますか?

津波警報 何分で家から出られますか?
ことし1月、南太平洋・トンガの海底火山で発生した大規模な噴火で、日本の広い範囲に津波警報や注意報が発表されました。

この時、警報が発表された岩手県宮古市に偶然、防災の専門家が滞在していました。災害時の迅速な避難の重要性を訴えてきたはずの専門家。ところが「避難するまでに想像以上に時間がかかった」といいます。

専門家が体験を通して改めて勧める“少しでも早く”逃げるためのポイントとは。
(高知放送局記者 伊藤詩織)

専門家でも難しい?

ことし1月16日未明、岩手県宮古市に防災無線からサイレンの音が響き渡りました。

「津波警報が発表されました」

前日に発生した南太平洋のトンガの海底火山の大規模な噴火の影響で、北海道から沖縄までの広い範囲に津波警報や注意報が発表。岩手県の沿岸部では、午前3時ごろ、注意報から警報に引き上げられました。


「いったい何事だ」

サイレンの音で飛び起きたのは、高知大学の原忠教授です。専門は地盤工学。地震の揺れで起きる地盤の変化や津波対策の工法などを研究する“防災のプロ”です。16日、東日本大震災の被災地の漁港と集落の現地調査のため、岩手県宮古市の沿岸部のホテルに宿泊していました。
防災無線は「津波警報が発表された」と伝えています。突然のことに動揺したものの、そこは防災の専門家。

「高台に避難しなければ」

そう判断し、ベッドから起き上がり、すぐさま準備を始めました。まずは、着替えから。ところが、着替える服の用意はしていませんでした。

「(旅先でも)着替えを準備しておくべきだった」

みずからの備えの穴を反省しながら、服をかき集めます。冬場で服の枚数が多いこともあり、想像以上に手間取ったといいます。

次に取りかかったのが、最低限持ち出す荷物の準備。

ここでも時間を取られます。部屋を見渡すと、寝る前に仕事をしていた状態のまま。パソコンは机の上に出しっぱなし。スマートフォンは充電中。ばらばらに置かれた必需品を一つ一つ大急ぎでリュックに詰めました。ようやく身支度を整え、避難を開始したのは、警報発表から14分後でした。
ホテルで懐中電灯を受け取り、外に出た原教授。明かりはほとんどなく、道路も凍結していて、避難路は過酷な状況でした。

「高台はどっちだろう?」
焦りながら避難場所の案内標示を探しますが、見当たりません。

「海と逆の方向に山があったはず」と、勘を頼りに歩き始めました。サイレンが鳴り響くものものしい雰囲気の中、暗さと足場の悪い道が避難の足取りを鈍らせます。

警報の発表から26分後の午前3時20分。息を切らしながら坂道と階段を駆け上がり、ようやく高台に到着しました。

専門家として、迅速な避難の大切さを繰り返し訴えてきた原教授。自分なら素早く避難できると思っていました。ところが、いざ、その場面に直面すると、想定どおりに行動することは意外と難しかったといいます。
原教授
「命を守るために何よりも迅速に避難してほしいと呼びかけてきましたが、いざとなると頭では分かっていても実行に移すのは難しいものだと痛感しました。訓練どおりに、想定どおりに、とはいかないものですね」

地域の課題も

原教授は、みずから反省する一方で、地域の備えの課題も見えたと指摘します。高台に到着して周囲を見回すと、すでに避難していたのは10人ほどで、少なく感じたといいます。NHKの取材でも、岩手県内で実際に避難所に向かった人は対象者の4.2%だったことが分かっています。
また、宿泊していたホテルも、緊急時の対応に習熟しているとは言えなかったと振り返ります。

具体的な避難場所の案内はなく、従業員は宿泊客のための毛布や飲み物を用意するため、何度か高台を下りてホテルに戻っていたということです。宿泊客の点呼が行われたのも高台に到着してから1時間ほど後だったといいます。
その後、移動した避難所の体育館には、地元の住民に原教授などホテルの宿泊客も加わり、およそ100人が身を寄せることになりました。新型コロナウイルスの感染が拡大する中、避難所の感染対策が求められていますが、消毒用のアルコールが置いてあるのみで、パーティションなど密を避ける工夫は不十分だと感じたといいます。
原教授
「被災地の復興の様子や防災の取り組みを見続けてきた中で、今回の避難に遭遇しました。地元では、災害の記憶や避難の経験があるため、危機意識は一定程度あるとは感じましたが、震災から10年以上が経過し、防災意識が薄れている側面もあるのではないかと感じました」

迫る 南海トラフ巨大地震への備え

原教授が改めて考えさせられたのが、南海トラフ巨大地震への対策です。30年以内の発生確率は70%から80%とされ、全国の広い範囲で大きな被害が想定されています。

太平洋沿岸の広い地域では津波の被害が懸念されています。特に、原教授が研究の拠点を置く高知県では、早いところでは地震の揺れからわずか3分で津波が到達するとも想定され、今回以上にレベルの高い避難行動が求められます。確実に命を守るためにはどうすればよいのか。

原教授が勧める “少しでも早く”避難するためのポイント

原教授は、まずは自分の身の回りの災害リスクを知ってほしいと呼びかけます。自宅や職場など、ふだん長い時間を過ごす場所の周辺には、どのような災害のリスクがあって、いざという時にはどのような避難が求められるのか。揺れの大きさや長さ、津波が到達する時間や高さなどの詳細を知ったうえで、考えてほしいといいます。
そのうえで、実践的な備えを進めてほしいと呼びかけます。例えば、避難訓練。訓練のたびに、季節や時間帯、想定の内容を変える工夫をすることや、詳細なスケジュールを知らせずに「抜き打ち」で行うことなども効果的だということです。また、備蓄品についても、さまざまな状況を想定する必要があるといいます。今回、冬の夜間に避難した原教授。コートなどで厚着ができる上半身とは違い、足先などは冷えやすかったということで、季節に応じた暑さ、寒さの対策の重要性を感じたといいます。さらに、支援が来るまでの間は必要な水や食料は自分で準備して命をつながなければならないことを痛感したといいます。原教授は、こうした訓練や備えを通して、臨機応変な対応を学び、みずからの意識や備えを更新し続けてほしいと話します。
原教授
「東日本大震災から数年間は、高知県内を含めて全国各地で防災意識が高まり、積極的な活動が行われた場所が多かったと思います。しかし、震災から10年以上がたち、意識が薄れてきている面もあるのではないでしょうか。私のように、実際に避難してみると思っていたようにはできないことも考えられます。今回見えた課題を自分の地域に置き換えて考え、現在の避難行動や備えで本当に命を守れるか見直してもらいたいです」
高知放送局 記者
伊藤詩織
2016年入局。広島局を経て現所属。高知県政のほか、防災担当として南海トラフ巨大地震対策を取材。避難に備えて、非常持ち出し袋を用意しています。