内村航平の言葉 体操を信じ続けてきて

内村航平が現役を引退した。
世界選手権6連覇、そしてオリンピック2連覇。世界最高の体操選手と称された“王者”は、私たちに多くの言葉を残してくれた。
「可能性は作れるもの」
「自分のプライドはいらない」
「練習でできないことは、絶対に試合ではできない」
みずからと向き合い続け、苦しみ、それでも体操を信じて進んできた内村。
その言葉は、取材する側の心もつかみ、時に自分に置き換えたときにハッとさせられた。その言葉には、スポーツを越えて私たちの背中を押してくれる「力」があると感じている。

苦難の道「可能性は作るもの」

2016年のリオデジャネイロオリンピックで個人総合2連覇を達成した内村。しかし、その後は苦難の連続だった。

慢性的な肩の痛みなど、体のあちらこちらにほころびが出たのだ。
勝ち続けてきた王者が、自分のパフォーマンスができなくなる現実と向き合う日々。苦しみ、悩み、葛藤する中でも、内村は次の一歩を踏み出すための可能性を探っていた。
「可能性は作るもの。不可能はないと思うので、何事にも。例えば子どもに“人は空を飛べるの?”と聞かれたら、“頑張ればきっと飛べるよ”と言ってしまうと思う。ただ、不可能を可能にするためには、自分でひらめいたり、自分で自分を導かないといけない。いかに切り開いていくか」(2019年12月)

人生最大の目標に掲げた東京オリンピック。
そこへ向けた可能性を探る中でたどりついたのが「過去を捨てる」という選択だった。
“6種目やってこそ体操選手”そう言い続け、内村は数々の栄光をつかみとってきた。
しかし、“今の自分”に向き合った時に自然と答えが出た。
「過去の自分と今の自分をすごく比べてしまう自分がいて。あの時はあれだけできていたのにな、と。それがすごく邪魔しているなと気づいたので、それを1回、捨ててみようと思った。今は今だって。その中で改善できることは改善して、諦めなくてはいけないところは諦めなくてはいけない」

そして“鉄棒1種目”に絞ると決断した。

「“6種目やってこそ体操”。ずっとそう言い続けてきたので、今まで言ってきたことと、今回の決断は少し反しているのかなというのはある。でも、やりたくてもできない。体操を続けているかぎり、最大の目標であるオリンピックを目指すことは変わらない。それなら、自分が今、一番可能性がある種目を全力でやるしかない」

「東京オリンピックを目指していく中で、いつのまにか自分だけの目標ではなくなっていた。その目標を実現するためなら、6種目をやらなければならないという、自分のプライドはいらない」

日々の練習「練習でできないことは、絶対に試合ではできない」

内村はみずから“世界一”と話すほどの圧倒的な練習量で体操界の“王者”となり、その座を守り続けた。
東京オリンピックに向けた取材の中で、繰り返し話したのは“準備”の大切さだった。
「練習でできないことは、絶対に試合ではできない。体操はそういう競技。いかに練習を積んできたか。僕は練習の出来で100%では足りないですね。150%くらいの自信を持ってできないと、試合でやりたくない。目をつぶっても必ず成功するという状況まで持って行きたい」(2021年1月)

練習を重ねても重ねても、試合で納得の演技ができるとは限らない。
体操という競技の奥深さを知っているからこそ、東京オリンピックの代表を決めた選考会であっても内村が自身の演技に満足することは少なかった。

「自分が目指していたものとは違う。人から“すごく良かった”と言われても、自分が満足しないと納得できない」
「自分の演技に満足できない。こんな演技でいいのか。今すぐにやり直したい」
「本当に体操好きなのだろうなと自分自身で思う。どんなに打ちのめされても、ここまで来ている。心底好きで追求しての繰り返しだった」(2021年6月)
毎日の練習への内村ならではの向き合い方があった。

「毎日、毎日していくと、毎日同じようにやりたいけどやっぱり同じようにはできない。日々の変化をしっかりと感じ取って修正していくというところに、楽しさを感じていく。厳しい練習の中に。もう、変態の域ですよ。まわりの人が見たら。“いや、同じじゃん”と思うんですよね、きっと。それでも違うところがあると感じ取っているので、そこをミリ単位で修正していくのが楽しくなってくる。徐々に練習でほぼ同じようにできてきて、それが試合でもできるようになる」(2020年11月)

