地元で赤ちゃんが産めないなんて…

地元で赤ちゃんが産めないなんて…
もしあなたの地元で赤ちゃんが産めなくなったらどうしますか?
いま、そんな地域が日本各地で少しずつ増えています。

突然、地元の病院で分べんができなくなり、車で往復2時間かけて通院する妊婦も。

どの地域に住んでいても、安心して子どもを産めるようにするためには、どうすればいいのでしょうか。

(和歌山放送局 記者 岡本なつみ、おはよう日本 ディレクター 三田村昂記・佐藤恵梨香)

地元で産めない!

「ことし3月以降の分べんを休止する」

和歌山県の新宮市立医療センターが去年11月に発表すると、地元に衝撃が走りました。

三重県と奈良県を含めた近隣の11市町村から妊婦たちが訪れ、分べん件数は年に300件以上にのぼる病院です。

いったいなぜ、そんな事態に?
休止の理由は、経験豊富なベテラン産科医の退職でした。
医療センターの産科の常勤の医師は2人だけ。今回の退職によって医師が1人になってしまうと、安全な分べん体制が維持できなくなるといいます。

このため、3月以降に出産を予定していた57人の妊婦たちは、全員が転院を余儀なくされました。

しかし、新宮市内の産科は、医療センターのほかには、医師が1人でやっている診療所1軒だけです。妊婦の多くが車で1時間ほど離れたところにある病院に転院することになりました。

妊婦なのに…車で往復2時間

新宮市で保育士をしている東真由さん(24)もその1人です。4月に初めての子どもを出産する予定です。
これまでは仕事の合間を縫って健診に通っていました。4月から産休に入る予定ですが、それまでは仕事を休んだりして、車で1時間近くかかる別の病院に通わなければなりません。

長距離の運転は負担になるため、そのたびに三重県に住む母親に送り迎えしてもらうことになります。
東真由さん
「連絡が来たときはすごく衝撃的でびっくりしました。健診の行き帰りだけで2時間くらいかかるので、おなかが張ってストレスも増えてくる。急な陣痛など何かあったときに行けない距離だと、対応が遅れたらと思うと母子ともに心配は大きいです」

過酷な地域の産科医 外来も 手術も 当直も 呼び出しも…

代わりの医師を確保することはできなかったのでしょうか?

地域の産科ならではの過酷な労働環境が確保を困難にしています。
お産はいつ起こるかわからないため、産科医は昼夜を問わず呼び出しに対応します。このため時間外労働を週60時間以上行う医師の割合は、救急や外科と並ぶほど多いのが現状です。

医療センターでは平日は通常の外来や手術をこなしながら、週に2、3回の当直勤務。急なお産があれば24時間の呼び出し対応をしていました。

かつては4人の常勤医がいましたが、退職が相次ぎ、去年は2人でこれらの業務を担当。さらにベテラン医師の退職によって1人では勤務を回せない状況となったのです。

県立の医科大学に支援求めるも“派遣する余裕なし”

県や新宮市は県内の中核病院に医師を派遣している和歌山県立医科大学に支援を求めましたが、産科はぎりぎりの人数で運営しているため、新宮市立医療センターに医師を新たに派遣する余裕はないと断られたといいます。

ほかの大学病院や、都市部の産科医がきてくれればいいのですが、実際はそううまくいきません。医師の多くは、便利で症例数も多い都市部での勤務を希望する傾向にあるからです。

和歌山だけじゃない あなたの地域でも

実は、こうした分べんの休止は和歌山だけでなく全国各地で起きています。

去年は岩手県釜石市で地域で唯一の中核病院が、おととしは静岡県熱海市の当時市内の3割の分べんを取り扱っていた病院が、それぞれ新たな分べんの予約を休止しました。
お産ができる「分べん取り扱い施設」はこの15年間で30%減少。

産科医が足りずに分べんを休止したり、取りやめたりするケースが相次いでいて、子どもを産めない地域は徐々に増えています。

産科医不足に国はどう対応しているのか

地方で進む産科医不足。国も対策に乗り出していて、その一つが「集約化」です。

地域に分散する分べん機能を中核病院に集めることで十分な数の産科医を確保。業務の負担を減らしながら、安全な分べん体制を維持しようとしています。

例えば、滋賀県では、9年前から集約化が進められています。去年4月には、長浜市に2つあった産科をもつ病院のうち、市立長浜病院が分べんを休止。お産の機能はもう一つの長浜赤十字病院に集約されることになりました。

ただ、集約化を進めた場合、分べん施設まで遠くなる地域がどうしても出てきます。そうした地域に住む妊婦の受診、出産態勢をいかに整えていくかという課題も残ります。

医師に来てほしい 1万4000人の訴え

一方、「3月以降の分べんを休止する」と発表した新宮市立医療センターは、本来、ここに分べん機能を集約する側の施設で、影響はさらに甚大です。

地域で子どもを産めなくなる。
若い世代の流出が続き、地域の衰退に歯止めがかからなくなる。

危機感を抱いた住民たちが、医師確保を求める署名活動を行いました。
わずか1か月半で集まった署名は、約1万4000筆にのぼりました。
署名活動を行った清原和代さん
「安心して子どもが産めない地域になってしまうなんて考えられないです。これから子どもを作りたいと考えている若い夫婦からは『ここで産めないならほかの地域に引っ越そうか』とか、『今は子どもを作るのをやめようか』とも言われました」
新宮地域はほかに大きな病院がなく、和歌山県の中心部からは車で3時間も離れています。お産を休止することの影響はほかの地域と比べて格段に大きいことから、県や新宮市は代わりの医師をなんとか確保しようと奔走しています。
和歌山県福祉保健部 野尻孝子技監
「やはり地域の中のいわゆる拠点病院がお産をやめるということは大変影響が大きいと考えています。けれどもほかのそれぞれの病院でも医師が余っている訳ではない。むしろ厳しいという状況です。まずは産科医の確保ということで、できるかぎりのことを行っていきたい」