東京オリンピック「むだな努力はない。努力は必ず報われる」

2021年7月の東京オリンピック。夢舞台は予選の落下であっけなく幕を下ろした。
金メダルという夢はかなわなかった。ただつかんだ何かがあった。

「“オリンピックは出ることに意味がある”。この言葉の意味が、僕にはわからなかった。出るだけでは意味ないと思っていた。でも実際に自分が東京オリンピックで失敗して、いや、意味はあるなと思った。出ることがそもそも難しすぎるし、失敗したとしても、多くの人生の教訓をもらえる。世界選手権や他の大会では、これだけ深くのことは考えられない。ましてやコロナ禍だったし、自国開催。特別な感情がわき上がった。出るだけで意味があるんだな」(2021年9月)
内村はすべての結果を受け止めて、自分自身と向き合った。

「努力とは何なのか、改めて考えさせられた。努力すれば絶対に報われるわけでもない。では成功していない努力は、努力ではないのか。でも、それはそうではないとも思う。今まで僕が成功してきたことが、努力をしてきたという証でもあるから」
「ムダな努力はない。努力は必ず報われる。それを証明するために僕は体操を続けます。僕の中で受け入れられないんですよね、努力したのに報われないって。それだけは証明しないといけない」(2021年9月)

「言葉なしで伝わる方がより響く」

東京オリンピックの3か月後に開かれた世界選手権。
内村は体のコントロールとともに、モチベーションの維持にも苦しみ十分な練習を積めないで臨み6位に終わった。

「結局、練習がすべてだなと改めて感じられた。本当に声を大にして、練習は裏切らないと言いたい。練習をしないやつは、世界一になれない。自分が今まで、世界一になり続けて証明し続けて、世界一になれなくなったことでも証明した。それは絶対に間違っていない。ここでもし、完璧にできてしまったら練習いらないじゃん」(2021年10月)

それでも演技の最後は、強い内村の代名詞「着地」を完璧に決めた。
その大切さを、この大会わずかな得点差で金メダルを逃した若きエース橋本大輝に伝えたかった。
「世界で勝つためには、絶対に着地を止めないといけない。これからエースとしてやっていく上で、絶対にそこはやらないといけない。僕はそうして勝ってきたから。最後に、目の前で演技を通じて伝えられたかな」

「言葉なしで伝える」。それを聞いて2年前、東京で開かれた国際大会の時の内村の演技を思い出した。当時は新型コロナの感染が拡大し多くの人が不安を感じ、またアスリートたちも東京オリンピックの開催が見通せずにいた。
そこで内村は、不安を忘れさせるかのような美しい演技を披露した。

「結局は言葉よりも、選手としては、見せる方が響くかなと思う。自分が一番得意とする演技で、言葉なしで伝わる方がより響く。結局はパフォーマンスありきなので。アスリートは、いいこと言っても、パフォーマンスがないと響かない。まずは言うこと言うより、やることをやらないといけない」(2020年11月)

「体操は僕です」

1月14日の引退会見。
内村は後輩へのメッセージを話した。

「体操だけうまくてもだめだと思う。若いときは、人間性が伴ってなくても強ければよいと思っていたが、結果が出る中で人間性が伴わないと誰からも尊敬されないし、発言に重みがなくなると感じた。自分は小さい時から父親に『体操選手の前に1人の人間としてちゃんとしてないとダメだ』と言われてきた。大谷翔平選手も羽生結弦選手も人間として尊敬できるから支持される。そういうアスリートが本物だと思うのでこれからの体操選手には高い人間性を持って欲しい」(2022年1月)
内村にとって体操とは何だったのかー

「なんだろうな。僕の人生そのものというよりも、僕です。内村航平って何ですか。その答えが体操です。イコールみたいな感じですね。意味わからないですよね。でもそういう表現しかないです。そんな感じがします」(2021年9月)

「自分の強いところも弱いところも知ることができて、なお強くなった。自分の言葉で発信することができるようになったし、相手に伝わるように言葉にする能力がついた。今までは強い自分しか経験していなくて、メンタルが沈むことがどういう状況なのかあ まりわからなかったが、人間としての弱い部分を知ることができたのですごく成長したと思います」(2021年9月)