妊婦に滞在型マンションでサポート

どうしたら妊婦に安心して出産してもらえるか。

医師の確保が難しい中、広大な北海道では、近くに産科がない妊婦を病院の近くに滞在させる取り組みが注目されています。
札幌市の天使病院は、徒歩3分の場所にマンションを2部屋用意。
家具や家電は備え付けで家賃はひと月当たり7万円弱。出産予定日の1か月ほど前から滞在でき、いつ陣痛が来てもすぐに受診できます。健診への移動時間も大きく短縮され、出産前の負担も減すことができます。
去年3月、この部屋を利用して出産した齋藤亜弓さん。

自宅からいちばん近い病院でさえも車で1時間かかるため、陣痛が始まってから病院に向かうことに不安を感じ、滞在施設のあるこの病院を選んだといいます。
齋藤亜弓さん
「おなかが大きい状態で冬道を運転するというのがすごく心配だったので、出産のときに滞在施設から病院に通うっていうのはとても安心感がありました」
取り組みを続けて11年。近くに産科のない妊婦などに好評で、これまで60人以上が利用してきました。

この病院は、新生児集中治療室=NICUを完備し、地域周産期母子医療センターに指定されています。

リスクが高いとされる多胎児や高齢での出産などのため、遠方から訪れる妊婦たちもこの部屋を利用しているといいます。
天使病院 院長
「年々高齢出産も増えていますし、ハイリスクの妊婦さんも結構増えています。北海道は広いので、近くに滞在してお産をするという選択肢があれば安心して産めると思うし、少しでも役立てればいいなと考えています」

産科医の仕事を助産師などに分担してもらう取り組みも

集約化をすすめるだけでなく、産科医を増やしていかないと根本的な解決にはつながりません。

そのために欠かせないのが、過酷な労働環境の見直しです。
国が推奨しているのが、「タスクシフティング」という取り組みです。
医師の業務(=タスク)を助産師などに分担する(=シフト)ことで、負担を減らすことが期待できます。助産師が健診などを行う「助産師外来」として導入が増えています。

また、地域の中核病院を複数の産科のある医療機関が支え合う取り組みも進んでいます。

24時間体制が必要なお産は中核病院が一手に担う代わりに、健診は診療所や小さな病院が診療時間内に担当する、というものです。そうすることで、お産を担当する病院の負担を減らすことができます。

集約化といった大きな体制の変更と同時に、現場レベルで工夫を凝らす、両輪の対策が求められています。

今後導入される「医師の働き方改革」で分べん体制は?

ただ、こうした取り組みを進めていても、今後、地方の出産を取り巻く状況は、さらに厳しくなるという見方があります。

国が医師の働きすぎを防ぐための働き方改革を2年後から導入するからです。
これまで上限がなかった医師の時間外労働時間を、2年後からは原則年960時間までに抑えるというものです。

産科医でいえば、時間外労働時間の年間平均は1800時間を超えるとされているため、今の半分近くまで減らす必要がでてきます。

医師の働き方が改善されるのは、いまいる人材をつなぎ止めるためにも大切です。

一方で医師の働き方改革が導入されると、これまでと同じ診療を同じ人数で行うのは難しくなると指摘する専門家もいます。

周産期医療が専門で日本産婦人科医会常務理事の中井章人さんです。

安全なお産を維持するためにはこの先、多くの医師が必要になることが予想され、さらなる集約化などは避けられないと指摘しています。
専門家 中井章人さん
「タスクシフティングなどを進めたとしても、現在の人数や施設の数で必ずしも働き方改革に適合する環境が作れるということではない。そのため、どこかで集約化あるいは重点化といった動きが出てくるというのは必然ではないかと思う」

「分べんの安全性を担保するには人手が必要だということを踏まえ、家から10分20分で分べんできる場所があるという時代ではなくなってきつつあるということを受け入れていかなければならない。集約化によって施設が少なくなり、妊婦さんのアクセスに問題が起きるようであれば、行政として宿泊施設や交通手段の確保、またそれに対する助成に積極的に取り組んでほしい」

地域の存続を左右する産科医不足

「安心してお産ができる環境がなくなれば、これから子どもを産みたいという人たちは、その場所を離れるか、子どもを諦めるか、究極の選択を迫られることになる」

取材で出会ったある新宮市民のことばです。切実に語る姿に、事態の深刻さを感じました。

どちらを選んでも、その地域に子どもが産まれることはありません。

少子高齢化が進み、人口減少はどの自治体でも大きな課題で、産科医不足は妊婦や医療業界だけの問題ではなく、地域の存続を左右することにもつながりかねません。

地域のお産をどう守っていけばいいのか、それは地域そのものをどう守るのかにつながると思います。

※この内容は2月2日(水)午前7時からの「おはよう日本」でも放送します。
和歌山放送局 記者
岡本なつみ
2019年入局
事件担当を経て去年7月に南紀新宮支局に。妊婦や女性だけの問題ではないことを知ってほしいです。
おはよう日本 ディレクター
三田村昴記
2020年入局
首都圏局を経て現所属。防災や環境問題などを中心に取材。(まもなく第一子誕生予定)
おはよう日本 ディレクター
佐藤恵梨香
2010年入局
静岡局を経て現所属。科学や子育てなどを幅広く取材。2人の男の子を育児中。